107 / 149
人質と引き換えに
4
しおりを挟む
鏡は騎士たちだけを映したまま、アルヴァロの声だけが要求を告げる。
「ただし共は連れず、お前一人で来るのだ。期限は3日後の日没までだ」
「ノンストップで大人が5日かける道のりを3日でって、随分と横暴ね」
何て言い草なの。それにとうとう呼び捨てにしやがった、この男。
レオノールは胸中で毒づいた。
「それは交渉に時間をかけすぎた王太子の責任さ。駆けつけても時すでに遅く、衰弱死した後では忍びないだろう」
アルヴァロの嘲笑めいた声音に、レオノールは強く拳を握りしめた。
「わかったわよ。迎えに行って、アンタもお国の連中もブッ飛ばせばいいんでしょ!」
レオノールは即答する。
「駄目だ、レオノール! 挑発に乗るな」
「クラウディオ様、悩んでいる時間がないわ。すぐにでも出発しないと」
咄嗟にクラウディオが遮った。
アルヴァロだか、アルヴァロだった生き物か何かに、理屈に合わない交渉を持ち掛けられた。
しかし、彼の存在も目的も、吟味する時間がない。
「……少しでも急ぐことだな。約束の時間に間に合わなければ、彼らの命はない。そなたの到着を心待ちにしているぞ、レオノール」
再びパチンと指の鳴る音が響くと、フッと映像が掻き消えて鏡面は元に戻った。
蝋燭の灯りを写すだけの、無機質な反射面に戻る。
室内は静まり返った。
窓を叩く音も、床を這う影もない。
嵐が去ったことを示すように、蝋燭の火が静かに揺れる。
「アイツ、言いたいことだけ言って……!」
「待つんだレオノール。あいつの目的は君だ」
唸り、踵を返したレオノールの腕をクラウディオが取る。
確かにアルヴァロの発言に思うところはあった。
人質をとってレオノールを誘き出そうとするのだから、何がしかの狙いがあるのだろう。
だが、行かない選択肢はない。
囚われている騎士たちは憔悴しきっていた。
負傷している者もいる。
「そうです。だから尚更、私自身が行くしかない」
レオノールはうなずいた。それで話は終わりだと言うように、掴まれた腕を払って歩き出す。
「レオノール!」
クラウディオの大きな手が、もう一度、今度は腕を捕まえ損ねて、肩を抱いた。
その必死さに、足を止める。
「クラウディオ様が、私を庇って交渉してくれていたのは嬉しいです。でも、みんなの命がかかってるんだから止めてください。私をどうするつもりか知りませんけど、私は負けません。みんなを解放してもらったら、あのインチキ男をぶっ飛ばして帰ってきます。ノーキエの連中がとやかく言ったらそいつらも殴ります。クラウディオ様はその後の心配をしておいてください」
軽く殴っても普通の人間なら粉砕骨折だ。
魔物を最短で倒す前提で戦いを続けてきたレオノールには、手加減が難しい。
死人を出すつもりはないが、大怪我を負わせる可能性は高い。
肩に回された腕をポンポンと叩いて解放を促すが、クラウディオは動かない。
クラウディオは眉根を寄せ、悲壮な顔をした。
「俺がお前に隠していた情報のせいで、ノーキエへの対応が遅れたことについては謝罪しよう。だが、だからといって一人で行かせるわけにはいかない」
「ただし共は連れず、お前一人で来るのだ。期限は3日後の日没までだ」
「ノンストップで大人が5日かける道のりを3日でって、随分と横暴ね」
何て言い草なの。それにとうとう呼び捨てにしやがった、この男。
レオノールは胸中で毒づいた。
「それは交渉に時間をかけすぎた王太子の責任さ。駆けつけても時すでに遅く、衰弱死した後では忍びないだろう」
アルヴァロの嘲笑めいた声音に、レオノールは強く拳を握りしめた。
「わかったわよ。迎えに行って、アンタもお国の連中もブッ飛ばせばいいんでしょ!」
レオノールは即答する。
「駄目だ、レオノール! 挑発に乗るな」
「クラウディオ様、悩んでいる時間がないわ。すぐにでも出発しないと」
咄嗟にクラウディオが遮った。
アルヴァロだか、アルヴァロだった生き物か何かに、理屈に合わない交渉を持ち掛けられた。
しかし、彼の存在も目的も、吟味する時間がない。
「……少しでも急ぐことだな。約束の時間に間に合わなければ、彼らの命はない。そなたの到着を心待ちにしているぞ、レオノール」
