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政略結婚!?
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幼いながらも機転が利いたのは、中身が千春だったからだ。
形見が惜しくなかったわけではないが、アシュレイには他に対価として差し出せるものがなかった。
あんな形で非業の死を遂げた母だ。きっと逃亡に賛成してくれる。
アシュレイは今日限りで、王女の定めから逃げ出す。
ただし、最低限度、セレンティアに害のない形で。
だから「逃亡」ではなく「誘拐」を偽装する。
それも、国境を越えた相手の国内でなら、セレンティアが責任を追及される恐れもない。
――それが、アシュレイの描いた筋書きだった。
残念ながら、その後の予定は全くの白紙だ。
手を回すだけの時間も、余力もない。
ただ一矢報いるだけの、捨て身の手段だった。
(きっとアラウァリアは必死になって、花嫁誘拐を隠そうとする。罪悪感からセレンティアにも下手に出るはず)
これで、王女としての最低限の責務は果たした。
身に受けた仕打ちを思えば、むしろお釣りがくるくらいだ。
多少癪ではあるが、ここで因果を清算して、アシュレイは新しい人生を歩み出す。
無謀ではあるが、幸いアシュレイには前世の記憶がある。
まるきりの丸腰ではない。
男はじっと見張りを注視する。
猫のような金色の目は、闇夜でも良く見えているのだろうか。
周囲の光景には何も変化がない。
その中で一つ、男は大きく息を吸うと、跳躍するように樽の影から飛び出した。
アシュレイを抱いているとは思えないほどの膂力だ。取り落とされるやもとの憂慮は一切抱かない。
「……っ」
振り回される重力には息を吞んだが、声を出さないだけの理性はあった。
男はもう目的地を定めて、脇目を振らず一直線に駆ける。
抱えられたアシュレイだけは、見張りの方向を向いていた。
男は助走をたっぷりつけると、向かいの家の壁を蹴り上げて、更に高く飛ぶ。
危なげなく着地すると、今度はその反動を利用して跳躍し、隣の屋根を前進した。
男にとっての障害物は障害にならないらしい。
しかし、影の動きか、物音か。
見張りの一人がアシュレイたちを振り仰ぎ、松明を掲げる。
「おいっ! あれは何だ!?」
見張りは驚きを隠せない様子で、屋根の上を指差して仲間を呼んだ。
(もう見つかった……!)
アシュレイは俄かに身体を強張らせたが、男のほうは不遜にも、にやり、と口元をつり上げた。
かと思えば、再び窓から跳び出した時のような浮遊感が襲う。
いつの間にか商店の外れに迫っていたようで、張り出した布張りの屋根の上を、つるりと滑って着地する。
形見が惜しくなかったわけではないが、アシュレイには他に対価として差し出せるものがなかった。
あんな形で非業の死を遂げた母だ。きっと逃亡に賛成してくれる。
アシュレイは今日限りで、王女の定めから逃げ出す。
ただし、最低限度、セレンティアに害のない形で。
だから「逃亡」ではなく「誘拐」を偽装する。
それも、国境を越えた相手の国内でなら、セレンティアが責任を追及される恐れもない。
――それが、アシュレイの描いた筋書きだった。
残念ながら、その後の予定は全くの白紙だ。
手を回すだけの時間も、余力もない。
ただ一矢報いるだけの、捨て身の手段だった。
(きっとアラウァリアは必死になって、花嫁誘拐を隠そうとする。罪悪感からセレンティアにも下手に出るはず)
これで、王女としての最低限の責務は果たした。
身に受けた仕打ちを思えば、むしろお釣りがくるくらいだ。
多少癪ではあるが、ここで因果を清算して、アシュレイは新しい人生を歩み出す。
無謀ではあるが、幸いアシュレイには前世の記憶がある。
まるきりの丸腰ではない。
男はじっと見張りを注視する。
猫のような金色の目は、闇夜でも良く見えているのだろうか。
周囲の光景には何も変化がない。
その中で一つ、男は大きく息を吸うと、跳躍するように樽の影から飛び出した。
アシュレイを抱いているとは思えないほどの膂力だ。取り落とされるやもとの憂慮は一切抱かない。
「……っ」
振り回される重力には息を吞んだが、声を出さないだけの理性はあった。
男はもう目的地を定めて、脇目を振らず一直線に駆ける。
抱えられたアシュレイだけは、見張りの方向を向いていた。
男は助走をたっぷりつけると、向かいの家の壁を蹴り上げて、更に高く飛ぶ。
危なげなく着地すると、今度はその反動を利用して跳躍し、隣の屋根を前進した。
男にとっての障害物は障害にならないらしい。
しかし、影の動きか、物音か。
見張りの一人がアシュレイたちを振り仰ぎ、松明を掲げる。
「おいっ! あれは何だ!?」
見張りは驚きを隠せない様子で、屋根の上を指差して仲間を呼んだ。
(もう見つかった……!)
アシュレイは俄かに身体を強張らせたが、男のほうは不遜にも、にやり、と口元をつり上げた。
かと思えば、再び窓から跳び出した時のような浮遊感が襲う。
いつの間にか商店の外れに迫っていたようで、張り出した布張りの屋根の上を、つるりと滑って着地する。
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