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蓮池楓の東京log7
しおりを挟むロビーのソファで静かに座る客たちは俺たちを注視し、少し離れたフロントではホテルのスタッフがこれ以上諍いが悪化しないかこちらの様子を窺っているのが分かる。
そんな中、俺の視線は夕太くんに釘付けだった。
桜山「えっと……ふ、藤城さん……」
桜山は余程衝撃を受けたのか、どう声をかけたらいいのか分からず見るからに動揺していた。
〝愛人と再婚?〟
〝そのせいで息子が応慶にいられなくなった?〟
〝しかも腹違いの妹が応慶にいるなんて正気か?〟
桜山の顔にはそういった全部の感情が現れていて、無駄に育ちがいいからか他人の非常識な醜聞を知る機会も少なかったんだろう。
その表情から大袈裟に捉えてドン引きしてるのがよく
伝わり、さっきまではそれが心底ウザかったがこのタイミングに限っては完璧だった。
お前は俳優になれ、桜山!!
失望と呆れが混ざった最高の表情はスタンディング
オベーション、拍手喝采もんだ。
しかしその目を向けられているとっとは恥辱の感情で
いっぱいの顔つきだった。
夕太「先輩知らなかったの?あー……でも先輩華道で
忙しそうだし、こういうの疎そうだもんね」
桜山「あ、ああ……」
夕太「中等部と高等部じゃ知らない人はいないよ?
まぁ……今日知れて良かったんじゃない?」
これから仕事をするなら考えた方がいい。
そんなニュアンスが含まれている夕太くんの言葉に
桜山は愛想笑いで返している。
とっとはプライドとメンツにしがみついて今の今まで
自分の過ちを正当化してきたのだろうけど、公の場で
夕太くんにイカレ具合を暴かれ動けずにいる。
プライドの高いこの男は、特に桜山みたいな名家の息子に軽蔑されるなんて耐えられないよな。
ありえないほどの重たい空気が辺りに漂っているが、
俺は爽快で仕方がなかった。
夕太「まーくんはずっとひとりぼっちだったよ。
あんたのせいでね」
「…………」
夕太くんの声は鋭く冷たい刃のような怒りが滲んで
いた。
こんな風に夕太くんが本気で怒るのはいつ以来だろうか。
いつもどんな場面でも笑顔を絶やさず周りを和ませる
夕太くんが、今は怖いくらい大きな目を吊り上げ射抜くように相手を見据えている。
___夕太くんにとって、あの陰キャは大切な友達なんだよな。
その友達が名古屋で1人で奮闘してるのに、渦中の父親がのうのうと生きてるなんて筋の通らないことが大嫌いな夕太くんは許せないはずさ。
大切な人が傷つけられた時、いつも夕太くんは自分を
顧みず全部を投げ出してでも守ろうとしてくれる。
〝あの時〟も、そして今も。
俺はそのブレない、強い心が大好きだった。
夕太「この名刺返すね。常識のない家とは付き合わないようにパパに言われてるから怒られちゃう」
沈黙の中、夕太くんは軽い仕草でとっとの胸ポケットに名刺を滑り込ませポンポンと肩を叩く。
桜山「その……な、なんかごめんね……」
夕太「先輩は気にしなくていいよ。知らなかったん
だもんね」
………夕太くんってば、役者だなぁ。
夕太くんは有無を言わさず大人相手に毅然とした態度でいるから、関係のない桜山が思わず謝罪するほどだ。
ここまでキレキレに立ち回れるかと、俺は瞬きすら
忘れて魅了される。
夕太「ま、俺の家はその新しく建った会館?は使わないでおくよ」
「き、君___」
「藤城さん!!お待たせしました!!」
とっとが夕太くんに何かを言いかけた瞬間、スーツ姿の男性が駆け寄って来た。
男性は明らかに仕事の相手で丁寧な挨拶を交わしながら早速書類らしきものを手渡しているが、とっとの視線は落ち着きなく揺れ、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
桜山「か、楓くん……」
楓「桜山、悪い。今日の食事中止でもいいか?」
桜山「もちろんだよ!ごめんね、俺が……その、」
桜山は自分がとっとを紹介した手前本当申し訳なさそうに俯いているが、むしろナイスだったんだよな。
そうとは言えるわけもなく、言葉を濁し指先で着物の
裾をいじる桜山の背中を軽く叩いた。
楓「今度名古屋で埋め合わせするわ。俺から連絡する。その時ワークショップのことも詳しく話そうぜ」
桜山の顔には、ほっとしたような、でもどこか緊張の
残る表情が浮かんでいた。
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