再びパチンと指の鳴る音が響くと、フッと映像が掻き消えて鏡面は元に戻った。
蝋燭の灯りを写すだけの、無機質な反射面に戻る。
室内は静まり返った。
窓を叩く音も、床を這う影もない。
嵐が去ったことを示すように、蝋燭の火が静かに揺れる。
「アイツ、言いたいことだけ言って……!」
「待つんだレオノール。あいつの目的は君だ」
唸り、踵を返したレオノールの腕をクラウディオが取る。
確かにアルヴァロの発言に思うところはあった。
人質をとってレオノールを誘き出そうとするのだから、何がしかの狙いがあるのだろう。
だが、行かない選択肢はない。
囚われている騎士たちは憔悴しきっていた。
負傷している者もいる。
「そうです。だから尚更、私自身が行くしかない」
レオノールはうなずいた。それで話は終わりだと言うように、掴まれた腕を払って歩き出す。
「レオノール!」
クラウディオの大きな手が、もう一度、今度は腕を捕まえ損ねて、肩を抱いた。
その必死さに、足を止める。
「クラウディオ様が、私を庇って交渉してくれていたのは嬉しいです。でも、みんなの命がかかってるんだから止めてください。私をどうするつもりか知りませんけど、私は負けません。みんなを解放してもらったら、あのインチキ男をぶっ飛ばして帰ってきます。ノーキエの連中がとやかく言ったらそいつらも殴ります。クラウディオ様はその後の心配をしておいてください」
軽く殴っても普通の人間なら粉砕骨折だ。
魔物を最短で倒す前提で戦いを続けてきたレオノールには、手加減が難しい。
死人を出すつもりはないが、大怪我を負わせる可能性は高い。
肩に回された腕をポンポンと叩いて解放を促すが、クラウディオは動かない。
クラウディオは眉根を寄せ、悲壮な顔をした。
「俺がお前に隠していた情報のせいで、ノーキエへの対応が遅れたことについては謝罪しよう。だが、だからといって一人で行かせるわけにはいかない」
61
あなたにおすすめの小説
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
乙女ゲームは始まらない
みかん桜
恋愛
異世界転生した公爵令嬢のオリヴィア。
婚約者である王太子殿下の周囲に、乙女ゲームのヒロインを自称する女が現れた。
だが現実的なオリヴィアは慌てない。
現実の貴族社会は、物語のように優しくはないのだから。
これは、乙女ゲームが始まらなかった世界の話。
※恋愛要素は背景程度です。
婚約破棄された公爵令嬢と、処方箋を無視する天才薬師 ――正しい医療は、二人で始めます
ふわふわ
恋愛
「その医療は、本当に正しいと言えますか?」
医療体制への疑問を口にしたことで、
公爵令嬢ミーシャ・ゲートは、
医会の頂点に立つ婚約者ウッド・マウント公爵から
一方的に婚約を破棄される。
――素人の戯言。
――体制批判は不敬。
そう断じられ、
“医療を否定した危険な令嬢”として社交界からも排斥されたミーシャは、
それでも引かなかった。
ならば私は、正しい医療を制度として作る。
一方その頃、国営薬局に現れた謎の新人薬師・ギ・メイ。
彼女は転生者であり、前世の知識を持つ薬師だった。
画一的な万能薬が当然とされる現場で、
彼女は処方箋に書かれたわずかな情報から、
最適な調剤を次々と生み出していく。
「決められた万能薬を使わず、
問題が起きたら、どうするつもりだ?」
そう問われても、彼女は即答する。
「私、失敗しませんから」
(……一度言ってみたかったのよね。このドラマの台詞)
結果は明らかだった。
患者は回復し、評判は広がる。
だが――
制度は、個人の“正
制度を変えようとする令嬢。
現場で結果を出し続ける薬師。
医師、薬局、医会、王宮。
それぞれの立場と正義が衝突する中、
医療改革はやがて「裁き」の局面へと進んでいく。
これは、
転生者の知識で無双するだけでは終わらない医療改革ファンタジー。
正しさとは何か。
責任は誰が負うべきか。
最後に裁かれるのは――
人か、制度か。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる