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レオノールの本音
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「嘘ではなさそうですが、本音は隠している。困りますね。今日からレオノール様は私の生徒です。隠し事をして信頼関係が成り立つとお思いですか? 私は何も、貴女と敵対するつもりはありません。先ほど大きな声を出して叱りつけた非礼は謝ります。私はまず、貴女の人となりを知りたくてこうしてここにいるのです」
押されれば引く。
逆に引かれれば押したくなるのが人情だろう。
攻め込まれると身構えてガードが固くなりがちだ。
だが、初対面から攻撃的で師の態度を崩さなかったリュシエンナが頭を下げると急に心が傾くのを感じた。
悪いのは他人の目を警戒し、心を隠している自分ではないか。
そんな考えさえ生まれる。
「お心を開いてはくださいませんか。本当の理由をお聞かせください」
リュシエンナは、ふ……と目元を緩めると微笑を浮かべる。
緊張から弛緩への、落差がすごい。
不可思議な吸引力に惹かれるように、レオノールはポロリと秘密をこぼしていた。
「あの、実は、ひ、一目惚れなんです。あんな素敵な男性見たことなくって……だから。あの、ここだけの話にしてくださいね」
どもりつつも、言葉を絞り出しているうちに頬がじんわりと熱を帯びる。
どんな呆れ顔をされているかと気になって、なかなかリュシエンナを見られない。
「聞こえません! もじもじせず、はっきり仰ってください」
「ひっ、一目惚れです。恥ずかしいので内緒にしてください!」
リュシエンナは柔と剛を兼ね備えた凄腕の教育者だった。
緩急つけて問い正されて、つい大きな声で、ハキハキと答えてしまった。
すると、待っていたのは意外そうな沈黙だった。
大きな声に呆気に取られていたかと思うと、眉間に寄っていた皺がゆっくりと解れた。
リュシエンナの表情が、ふっと緩む。
「……一目惚れ、ですか」
声に驚きが滲む。
だが、それは軽蔑でも呆れでもなく、予期しないほど柔らかな響きだった。
「妃殿下がそのように率直にお話しくださるとは、思いませんでした」
「馬鹿みたいですよね、私みたいなのが、この年で……どうかこの件はご内密に」
レオノールは恥ずかしさのあまり、思わず視線を床へ落とす。
この決まりの悪さをどうにか払拭できないかと頭を掻く。
しかし、リュシエンナは小さく首を振った。
「いいえ。むしろ……そのような純真なお心を抱いていたとは、胸を打たれました。私は長く殿下を見守って参りましたが、正直に申し上げて……人に慕われるより、畏れられるほうが多い方でした。ですが、妃殿下が殿下を”美しい”と、ただそれだけで惹かれたというのは、まことに清らかで……」
ふふ、と夫人は声を出して笑みを浮かべた。
それは威厳に満ちた教育者の顔ではなく、どこか母親のような、優しい表情だった。
こちらを嘲るような色は一切ない。
「よろしいではありませんか。そうなれば妃殿下は、この国でご自身の恋を叶えた初めての女性王族となられる。何とロマンティックな美談でしょう」
「そう、思ってくださいます? でも、ね、どうか内密に」
レオノールは、頬を真っ赤にしながらも恐る恐るリュシエンナを見下ろす。
「ええ。この国の慣わしを否定するつもりはありませんが、本意でない婚姻によって引き離された若者を数多く見て参りました。妃殿下のような前例が後世に残れば小さなひと雫でも、固く閉ざされた慣習の岩を穿つ流れとなりましょう」
「それは、ちょっと大袈裟では……あと、内緒にして、お願いですから」
単なる個人的な趣好の問題が、かなりスケールの大きな話に変換されている。
押されれば引く。
逆に引かれれば押したくなるのが人情だろう。
攻め込まれると身構えてガードが固くなりがちだ。
だが、初対面から攻撃的で師の態度を崩さなかったリュシエンナが頭を下げると急に心が傾くのを感じた。
悪いのは他人の目を警戒し、心を隠している自分ではないか。
そんな考えさえ生まれる。
「お心を開いてはくださいませんか。本当の理由をお聞かせください」
リュシエンナは、ふ……と目元を緩めると微笑を浮かべる。
緊張から弛緩への、落差がすごい。
不可思議な吸引力に惹かれるように、レオノールはポロリと秘密をこぼしていた。
「あの、実は、ひ、一目惚れなんです。あんな素敵な男性見たことなくって……だから。あの、ここだけの話にしてくださいね」
どもりつつも、言葉を絞り出しているうちに頬がじんわりと熱を帯びる。
どんな呆れ顔をされているかと気になって、なかなかリュシエンナを見られない。
「聞こえません! もじもじせず、はっきり仰ってください」
「ひっ、一目惚れです。恥ずかしいので内緒にしてください!」
リュシエンナは柔と剛を兼ね備えた凄腕の教育者だった。
緩急つけて問い正されて、つい大きな声で、ハキハキと答えてしまった。
すると、待っていたのは意外そうな沈黙だった。
大きな声に呆気に取られていたかと思うと、眉間に寄っていた皺がゆっくりと解れた。
リュシエンナの表情が、ふっと緩む。
「……一目惚れ、ですか」
声に驚きが滲む。
だが、それは軽蔑でも呆れでもなく、予期しないほど柔らかな響きだった。
「妃殿下がそのように率直にお話しくださるとは、思いませんでした」
「馬鹿みたいですよね、私みたいなのが、この年で……どうかこの件はご内密に」
レオノールは恥ずかしさのあまり、思わず視線を床へ落とす。
この決まりの悪さをどうにか払拭できないかと頭を掻く。
しかし、リュシエンナは小さく首を振った。
「いいえ。むしろ……そのような純真なお心を抱いていたとは、胸を打たれました。私は長く殿下を見守って参りましたが、正直に申し上げて……人に慕われるより、畏れられるほうが多い方でした。ですが、妃殿下が殿下を”美しい”と、ただそれだけで惹かれたというのは、まことに清らかで……」
ふふ、と夫人は声を出して笑みを浮かべた。
それは威厳に満ちた教育者の顔ではなく、どこか母親のような、優しい表情だった。
こちらを嘲るような色は一切ない。
「よろしいではありませんか。そうなれば妃殿下は、この国でご自身の恋を叶えた初めての女性王族となられる。何とロマンティックな美談でしょう」
「そう、思ってくださいます? でも、ね、どうか内密に」
レオノールは、頬を真っ赤にしながらも恐る恐るリュシエンナを見下ろす。
「ええ。この国の慣わしを否定するつもりはありませんが、本意でない婚姻によって引き離された若者を数多く見て参りました。妃殿下のような前例が後世に残れば小さなひと雫でも、固く閉ざされた慣習の岩を穿つ流れとなりましょう」
「それは、ちょっと大袈裟では……あと、内緒にして、お願いですから」
単なる個人的な趣好の問題が、かなりスケールの大きな話に変換されている。
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