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火蓋
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「俺は、協力が欲しくて事情を説明しているのではない。第一、お前は偶然巻き込まれただけの部外者だ」
「そんな、寂しいことを言わないでちょうだい。こんなに重大な機密を打ち明けてくれたんだもの。私はもう、仲間でしょう?」
アシュレイの台詞に、アルダシールは目を見張る。
「……ああ、そうだな。機密を漏らされては困るから、仲間に引き入れなくては」
僅かな間を置いて、アルダシールは相変わらずの皮肉を投げた。
「なら、まだ長丁場になりそうだな。落ち着いて掛けろ。少しは何か摘まむといい」
礼のために立ち上がったアシュレイに、座るよう席を勧める。
アフタヌーンスタンドの先を摘まんで、アシュレイの席の前に移動させた。
ごくり、と唾をのむ音が聞こえた気がした。
まさか、自分のものだろうかとアシュレイは気恥ずかしくなる。
「他にもまだ、ございます。どうぞ、お召し上がりください。お茶のお代わりも、お持ちしましょう」
マクシムが慌てたように腰を上げた。
「そんな、そこまでお腹は空いていません。お構いなく……」
アシュレイは留めようとしたが、2,3理由を挙げ、そそくさと部屋を出てしまった。
「腹なら減っているさ。あれから随分、時間が経っている」
「じゃあ、アルダだって空腹でしょう」
「俺はお前を待っている間に食べた。ほら、これなんか美味いぞ」
アルダシールはスタンドの中段に鎮座した、小さなパイをアシュレイに勧める。
「ありがとう……」
勧められるままに手に取り、口に運ぶ。
さくっ、と小気味のいい音と共にパイ生地が裂ける。
中身は木の実と肉がぎっしりと詰まった、セイボリーだった。
香草と肉汁が合わさって、渾然一体とした旨味が口内に広がる。
「おいしい」
「そうだろう」
アシュレイの賛辞に気を良くして、アルダシールは次々に菓子を小皿に取り分ける。
「アルダは本当に面倒見がいいわね。食べさせてもらってばかりな気がするわ」
遠慮をするものの、もう一つくらいいいかしら、とアシュレイは手を伸ばす。
「食べてばかりだと喉が渇くだろう。水分も、ちゃんと摂れ」
指示されるのは煩わしい。
だが、それがアルダからのものだと、そこまで窮屈ではなかった。
促されるまま紅茶を口に含む。
「べリングバリ家のコックは腕が良いんだ。さあ、次は何を食べたい……?」
アルダは机に頬杖をついて、微笑んでいた。
アシュレイが菓子を頬張る姿が、そんなにお気に召しているのか。
なんとなく、時間がゆっくり流れるような心地がして、アシュレイは一度目を閉じ、瞬いた。
(……あれ?)
再び目を開けたはずなのに、周囲の景色がぼんやりと霞んでいる。
おかしいな、と目を擦ってみるが、視界は元に戻らない。
「アシュレイ? どうした……?」
アルダが立ち上がり、テーブルを迂回して近づいてくる。
白いシャツが目前まで迫ったところで、ぐらり、と身体が傾いだのが分かった。
「眠いのか。……なら、眠るといい」
「ん……おかしい。こんな、急に……」
何度擦ってみても、目は醒めない。
それどころか身体が、どんどん重くなっていく。
夢の中に沈みそうな身体が、ふんわりと抱き上げられる。
まるで自分が壊れ物になったかのような、優しい手つきと体温に、益々眠気が強まる。
アシュレイの耳に、心地よい囁きが注がれた。
「もう、何も心配いらない……お休み、アシュレイ」
瞼に柔らかな、温もりが舞い降りた。
その感触を最後に、アシュレイの意識は深い眠りに沈んだ。
「そんな、寂しいことを言わないでちょうだい。こんなに重大な機密を打ち明けてくれたんだもの。私はもう、仲間でしょう?」
アシュレイの台詞に、アルダシールは目を見張る。
「……ああ、そうだな。機密を漏らされては困るから、仲間に引き入れなくては」
僅かな間を置いて、アルダシールは相変わらずの皮肉を投げた。
「なら、まだ長丁場になりそうだな。落ち着いて掛けろ。少しは何か摘まむといい」
礼のために立ち上がったアシュレイに、座るよう席を勧める。
アフタヌーンスタンドの先を摘まんで、アシュレイの席の前に移動させた。
ごくり、と唾をのむ音が聞こえた気がした。
まさか、自分のものだろうかとアシュレイは気恥ずかしくなる。
「他にもまだ、ございます。どうぞ、お召し上がりください。お茶のお代わりも、お持ちしましょう」
マクシムが慌てたように腰を上げた。
「そんな、そこまでお腹は空いていません。お構いなく……」
アシュレイは留めようとしたが、2,3理由を挙げ、そそくさと部屋を出てしまった。
「腹なら減っているさ。あれから随分、時間が経っている」
「じゃあ、アルダだって空腹でしょう」
「俺はお前を待っている間に食べた。ほら、これなんか美味いぞ」
アルダシールはスタンドの中段に鎮座した、小さなパイをアシュレイに勧める。
「ありがとう……」
勧められるままに手に取り、口に運ぶ。
さくっ、と小気味のいい音と共にパイ生地が裂ける。
中身は木の実と肉がぎっしりと詰まった、セイボリーだった。
香草と肉汁が合わさって、渾然一体とした旨味が口内に広がる。
「おいしい」
「そうだろう」
アシュレイの賛辞に気を良くして、アルダシールは次々に菓子を小皿に取り分ける。
「アルダは本当に面倒見がいいわね。食べさせてもらってばかりな気がするわ」
遠慮をするものの、もう一つくらいいいかしら、とアシュレイは手を伸ばす。
「食べてばかりだと喉が渇くだろう。水分も、ちゃんと摂れ」
指示されるのは煩わしい。
だが、それがアルダからのものだと、そこまで窮屈ではなかった。
促されるまま紅茶を口に含む。
「べリングバリ家のコックは腕が良いんだ。さあ、次は何を食べたい……?」
アルダは机に頬杖をついて、微笑んでいた。
アシュレイが菓子を頬張る姿が、そんなにお気に召しているのか。
なんとなく、時間がゆっくり流れるような心地がして、アシュレイは一度目を閉じ、瞬いた。
(……あれ?)
再び目を開けたはずなのに、周囲の景色がぼんやりと霞んでいる。
おかしいな、と目を擦ってみるが、視界は元に戻らない。
「アシュレイ? どうした……?」
アルダが立ち上がり、テーブルを迂回して近づいてくる。
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「眠いのか。……なら、眠るといい」
「ん……おかしい。こんな、急に……」
何度擦ってみても、目は醒めない。
それどころか身体が、どんどん重くなっていく。
夢の中に沈みそうな身体が、ふんわりと抱き上げられる。
まるで自分が壊れ物になったかのような、優しい手つきと体温に、益々眠気が強まる。
アシュレイの耳に、心地よい囁きが注がれた。
「もう、何も心配いらない……お休み、アシュレイ」
瞼に柔らかな、温もりが舞い降りた。
その感触を最後に、アシュレイの意識は深い眠りに沈んだ。
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