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84.【本当の友達】
しおりを挟む蓮池がしまったという顔をして口を噤んだのをきっかけに、俺達の間には再び沈黙が流れた。
雅臣「……付き合いが長いと、そう思う時だってあるよな」
上手く伝わるか分からないが思ったままをそのまま口にしてみる。
仲が良すぎるからこそ蓮池だってたまには誰かに愚痴りたくなることもあるんだろう。
きっとつい口が滑っただけで、勿論俺は柊に告げ口する気もない。
雅臣「俺が言うのも何だけど……あんまり溜め込むのは良くない気がする」
その言葉が意外だったのか蓮池は目を何回か瞬かせた。
楓「無駄に説得力あるな」
昨日の俺を暗に仄めかして曖昧に笑った。
はぐらかされると余計に柊に対して何か思うところがあるんだなと感じてしまう。
その思いがどういった類のものかは知らないが、2人の間に度々感じる違和感は互いに言いたいことを言えずに溜め込んだ結果な気がする。
柊の気持ちはどうだか分からないが、付き合いの浅い俺にだって好き放題するんだから幼馴染にはもっと甘えてやりたい放題なんだろう。
雅臣「何か相手に思うことがあるなら、ちゃんと言った方がいいぞ」
呟くように言った言葉を蓮池は何も言わずに静かに聞いていた。
その様子が言いたいことを言えなかった自分に重なって、もしかしたら俺達は似ているところがあるのかもしれない。
蓮池は言いたい放題のように見えて本当は違うと知ったから、何かを言えないまま過ごしているんじゃないだろうかと気になった。
雅臣「柊以外の友達に話すとか…そうだな、えーと、……もし俺で良ければ話くらいなら聞くぞ」
差し出がましいと思いながらもそう言わずにはいられなかった。
楓「俺が?お前に?」
話すってか?と蓮池は茶化して鼻で笑うけど、俺はそうだと力強く頷いた。
雅臣「口にすることで気が楽になることもあると思う」
俺は身を持って知ったからこそ蓮池にもそうであって欲しい。
楓「バカかよ……、まぁ考えとくわ」
そう呟く蓮池は少し呆れたように笑うだけだった。
雅臣「そうしてくれると嬉しい」
次いで足した言葉に蓮池はキモいと独り言のように呟くが、そこには以前のような俺への剥き出しの嫌悪をもう感じなかった。
……少しづつだけど蓮池が自分を受け入れてくれてる気がしてやはり嬉しかった。
楓「……何ニヤけてんだよ、陰キャ」
雅臣「い、いや…人を家に入れたことがないから感動してるんだ」
本音をそのまま言えば余計に気持ち悪がられそうで、別の理由にしておいた。
陰キャと言われても嬉しいだなんてどうかしてると視線を上げれば写真立てに飾られた母親と目が合った。
自然と親父も思い出して、俺の世界は本当につまらないものだったと心の奥底から思う。
名古屋に来なければ昨日みたいな言い合いもなく、そのまま自分を誤魔化して生きていたんだろう
……でも。
こいつのおかげで色んなのことに気づかされた。
この気持ちをどう伝えたらいいんだろうと、隣の蓮池を見ながらグラスを下げようとしたら、
楓「___写真とか飾ってんだ」
俺の視線の先に気がついた蓮池が立ち上がって飾り棚の前まで歩く。
楓「お前と似てねーな」
自分が酷く冷たい人間に思えて写真立てを伏せた時もあったけど、心を閉じ込めて無理やり隠していた思いは蓮池によって暴かれちゃんと消化できた。
『まーくんは私のことが大好きね』
そんなことばかり呟いた母さんはもういない。
……今なら誰に向かって言ってるんだよとハッキリ言えるのに。
雅臣「蓮池…、俺がこの写真立てを片付けたらどう思う?」
複雑な思いが絡み合い隣に立ってそう尋ねると、蓮池は心底嫌そうな顔をした。
楓「俺に選択させるなよ。救いなんか求めてないで自分で決めろ」
いつだって嘘のない蓮池の言葉は清々しく真っ直ぐだ。
雅臣「……その通りだな」
俺は写真立てを掴むと迷うことなくそのままローテーブルの横のゴミ箱に投げ捨てる。
俺の突然の行動に蓮池は目を見張った。
雅臣「……やりすぎか?」
楓「ちょっと引いた」
そう言いながらも色々と察しのいい蓮池はゴミ箱から写真立てを取り出すと、はいと俺の手にそれを乗せた。
楓「でも捨てなくてもいいんじゃない?見えない場所にでもしまっといて、気が向いたらまた出せば?」
投げ入れたものの、蓮池には俺の顔に浮かんだ一瞬の迷いが見えたんだろう。
もしこれが柊なら捨ててしまえばいいとあっさり言うかもしれない。
でも蓮池の気が向いたら出せばいいというその言葉に俺はまた救われてしまった。
___名古屋に来て良かった。
名古屋に来てから「本当は?」と柊が繰り返し何度も聞いてくれて良かった。
蓮池が本当の気持ちを聞いてくれたおかげで救われた。
そしてまた今この瞬間、俺の中であんなに嫌いだった蓮池の存在が別のものに生まれ変わってどんどん大きくなっていく。
嫌な奴、で終わらせなくて本当に良かった。
雅臣「あり___」
楓「ありがとうとか抜かしたら殺すからな」
俺の言おうとしていることを先読みした蓮池は忌々しそうに再びキモいと告げるが、俺はもう何も気にならなかった。
逆に、俺には隠さず何でも言って欲しい。
本音を隠していいことなんて1つもないんだから。
雅臣「そうやってお前に本音で言われると……今は嬉しい」
楓「あーマジでキモい、俺帰る」
蓮池はご馳走様でしたと手を合わせてから空いたグラスをシンクまで運び、要は済んだとばかりにさっさと玄関へ向かった。
人の家を勝手にあちこち覗いた挙句、カフェラテを飲んでは文句をつけて、終いにはきもいとまで言われたのに心が浮き立つなんて俺はどこかおかしくなったんだろうか。
無言で靴を履くおかっぱ頭を見て、あんなに険悪だった蓮池とこんなに自然と話せるようになるなんて思いもしなかった。
しみじみと浸る俺を余所に、あ、そうだと蓮池が思いついたように振り返った。
楓「夕太くんに言っといたから。お前の親愛なるお父様はベーリング海峡にいるって」
………。
雅臣「はぁ!?何でそんな嘘言ったんだよ!」
意味が分からなくて声を上げたが、親愛なるお父様と笑いながら蓮池はしつこく繰り返す。
そういえばこいつ……入学式の日に同じような口調でお爺様と言っていたよな?
