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予感
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「そういうのじゃないの。理由は、そこに”私”がいないからよ。私の意思じゃない。望まれもせず、納得できる国益もない。継母の嫌がらせと厄介払いのためだけにする結婚。それが悔しかったの」
アシュレイは、呟くような声で打ち明けた。
「国益があり、正妃に望まれていたら逃げずに結婚したのか」
「それはどうかしら。考えたこともないわ……」
アルダに問われて、アラウァリア王に対する素直な感情を思い出す。
壮年期に入り、18人も妻がいるのに、まだ他の女を娶るのか……しかも、34歳も年の離れたアシュレイを。
犯罪級の好色じじいだと、内心では軽蔑した節もある。
継母との関係を差し置いても、確かにあまり、好ましい印象ではない。
総ての要因が動機に繋がった。
しかし、どれか一つでも欠けていたら、アシュレイは私情を殺して嫁いだろうか。
……わからない。
「改めて言葉にすると、我儘の極みね。何もかも思い通りにならないから逃げたの。したいこともわからないのに。でもね、言い訳になるけど、私がいてもいなくても、両国に大した影響はないのよ」
「……誤解するな。俺は犠牲にならなかったお前を責めているんじゃない。その選択は正解だ。今あの国王に嫁いだところで、利益など一つも得られない。お前も、アラウァリアも」
天は快晴だが、横に伸びた広い雲に、陽の光が遮られる。
ぬるまった空気が軽くなると同時に、草原を抜け林の口に差し掛かかった。
ここからルドレール邸に向かい、丘陵が始まる。
馬は手綱を操るまでもなく、慣れた足取りで林道の影に吸い込まれた。
「慰めてくれて嬉しいけど、随分な言い様ね。仮にも国王陛下に向かってそんな」
「この国の民なら皆知っている。今や王室の権威は地に落ちている。先ほどの街でも聞いたろう」
アシュレイを擁護してくれたのだろうが、妙に強い語調だった。
目を逸らしていたのに、気になって、そっと見上げるように様子を窺った。
遠くを見るような黄金の目は、何かを憂いているようだ。
(アルダ……?)
盗み見るだけのつもりが、その瞳の翳りに惹かれて、目が離せない。
アルダはアシュレイの視線に気づき、2人は見つめ合った。
「したいことがわからないなら、俺と一緒に逃げるのはどうだ?」
アルダはふっと表情を緩めて、アシュレイの頭を自分の方へ抱き寄せた。
馬上でバランスを崩しそうになって、咄嗟にアルダの腕に縋りつく。
「逃げるって……アラウァリアから? アルダも一緒に?」
「ああ、どうせなら別の国……オスローはどうだ。母方の故郷だろう? そこなら、お前の容姿も目立たない」
突拍子もない提案と仕草に、アシュレイは戸惑う。
「そうだろうけど、逆にアルダが目立っちゃうわ。それに、貴方は逃げる必要なんてないでしょう?」
今までにない雰囲気に胸が騒めいた。
「ああ。だが、お前をあそこに閉じ込めておいても、望んだ人生には程遠い。アラウァリアもセレンティアも危険なら、一番いいのは故郷の縁者を訪ねることだ。西の公国を迂回するルートなら比較的容易だろう」
アルダが突拍子もないのは毎度のことだ。
また何か、揶揄う材料を探しているのかもしれない。
真に受けるまでもない。「その手には乗らないよ」とはぐらかしたいのに、真剣な眼差しで見つめられて、言葉が出てこない。
「お前だけを北へ逃す手もある。けれど俺はお前を手放したくない……アシュレイ」
アルダがアシュレイの顎に指をかけて上向かせた。
アシュレイは、呟くような声で打ち明けた。
「国益があり、正妃に望まれていたら逃げずに結婚したのか」
「それはどうかしら。考えたこともないわ……」
アルダに問われて、アラウァリア王に対する素直な感情を思い出す。
壮年期に入り、18人も妻がいるのに、まだ他の女を娶るのか……しかも、34歳も年の離れたアシュレイを。
犯罪級の好色じじいだと、内心では軽蔑した節もある。
継母との関係を差し置いても、確かにあまり、好ましい印象ではない。
総ての要因が動機に繋がった。
しかし、どれか一つでも欠けていたら、アシュレイは私情を殺して嫁いだろうか。
……わからない。
「改めて言葉にすると、我儘の極みね。何もかも思い通りにならないから逃げたの。したいこともわからないのに。でもね、言い訳になるけど、私がいてもいなくても、両国に大した影響はないのよ」
「……誤解するな。俺は犠牲にならなかったお前を責めているんじゃない。その選択は正解だ。今あの国王に嫁いだところで、利益など一つも得られない。お前も、アラウァリアも」
天は快晴だが、横に伸びた広い雲に、陽の光が遮られる。
ぬるまった空気が軽くなると同時に、草原を抜け林の口に差し掛かかった。
ここからルドレール邸に向かい、丘陵が始まる。
馬は手綱を操るまでもなく、慣れた足取りで林道の影に吸い込まれた。
「慰めてくれて嬉しいけど、随分な言い様ね。仮にも国王陛下に向かってそんな」
「この国の民なら皆知っている。今や王室の権威は地に落ちている。先ほどの街でも聞いたろう」
アシュレイを擁護してくれたのだろうが、妙に強い語調だった。
目を逸らしていたのに、気になって、そっと見上げるように様子を窺った。
遠くを見るような黄金の目は、何かを憂いているようだ。
(アルダ……?)
盗み見るだけのつもりが、その瞳の翳りに惹かれて、目が離せない。
アルダはアシュレイの視線に気づき、2人は見つめ合った。
「したいことがわからないなら、俺と一緒に逃げるのはどうだ?」
アルダはふっと表情を緩めて、アシュレイの頭を自分の方へ抱き寄せた。
馬上でバランスを崩しそうになって、咄嗟にアルダの腕に縋りつく。
「逃げるって……アラウァリアから? アルダも一緒に?」
「ああ、どうせなら別の国……オスローはどうだ。母方の故郷だろう? そこなら、お前の容姿も目立たない」
突拍子もない提案と仕草に、アシュレイは戸惑う。
「そうだろうけど、逆にアルダが目立っちゃうわ。それに、貴方は逃げる必要なんてないでしょう?」
今までにない雰囲気に胸が騒めいた。
「ああ。だが、お前をあそこに閉じ込めておいても、望んだ人生には程遠い。アラウァリアもセレンティアも危険なら、一番いいのは故郷の縁者を訪ねることだ。西の公国を迂回するルートなら比較的容易だろう」
アルダが突拍子もないのは毎度のことだ。
また何か、揶揄う材料を探しているのかもしれない。
真に受けるまでもない。「その手には乗らないよ」とはぐらかしたいのに、真剣な眼差しで見つめられて、言葉が出てこない。
「お前だけを北へ逃す手もある。けれど俺はお前を手放したくない……アシュレイ」
アルダがアシュレイの顎に指をかけて上向かせた。
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