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44.兄の想い
しおりを挟むジークフリードが見つかり、一番喜んだのは兄のキルリードだった。
公子のという立場に生まれ、たまたま兄だったというだけで逃れられた媚薬事件。
一つ間違えば、自分が標的だった。
あの日、隣に居たはずの弟を探し、入った部屋の先で見たものは、全裸で泡を吹き意識を失った弟と、部屋の隅で怯える令嬢だった。
転がる勢いで部屋を飛び出し、父を呼びに行き、隠密に運び出された弟を付きっきりで看た。
意識が戻るまでの三日間、生きた心地がしなかった。
そして、後から知らされた汚い大人達の思惑に、初めて公国の公子という立場を呪った。
鉱山が手に入るなら、どちらでもいい。
婿入りさせるなら、ライバルの少ない第二公子でいい。
可愛い弟は、そんな汚い思惑の犠牲となった。
酷く思い詰めたり、怒ったり泣き叫ぶのではなく、燻んだ瞳で無表情に遠くを見つめる弟が、突然居なくなった。
「兄上、兄上!」と後を付いてくる弟の人懐っこい笑顔を何度も夢に見て、目覚めては泣いた。
あれから五年、どんなに手を尽くしても見つからなかった弟が、ある日突然帰宅して、結婚すると言った。
頬を染め、時には声を上げて笑う弟を見て、どれだけ安堵したことか。
ジークフリードが選んだ女性であれば、どんな身分でも反対しない。
寧ろ反対する者が居たら成敗してやる位の気持ちだったが、拍子抜けする位に両親も他の者も反対しなかった。
まあ、逆らったら島流しの刑が待っているかもしれないと思う者も少なくないのが、このクロムウェル公国の暗黙の了解だ。
そして、キルリードは、弟が居なくなって、ずっと待たせてしまっていた婚約者にやっと求婚出来た。
「ヴィヴィアン、随分と待たせたが、結婚してくれるだろうか?」
「はい。ジークフリード様を決して諦めないあなたをお傍で見ていて、キルリード様なら、どんな時も私や、何れ生まれ来る子どもを守ってくださると思っていました。キルリード様、どうか私と幸せになりましょう。」
「ヴィヴィアン、必ず幸せにする。」
キルリードは、ジークフリードの笑顔を見て、素敵な出会いをしたと思っていたが、自分も間違いなく素敵な伴侶と巡り会えていたのだと感じた。
そんな二組が合同結婚式という晴れやかな舞台に立つ。
結婚はゴールではなく、あくまでもスタートなのだから、正直そんなに豪華にしなくてもと思っていた。
しかし、ジークフリード不在の五年間、心を痛めていたのは両親も同じだった。
その両親が張り切って準備している姿を見ると、これも親孝行なのだと思える。
両親だけでなく、イキイキと働く使用人達、湧き立つ公国の民達を目の当たりにして、この公国を末永く安泰の地にするとキルリードは心に誓った。
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