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蓮池楓の東京log8
しおりを挟む俺が食事を断ったのは、本当に今すぐこの件について
夕太くんと話がしたかったからだ。
桜山からしたら自分がこの男を紹介した手前、突然の
騒動に気が気じゃなかっただろう。
楓「改めて時間作るから。楽しみにしとけよ」
桜山「……ありがとう、連絡待ってるからね」
別の日を提案すると、桜山は肩の荷が降りたように頷いた。
口元に控えめな笑みを浮かべているが、桜山流の建築物にとっとが関わっている以上どんな人物であれやはり面倒事は避けたいのだろう。
華道の世界は繊細で複雑故にどこの流派も人との繋がりを重視している。
桜山がこの騒動で流派の名に傷がつくのを懸念しているのは明らかだった。
さすが名門流派は慎重だなと感心する一方で、こんな
愉快な状況に導くきっかけをくれた桜山には感謝しかない。
桜山「今度のワークショップは……うん、場所はよく
話し合おうね」
楓「あぁ、そうだな」
夕太くんがとっとを陰キャの代わりに成敗したことが
爽快で、こっそりと耳打ちする桜山には最高の礼を用意してやろうとほくそ笑んでいると、
「ふ、藤城さん!!どうされましたか___」
とっとの仕事相手の大きな声がロビーに響き渡る。
思わず振り返れば顔面蒼白のとっとが今にも倒れそうな顔をしていた。
おいおい、お得意の気取り散らかした
〝紳士ですけど何か?〟
面はどうしたよ。
「あ、あの、すみません……体調が優れなくて…申し訳ないのですが、リスケさせていただければ…」
焦点の合わない目に蚊が鳴くような声で呟いているが、事実を叩きつけられただけでこんなになるもんかね。
お前の息子は同じように狼狽えるにしても、もう少し
マシな面で踏ん張るくらいの気概はあるぞ?
後ろ指をさされるのがそんなに辛いんか?
夕太くんの言葉が仕事を放り出すくらい効いたのかは
知らんが、てめぇが始めた物語だろうが。
「それは構いませんが…あの、本当に大丈夫です?
顔が真っ青__ふ、藤城さん!」
仕事相手が慌てた声で呼びかける中、とっとは耐えきれなくなったのか早歩きでその場を離れようとした。
逃げるように、まるで現実から目を背けるように。
その情けない姿を見た瞬間、なぜか頭に浮かんだのは
陰キャが泣く姿だった。
……クソがよ。
俺と夕太くんと一緒にいたい、楽しい毎日が消え去る
ことを不安に思い泣くあのバカの顔がなんで今チラつくんだよ。
楓「おい!!!!」
俺の呼び止める声がロビー中に響き渡りガラス張りの
壁に反響した。
ここにいる人全ての視線が俺に突き刺さるが構いやしない。
逃げ去ろうとしていたとっとまでピタリと足を止め俺を見つめているが、その間抜け面がまた陰キャにそっくりで訳の分からない怒りが湧き上がった。
楓「ケツに火ついた瞬間に逃げとらんと!!地に足つけて血を分けたてめぇの1人息子と向き合えや!!」
燃えるような苛立ちと抑えきれない感情が爆発して、
張り上げた声に喉が熱いくらいだ。
俺が何でこんなことで声を荒らげてるのか自分でも
分からない。
でもこの男がした事が許されるわけないだろうと、
言いようのない憤りに拳を握りしめた。
楓「親だろうが!!てめぇが種つけた責任ちゃんと果たせよ!!」
ロビーの空気は鉛みたいに重くて、仕事相手も他の野次馬も誰もが何事だと息を潜めて見守っている。
目の前で縮こまるとっとを見て、俺の親でもないのに〝産んでくれなんて頼んでない〟なんてよくある陳腐な言葉が思い浮かんだ。
お前らの都合で作っといて、都合が悪くなったら全部
放り出して逃げるなんて道理が通らんだろ。
俺はそういうのが大っ嫌いなんだよ。
俺はあいつと友達でもないし、庇ってる訳でもない。
ただどんな子供にも愛される権利があって、てめぇが
大した愛情も注がず欲に溺れた結果があいつに余計な
悩みを増やしたのは違いない。
何も言い返してこずに呆然とするだけの情けねえ姿を
見ても俺の苛立ちは収まることがなかった。
周囲のヒソヒソ声がだんだん大きくなり、ついにホテルマンが慌ただしくこちらに向かってきてけど俺は間違ったことなんか言ってねえ。
何とでも言えととっとをじっと見つめると、
夕太「それじゃ種馬と変わらないじゃん!!」
突然、夕太くんが笑いだした。
種馬って……。
俺も大概だけど夕太くんも大概だよなとチラと見れば、夕太くんはとっとの前に立ちはだかる。
夕太「てか、おじさんお墓参り行ったの?」
夕太くんは様子を伺いに来たホテルマンを手で制し、
この場に耐えきれなくなった桜山が代わりに頭を下げる始末だ。
楓「そうそれ。まさか前妻の初盆忘れてねぇよな?」
夕太「ちゃんと綺麗にしないと祟られるよ!!だって
まーくんはおじさんに厄介払いされて掃除に行くこともできないんだから!」
夕太くんが目で〝そろそろ逃げるよ〟と合図する。
楓「愛人と新しい娘によろしくな!!!」
言い逃げ上等とばかりに捨て台詞を吐いた。
夕太くんはもう走り出していて、俺は桜山に手を振り
急いでその背中を追いかける。
楓「待ってよ、夕太くん!!」
夕太「でんちゃん、急げって!」
……昔に戻ったみたいだ。
こんな場所で、しかもこんな変な状況だというのに俺はこうやって夕太くんとかけっこするのが妙に懐かしくて口角が上がるのが分かった。
「き、君たち……!!」
とっとが急にムキになって追いかけてくるのが見えたが、俺と夕太くんは無視してエレベーターに乗り込み
すぐさま〝閉〟のボタンを押した。
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