「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら

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帰城

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 無力感に苛まれつつ、レオノールの夢中の抵抗に、振りほどかれないようクラウディオも必死になった。

「ああぁ……ううっ! 放して、助けて」

 手首を握りしめる拘束が外れないと知ると、今度はクラウディオの腕を引き剥がそうともがいた。

「うぅ……あぁ……いやっ!」

 かすれた声は、まるで喉を焼かれているかのように震え、唸るような音に変わっていた。

 その言葉は今までのレオノールからは考えられないほど弱々しく、切実なものだった。

 助けを乞われて、クラウディオの胸の奥で、何かがきしむ。

 無力さが骨身にしみる一方で、確かに高揚の火種が胸に点った。

「すまない、レオノール。だが……うっ!」

 拘束を無理に剥がそうとした彼女の爪が、クラウディオの手の甲を容赦なく掻き裂いた。

 皮膚が破れ、赤い線が幾筋も走る。ひりつく痛みに顔が歪むが、怯んではならないと歯を食いしばる。

 苦しみの淵にいるレオノールを支えてやれるのは、クラウディオしかいない。

 しかし、怯むなと自らを励ましたところで、痛恨の一撃を受ける。

「助けて、放して……もう……セレスっ、お願い……!」

 その瞬間、胸の奥に鈍器で打たれたような衝撃が走った。

 レオノールは閉じた瞼から涙を流して懇願した。

 両方の手首を抑えられて自由にならない腕で、クラウディオの胸に縋り付く。

 クラウディオに縋り付いているのに、レオノールが呼んだのは、別の男の名前だった。

(そうか。ーー俺では、ないんだ)

 無意識に零れた名は、セレス。

 幼馴染であり、苦楽を共にした盟友の名。

 命の危機に瀕した時、誰を頼るかなど、考えるまでもない。

 それが当然のことだとわかっていながら、クラウディオの胸は確かに抉られた。

(傷付いている? 馬鹿な……何を期待していたんだ)

 レオノールは契約上の妻に過ぎない。

 距離を置くと決めたのは自分自身だ。

 なのに、ほんの一瞬でも、自分の名を呼んで欲しいと願っていた。

 それが愚かであると理解したからこそ、胸に広がる痛みは鋭い。

 クラウディオは薄く自嘲し、視線を落とした。

(これが、俺の望んだ結果だ)

 胸中で自分に言い聞かせながら、強く握りしめた手首に目を落とす。

 強く握った彼女の手首は、腕力に抗ってなお震え、指先は白く血の気を失っている。

「すまない、レオノール。だが」

 弱気に襲われ、力加減を誤ったかと怯んだ隙に、レオノールは手を振り払う。

 爪を肩へ突き立て、ブラウスを裂くほど掻きむしる。

「やめろッ!」

 クラウディオは咄嗟に抱き締め、肩を覆い隠した。

 それでもレオノールは暴れ、胸に縋りついたかと思うと襟元を掴む。

 力任せに布を引きちぎる。

 ボタンが飛び、破れた布がひらめいた。

 何もしてやれないし、必要とされてもいない。

 無力さに打ちのめされ、意味をなさないことも承知している。

 これはそうだ。全部、自己満足だ。

「熱いっ……燃える、燃えるの……! だから……っ!」

「駄目だ。頼む、耐えてくれ……!」

 その悲鳴は、聞く者の胸を焼き切るような痛みを孕んでいた。

 全身を反らせて暴れる度に、爪や拳がクラウディオの背や腕を叩き、切り裂いた。

 爪痕は焼けるように沁み、じわじわと血が滲む。

 必死の抵抗を抑え込むのは、暴れる獄囚を押さえるよりも難しかった。

 全身の力を使っても、彼女の狂おしい力は止まらない。

 クラウディオは押さえ切れず、座席から転がり落ちる。

 だが、腕だけは決して放さなかった。

「殿下!? どうなさいました!?」

 御者の慌てる声が馬車の外から響く。

 クラウディオは額を座席に強かに打ちつけ、血が滲むのを感じながら怒鳴った。

「問題ない! 走れ!」

 彼の胸に突っ伏したレオノールは、熱に浮かされたように荒い息を繰り返す。

「ううっ……っあつぅ……背中まで、焼ける……!」

 声は嗄れ、体温は灼けるほどに上がっている。

 クラウディオはただ、祈るように抱き締め続けた。

 いずれ、レオノールの身体が毒に打ち勝つ。

 その時を信じて。
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