普段はクソジジイだのババアだの聞くに絶えない言葉を使うくせに、俺にまでふざけた口調で話すようになるなんてこれはといよいよ自惚れそうになる。
蓮池の心が開いてく様が目に見えて分かり、その変わりようについ口元が緩むも見られたくなくて手を当てて誤魔化した。
これからこんな風にたわいもない話が出来るようになるのかと思うと嬉しくてたまらない。
楓「夕太くんめっちゃ信じてた、ついでに尾ひれがつきまくって学年中でお前のお父様はカニ漁に出て波に飲まれたことになってる」
俺の前でまるで成仏を願うように調子に乗って合掌する蓮池に、悠長に思いを巡らせてる場合ではないと焦りが生じる。
が、学年中!?
何がどうしてそんなことになっているんだ!?
雅臣「と、とっとはまだ死んでねぇ!!お前もそこは否定して回れよ!!」
焦って思わず昔の愛称で親父を呼んでしまい、しまったと頭が真っ白になって固まる。
蓮池は驚いたように瞬くが、すぐに目元が三日月形になって、
楓「……へぇー。とっと、ねぇ?」
と俺の言葉をにんまりしながら繰り返した。
雅臣「い、いや、待て!!!!!今のは言葉のあやで…」
楓「いやいや、パパみたいなもんだろ?それに普段から呼んでないとそんなの出ないから。いやー、とっとね、とっと、おっとっと…」
くつくつと笑う蓮池に慌てて訂正するが、1度言った言葉は2度と取り消せない。
……実は俺は再婚の話が出る前日まで親父を小さい頃から慣れ親しんだ〝とっと〟の愛称で呼んでいたのだ。
もちろん外でそんな呼び方はしなかったが、浮かれた姿に腹が立ちその日から〝親父〟呼びに統一した。
……でも、こんなことになるならもっと早く軌道修正するべきだった。
明日学校に行ったら俺の家庭事情なんかより多分その呼び名の方が広まってるだろう。
頭を抱えて座り込めば、揚げ足取りの天才は余程面白いのか俺の様子を上から眺めて笑っている。
嘲るわけでなくただ純粋に楽しむ姿を見て、そんな顔は今まで1度も見たことがないと思わずぽかんとしてしまった。
そこにはもう前みたいに馬鹿にした感じはどこにも見えなくて、驚きは次第に喜びに変わり鼓動が打つ。
楓「はー、愉快愉快。じゃあな」
そう告げて出て行く蓮池の後を急いで靴を履いて追いかける。
蓮池がエレベーターに乗り込む直前に、
雅臣「蓮池、ありがとな!また明日!」
綯い交ぜになった気持ちを全部感謝に変えて大声で伝えた。
エレベーターのガラス越しに蓮池は俺に中指を立てながら舌を出す。
___でも次の瞬間、弾けるように笑ってみせた。
そのままゆっくりとエレベーターの扉は閉じて、蓮池の姿は見えなくなった。
〝また明日〟
その言葉をこれから柊だけではなく蓮池にも言っていいんだと心が踊った。
俺の話を大変の一言で片付けないでその先の理由まで聞いてくれた蓮池に俺を救った自覚なんてどこにもないだろう。
それでも、俺はずっと忘れない。
自分の悩みを誰かが聞いてくれて本当に救われたことを。
ようやく言いたいことが言えたからこそ、俺は変な罪悪感に駆られずに生きていける。
俺にそうしてくれたように、俺も蓮池に何かあったら話を聞いてあげたい。
それが本当の友達だと思う。
もっと蓮池を知りたい、話したい、そんな思いが募る。
俺はもしかしたら……。
蓮池楓と友達になれるのかもしれない。
俺は下がったはずの熱がまた内に籠るような感覚がしばらくの間抜けなかった。
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