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アルダシール
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権威に弱く、無知なため、嘘が明け透けでも露見していることに気付かない。
身分を偽称しているアルダシールには、それらは逆に安心できる要素だった。
初日にアシュレイを殴ったと聞いた時には、一波乱あるやもと危惧したが、それも必要な経験だと考えた。
世の中は善人ばかりではない。
アミールはちらりと戸口を窺って、媚びるようにこちらを見上げた。
(外に何かあるな)
何事か隠しているくらいは、すぐに知れる。
普段なら捨て置ける程度の浅はかさも、今日ばかりは不快だ。
アルダシールは黙って紙袋をテーブルに載せると、戸口へ引き返す。
「あっ、今外はちょっと……」
アミールを押しのけて外へ出る。周囲を見回すと、異変が目に入った。
すぐ左手に、薄汚れた布が、丸めて放り投げてあった。
アルダシールが通った時にはなかったものだ。
「アルダ様、待っ……」
躊躇わずに拾い上げると、衣類であるとわかる。
しかも、見覚えのあるものだ。
「これは何だ、アミール」
泥や草木の汁が染みてはいるが、元は白色で、薄いながらも柔らかく織り上げられた布は、左右の襟と身頃が長く、体に巻き付け留められるようになっている。
アルダシールの記憶が確かならこれはアシュレイの寝衣だ。
部屋の状態といい、分からないことだらけだ。
「それは……その……、あの女の、服です」
苛立ちを隠さず詰問すると、アミールは隠しきれないと思ったのか答えを口にした。
「俺は、どうしてそんなものがここにあるのか、理由を聞いている」
「それはですね……あの女、アルダ様がいないのをいいことに、私をぶったんです! だからちょっと、仕返しに隠してやろうと思って」
――くだらない悪戯をしやがって。
アルダシールはちっと舌打ちをした。
「服を奪ってどうするつもりだった」
「ごっ、ごめんなさい! だって、あの女、見かけによらず凶暴で……ほら、顎のところ、まだ青くなってて治らないんですもん。とっても痛かったんです。私、悔しくて」
詰め寄って見下ろせば、アミールは竦み上がりながら弁解を始めた。
「お前の言い訳になど興味ない。主の命令も理解できないのか? この服はどういう経緯を経てここにある? アシュレイはどこだ?」
「怒らないで、聞いてくださいっ。……水浴びをしてる間に、取ったんです。だから、大丈夫です。無事です。どうせシャルが助けるんですから。……今頃シャルが代わりの服を探してますよ」
「はあ!?」
身分を偽称しているアルダシールには、それらは逆に安心できる要素だった。
初日にアシュレイを殴ったと聞いた時には、一波乱あるやもと危惧したが、それも必要な経験だと考えた。
世の中は善人ばかりではない。
アミールはちらりと戸口を窺って、媚びるようにこちらを見上げた。
(外に何かあるな)
何事か隠しているくらいは、すぐに知れる。
普段なら捨て置ける程度の浅はかさも、今日ばかりは不快だ。
アルダシールは黙って紙袋をテーブルに載せると、戸口へ引き返す。
「あっ、今外はちょっと……」
アミールを押しのけて外へ出る。周囲を見回すと、異変が目に入った。
すぐ左手に、薄汚れた布が、丸めて放り投げてあった。
アルダシールが通った時にはなかったものだ。
「アルダ様、待っ……」
躊躇わずに拾い上げると、衣類であるとわかる。
しかも、見覚えのあるものだ。
「これは何だ、アミール」
泥や草木の汁が染みてはいるが、元は白色で、薄いながらも柔らかく織り上げられた布は、左右の襟と身頃が長く、体に巻き付け留められるようになっている。
アルダシールの記憶が確かならこれはアシュレイの寝衣だ。
部屋の状態といい、分からないことだらけだ。
「それは……その……、あの女の、服です」
苛立ちを隠さず詰問すると、アミールは隠しきれないと思ったのか答えを口にした。
「俺は、どうしてそんなものがここにあるのか、理由を聞いている」
「それはですね……あの女、アルダ様がいないのをいいことに、私をぶったんです! だからちょっと、仕返しに隠してやろうと思って」
――くだらない悪戯をしやがって。
アルダシールはちっと舌打ちをした。
「服を奪ってどうするつもりだった」
「ごっ、ごめんなさい! だって、あの女、見かけによらず凶暴で……ほら、顎のところ、まだ青くなってて治らないんですもん。とっても痛かったんです。私、悔しくて」
詰め寄って見下ろせば、アミールは竦み上がりながら弁解を始めた。
「お前の言い訳になど興味ない。主の命令も理解できないのか? この服はどういう経緯を経てここにある? アシュレイはどこだ?」
「怒らないで、聞いてくださいっ。……水浴びをしてる間に、取ったんです。だから、大丈夫です。無事です。どうせシャルが助けるんですから。……今頃シャルが代わりの服を探してますよ」
「はあ!?」
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