山王学園シリーズ〜カサブランカの君へ〜

七海セレナ

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249.【俺の癖】

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………。

………………。

つ、疲れた………。

疲れ果てた身体を引きずるようにして、ようやく俺は一息ついた。

俺にまず与えられた仕事は客間や空きスタジオの掃除と11時から日本舞踊のレッスンを終えた子供たちの対応といった簡単なものだった。

指示通り早速掃除はモップで綺麗に磨き、テーブルや窓なども指紋1つないくらい丁寧に掃除した。

ライトの上の埃も払って雑誌も揃えて並べたりと、ここまでは俺の普段の生活と何ら変わらず11時少し前までに見事に終えた。

完璧すぎて軽く微笑むくらいには満足いく出来栄えだったのだ。

だが、問題はその後に待ち構えていた。

後は子供たちの浴衣を一緒に畳むのを手伝って親御さんに引き渡す___。

たったそれだけのことだったのに簡単な仕事だと高を括っていたのがまずかった。


「おじさんって何にもできないのー?」

「ゆかたはこうたたむんだよ」

「絶対彼女いないでしょ?」


小学校3年生だと言うのに、子供たちは三木プロダクションの子役部門に通うだけあってやたらとませていた。

芸能界の空気を知っているのか、俺の甘さを一瞬で見抜きイタズラするのにちょうどいい相手を見つけたかのように絡んできたのだ。

俺の上に飛び乗ってきたり、浴衣も畳めないのとわざとバカにして手元を乱したりとやりたい放題。

からかわれるたびに笑い声が響き、ただただ翻弄されていた俺を見た講師も三木先輩もそれでもきちんと注意出来ないお前が悪いとキツく叱られてしまった。


三木「お前は子供に懐かれるタイプだったんだな」

雅臣「懐かれるというか……」


完全に舐められていたんですとため息をつく。

ようやく子供たちを親御さんに引き渡し、俺は今スタッフの皆さんのためにコーヒーを淹れてから一時休憩中。

簡単な仕事のはずだったのに、なぜか果てしなく疲れていた。


雅臣「……それにしても、日本舞踊のレッスンなんてあるんですね」

三木「時代劇や小舞台での演目で使うこともあるからな。役者、俳優志望なら一通りできるようにしておく必要があるんだよ」

雅臣「大変なんですね……」


俺の質問に三木先輩は一つ一つ丁寧に答えてくれた。

三木プロダクションの子役部門では、将来のエンターテインメント業界での活躍を目指す子どもたちに向けた充実したレッスンプログラムを提供していること。

それからレッスンは週に2~3日、1日あたり3時間きっちりと行われ、子役としての基礎から実践的なスキルまでをバランスよく学ぶらしい。

歌やダンス、日本舞踊に表情付け、演劇などよカリキュラムを中心に構成されていて、子どもたちの個性や表現力を最大限に引き出すことを目指しているそうだ。

そして優秀な子役には、レッスン期間中に実際のオーディションや現場での仕事の機会が提供されることもあって皆全てのレッスンを真剣に受けていた。


雅臣「あ、それなら梓蘭世も……」


思わず三木プロの代表の名前を出すと、


三木「蘭世も一通りはできるぞ。まあそっち方面で受かったことはないがな。蘭世は時代劇だと___」

蘭世「日本的な美が足りない、それとその時代の空気感を体現する雰囲気作りが下手、だろ?」


その言葉を遮るように甘い香りが漂ってきて、振り返るといつもと同じ華やかさを極めた装いの梓蘭世が立っていた。


雅臣「あ、梓蘭世……」


梓蘭世の姿が目に飛び込んできた瞬間、部屋の空気が一変する。

CHANELAのジーンズ素材のジャケットを纏い、淡く洗いざらされたデニムの質感は粗野なカジュアルさと高級感が見事に融合している。

フロントにはアイコニックなゴールドのロゴボタンが輝き、ポケットの縁には細やかなステッチが施され、袖口にはほのかにヴィンテージ感漂う擦れがあり……。

細身だからこそ着こなせるとはいえ、このジャケットにダークグリーンのモダンなフレアパンツを履きこなす梓蘭世の個性は確かに時代劇には合わないかもと変に納得してしまった。


三木「よくわかってるじゃないか。話があるから少しだけ待っててくれ」

蘭世「じゃあ先に内山先生に発声見て貰っていい?
……んで、何でお前おんの」

雅臣「えっと…俺は…」


てっきり三木先輩が梓蘭世に話を通していると思っていたのに、どうやら急に決まったこのバイトのことは彼の耳には届いていないらしい。


蘭世「あ?はよ自分で言えよ」

雅臣「え?その……」


チラ、と三木先輩を見た瞬間梓蘭世の大きなため息が響いた。


蘭世「お前さ、何でも人に言ってもらおうとする癖治せ」

雅臣「え!?」


梓蘭世の声は鋭く、しかしどこか呆れたような響きを帯びていた。

俺は思わず声を上げるが、


蘭世「黙ってりゃ人が説明してくれるのに味しめとんなよ。自分の口でハッキリ言えよ」


その一言は俺の癖を的確に射抜いていた。

意識したことはなかったが、言われてみればその通りだ。

確かにいつも誰かがフォローしてくれるのを待っていて、誰かが俺の代わりに状況を説明してくれるのを、どこかで期待している。

そんな自分の姿を梓蘭世に指摘されるまで気づいていなかったなんて……。

大分自分から話せるようになってきたと思っていたのに、肝心な場面ではまだ他人の声に頼っている。

それがバレた恥ずかしさと言葉の鋭さに俺の心はざわついた。


雅臣「今日から3日間、ここでバイトすることになって……」

蘭世「言えんじゃん、ここでをハッキリ話せよ。指示待ち人間になるな」

雅臣「わ、わかりました」


何だか今日は梓蘭世まで雰囲気が厳しい気がする。

梓蘭世に突き放され、学校では曖昧な態度でもなんとかなっていたけどここではそれが通用しないと初めて気づいた。

この場ではもっと自分の言葉で伝わるようにきちんと話さなければと、社会と学校の違いが改めて重くのしかかってくる。

いつもなら俺の代わりに説明してくれる蓮池や柊はここにはいないんだと気持ちを引きしめた。


蘭世「え、てかお前もしかしてタレント志望……?」


今度は怪訝な目を向けられ、蓮池や柊が言いそうなことを言う梓蘭世に俺は思わず否定する。


雅臣「違いますよ!!アルバイトだって言ってるじゃないですか!?」

蘭世「そうそう、言えんじゃんその調子。雑用とかすんの?じゃあこれ客間に置いといて」


BALENTIAGAの黒いレザーバッグをぽいっと投げられ慌てて受け止める俺に梓蘭世はいつものように軽く笑った。

いいパシリが見つかったとでも言いたげなその笑顔に少しだけホッとする。

その瞬間、突然客間の扉が開いてピンヒールの音が響き、テーブルにバンと手を叩く音が部屋を震わせた。



「あの!!すみませんけど社長いらっしゃる!?」



あまりの剣幕に俺は凍りつくが、見ると釣り上げた目で鬼の形相をした40歳くらいの女性が立っていた。

彼女の勢いに圧倒されてしまうが、何とか対応しようとする俺の服を梓蘭世がぐいと引っ張り「下がれ」と呟いた。


三木「社長は席を外しておりますがいかがしましたか?」

「次のオーディション、うちの子は受けさせないってどういう事ですか?」


女性の怒声が部屋に響き、俺はただ呆然とするしかなかった。

この世界の厳しさと熱量が嵐のように俺を飲み込もうとしていた。




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