山王学園シリーズ〜カサブランカの君へ〜

七海セレナ

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248.【初バイト】

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……変に緊張するな。

三木先輩に相談に乗ってもらってから2日後の今日、
俺はついに初バイトの日を迎えた。  


『動きやすい服と筆記用具、宿題だけ持って朝の10時に三木プロの3階に来い』


と先輩に言われた通りに準備はしてきたが……。

初日は10時から15時までのシフトで、きっと何かしら
やることはあるんだろうとエレベーターを降りるが、
まだ三木先輩の姿は見えなかった。

しかし、いくら事務所の前でそわそわしながら待って
いても誰も出てこない。

もう5分前だし、スタッフの人も中にいるはずだよな?  

今日からバイトが来ると先輩が話を通してくれている
はずなのに……。

さりげなく事務所の前をうろついてみるがやっぱりどれだけ待っても誰も出てこなくて、静まり返った廊下に焦り始めるが、


「ちょっと!!」


突然、背後から鋭い声が飛んできて俺はビクッと飛び
上がる。  


雅臣「は、はい!?」


振り向くと、ここの講師なのかかなり歳のいった
お婆さんに睨まれていて心臓が跳ねる。


「貴方早く手伝って!!」


厳しい声で有無を言わさず彼女に手招きされて、挨拶も無しに事務所の中へと引きずり込まれた。


雅臣「あ、あの、」


そのままなぜかスタジオに引っ張りこまれて、どういうことなのかさっぱり理解できない。

中には多分練習生であろう子供が10数人いた。

元気いっぱいに動き回る子供たちの姿に、俺はただただ圧倒されていると、


「さあ発声、あめんぼのうたから___」


俺の戸惑いなんてお構いなしに、講師のお婆さんの声が響いた。


雅臣「え!?」


荷物を抱えたまま慌てふためくが、講師の発声に続いて直ぐに子供たちの元気な声がスタジオに響き渡る。

………あ、あめんぼのうた!?

なんだそれは、さっぱり分からないぞ!?  

まさかこれもバイトの一貫なのか?

三木先輩がこの前発声を教えていたとはいえ、この講師の人が俺を呼び止めたってことは話がいってるってことだよな。


雅臣「………」


オロオロしているうちに発声練習はあっという間に
終わってしまい、次のレッスンに移ろうとしている。  

すると小さな女の子が目を輝かせながら俺のそばまで
やってきた。


「お兄ちゃんも子役なの?」

雅臣「え!?お、俺はその……」

「お兄ちゃん声が小さいよ!それじゃあオーディション受からないよ!」

雅臣「ええ!?あ、あの」

「何!?聞こえないよ!!」


女の子を皮切りに他の小さな子供たちにも次から次へと目まぐるしく質問を受けて、俺は更に焦ってしまう。

お兄ちゃん声が小さいと散々言われ、助けを求めて講師を見やるが彼女は次の台本か何かを準備しているのか俺のことなんてまるで気づいてもくれない。


………ど、どうしたらいいんだ!? 


パニックに陥っていると、突然、聞き慣れた声が響いた。  


三木「雅臣、こんなとこで何してるんだ?」

雅臣「み、三木先輩……」


扉から顔をのぞかせる三木先輩を見てホッとする。

よかった、助かった……。

だが子供たちの輪から解放された瞬間、講師の声が割り込んでくる。


「春樹ちゃん、その子今日からの講師じゃないのかい?」

三木「申し訳ございません、内山先生。こいつは今日
から入った雑用係なんです」

「何だいそれ……あんたもちゃんと断らないと駄目
じゃないか」


内山先生と呼ばれる講師の声は穏やかだが、その視線は恐ろしく鋭かった。

俺の存在自体が時間の無駄だと言わんばかりで、笑顔の裏に隠された冷たさに空気が一瞬で凍りつく。  


雅臣「え、えっと……」


も、もしかしてここは俺が謝まらないといけないのか?

ど、どうして?

勝手に向こうが勘違いしたというのに初日からいきなり怒られ、跳ねる心臓を抑えながら頭の中で言い訳を必死に組み立て三木先輩に救いを求める。

しかし三木先輩は無表情で、〝自分で何とかしろ〟と
言わんばかりにただそこに立つだけだった。


雅臣「す、すみませんでした……」


結局、俺の口から出たのは情けない謝罪の言葉で、ここにいる子供たちの誰よりも小さな声だった。


「……はいはい。さぁ次は台本読みやりますよー」

三木「行くぞ」


だが内山先生は俺の謝罪か無かったことかのようにそのままレッスンを始めてしまい、俺は慌てて三木先輩の後を追いかける。

この前の客間に荷物を置くよう指示されるが、いつもとどこか雰囲気の違う先輩に俺は冷や汗が止まらなかった。


三木「__どうしてハッキリ自分で雑用のバイトだと
説明しなかったんだ?」


客間に入るなり、三木先輩は厳しい声を出した。


三木「あの子供たちは親が高いレッスン料払って習ってるんだ。時間を無駄にさせてはならない」

雅臣「えっ…で、でも、」

三木「でも、じゃない。ここは学校とは違うからな。
ちゃんとここのルールでやって貰わないと」


………いきなりハードモードすぎる。

ここが学校ではなくアルバイトの現場だということは
頭では理解している。

わかってはいる、わかってはいるが初日だぞ!?

何もわからない新人に、いきなりそんな厳しい口調で
理不尽に怒られるだなんて……。

さっきの講師の視線も、三木先輩の容赦ない言葉も、
全てが俺の肩をずしりと重くする。  


三木「辞めるか?」

雅臣「え!?」


突然の言葉に、俺は目を丸くした。

ま、まだ何も始まっていないのに?

仕事らしい仕事もしていないのに何故と思うが、目の前に立つ三木先輩の鋭い視線からその言葉は本気なのだと分かる。

普段の先輩はもう少し穏やかで冗談も交えてくれる人
だったはずなのに、今は別人のように厳しい。

初めてのアルバイトに期待と不安が入り混じった気持ちで1歩く踏み出したばかりなのに、こんな洗礼を受けるとは思わなかった。

 
雅臣「そ、その……」

三木「雅臣、ハッキリ話せ。ここは遊び場じゃない」

雅臣「……」


言葉が喉に引っかかる。

このまま断ってしまえば楽かも___。

……いや、いやいやいや。

俺は何のためにバイトをしてみようと思ったんだ。

何の経験もなく、世間知らずのままじゃこの先きっと
苦労する。

親の力を借りて生きるのは楽だが、その生活はいつまで続くかわからない。

だから自分で稼いで世の中の厳しさを知ってもっと経験を積まなきゃと頑張るためにここに来たんだろ?

こんなことで既に挫けそうになっているようじゃダメだ。

逃げるか立ち向かうか、選ぶのは俺自身だ。  


雅臣「す、すみません!!やります!!」

三木「そうか。よかった、そうしたら今日はまず11時に終わる日本舞踊のレッスンの……メモしなくていいか?」

雅臣「します!!」


声を振り絞ると、三木先輩の目がわずかに細められ口元に微かな笑みが浮かんだ気がした。  


……逃げなかったぞ。  


心の中で小さくガッツポーズを決め、俺は慌てて荷物からメモ帳とペンを取り出す。  

まだ何もわからないけど、この経験は浅い俺を変えるための第1歩になるはずだ。

冷や汗と緊張を胸に、俺はペンを握りしめ、必死にメモを取り始めた。
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