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新しい国
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「お前は狂っておる! ……この、悪鬼め!」
タヒルは切っ先を持ち上げ、アルダシールの首へ向けた。だが、切っ先は震えるばかりでいつまでも動かない。
「俺も殺せず、火に焼かれる気もないなら自害しろ。時間稼ぎをしても無駄だ。火の手が広がるだけだ」
「くっ」とタヒルは切歯すると、くるりと身を翻して床に飛びついた。
未だに倒れて藻掻く、アルタクセルに、必死に呼びかけた。
「陛下! お助け下さい。アルダシールが乱心しました! キュロスを手にかけ、私や陛下までをも殺めようとしています!」
扱い慣れない、大きな剣に苦心しながらも、アルタクセルを拘束している縄を切断した。
アルタクセルは、何度も咳き込んでから、肩で息をして身を起こす。
「うっ……。乱心だと? 誰が」
「タヒル王妃。今更陛下に縋るなど見苦しい。国政を手中に収めんと悪事の限りを尽くしたのだから、最後まで悪の矜持を貫けよ」
「悪事など働いておらぬ。私はキュロスを王に据えたかっただけよ。そのためには何よりお前が邪魔だった! これは陛下の責任でもあるのよ。立太子の人選を譲ろうとしなかった。先に生まれたというだけで、誰の種とも知れぬお前なぞを……」
「口を慎めよ、女狐。父が誰かなど、俺にとってはどうでも良い。だが、アムスタ妃はお前と違い、心から陛下を敬愛していた」
「そのような戯言、仮令、真実だとして誰が信じる!? 立后前に懐妊していた女の貞操など、信用に値しない。だから陛下も2度目の姦通はお許しにならなかったのよ」
タヒルは勝ち誇ったように、ニヤリと口角をつり上げた。
すっかり青ざめた能面のような顔に浮かぶ笑みは壮絶だ。
炎は徐々に絨毯を伝い、その範囲を広げていた。
部屋全体が火に包まれる時も、近い。
アルタクセルは政治において義理立てを重視するような性分ではない。
キュロスに器があったなら、何番目の王子だろうと太子に推したはずだ。
「間もなく死ぬだろう王妃に告げるのも無駄な話だが、アムスタ妃の名誉は誰にも汚させない。彼女は間男と通じてなどいなかった。俺はその証拠を手に入れた。お前はその証拠が恐ろしくて、俺にも罪を着せたんだろう」
「証拠だと? そんなもの、あるはずがない」
「あるんだよ。アムスタ妃はお前が証拠となる侍女を口封じに殺すとわかっていた。だからこそ、本来なら憎むべき、偽証をした侍女をも逃がした。いつか俺が、同じく窮地に立たされた時の切り札となるように」
「……そんなことがあるはずがないのよ。侍女はおろか、あの時の関係者は1人残らず死んだはずよ」
タヒルは、明らかに狼狽した。
「殺したつもりだった。だろ? まだ分からないか。アムスタ妃は自身の潔白を証明するためではなく、俺の身を案じて手を尽くした。そんな女性が、陛下や臣民を望んで欺くか」
タヒルは唇を噛んで、言葉を呑み込んだ。
反駁できず、後ろを振り返った。
「アムスタ……。アムスタがいるのか?」
アルタクセルは、タヒルの言動よりもアムスタの名に関心を示した。
「いいえ陛下、アムスタ妃は身罷られました。ご自身の罪を恥じて自害なされたのを、ご存じでしょう?」
「アムスタ……今日はまだ一度も会うていない。何処にいる……!」
「ですから、アムスタ妃はいないのです。あの女は陛下を裏切ったのですよ? アルダシールの主張は、事実無根です」
タヒルは切っ先を持ち上げ、アルダシールの首へ向けた。だが、切っ先は震えるばかりでいつまでも動かない。
「俺も殺せず、火に焼かれる気もないなら自害しろ。時間稼ぎをしても無駄だ。火の手が広がるだけだ」
「くっ」とタヒルは切歯すると、くるりと身を翻して床に飛びついた。
未だに倒れて藻掻く、アルタクセルに、必死に呼びかけた。
「陛下! お助け下さい。アルダシールが乱心しました! キュロスを手にかけ、私や陛下までをも殺めようとしています!」
扱い慣れない、大きな剣に苦心しながらも、アルタクセルを拘束している縄を切断した。
アルタクセルは、何度も咳き込んでから、肩で息をして身を起こす。
「うっ……。乱心だと? 誰が」
「タヒル王妃。今更陛下に縋るなど見苦しい。国政を手中に収めんと悪事の限りを尽くしたのだから、最後まで悪の矜持を貫けよ」
「悪事など働いておらぬ。私はキュロスを王に据えたかっただけよ。そのためには何よりお前が邪魔だった! これは陛下の責任でもあるのよ。立太子の人選を譲ろうとしなかった。先に生まれたというだけで、誰の種とも知れぬお前なぞを……」
「口を慎めよ、女狐。父が誰かなど、俺にとってはどうでも良い。だが、アムスタ妃はお前と違い、心から陛下を敬愛していた」
「そのような戯言、仮令、真実だとして誰が信じる!? 立后前に懐妊していた女の貞操など、信用に値しない。だから陛下も2度目の姦通はお許しにならなかったのよ」
タヒルは勝ち誇ったように、ニヤリと口角をつり上げた。
すっかり青ざめた能面のような顔に浮かぶ笑みは壮絶だ。
炎は徐々に絨毯を伝い、その範囲を広げていた。
部屋全体が火に包まれる時も、近い。
アルタクセルは政治において義理立てを重視するような性分ではない。
キュロスに器があったなら、何番目の王子だろうと太子に推したはずだ。
「間もなく死ぬだろう王妃に告げるのも無駄な話だが、アムスタ妃の名誉は誰にも汚させない。彼女は間男と通じてなどいなかった。俺はその証拠を手に入れた。お前はその証拠が恐ろしくて、俺にも罪を着せたんだろう」
「証拠だと? そんなもの、あるはずがない」
「あるんだよ。アムスタ妃はお前が証拠となる侍女を口封じに殺すとわかっていた。だからこそ、本来なら憎むべき、偽証をした侍女をも逃がした。いつか俺が、同じく窮地に立たされた時の切り札となるように」
「……そんなことがあるはずがないのよ。侍女はおろか、あの時の関係者は1人残らず死んだはずよ」
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「殺したつもりだった。だろ? まだ分からないか。アムスタ妃は自身の潔白を証明するためではなく、俺の身を案じて手を尽くした。そんな女性が、陛下や臣民を望んで欺くか」
タヒルは唇を噛んで、言葉を呑み込んだ。
反駁できず、後ろを振り返った。
「アムスタ……。アムスタがいるのか?」
アルタクセルは、タヒルの言動よりもアムスタの名に関心を示した。
「いいえ陛下、アムスタ妃は身罷られました。ご自身の罪を恥じて自害なされたのを、ご存じでしょう?」
「アムスタ……今日はまだ一度も会うていない。何処にいる……!」
「ですから、アムスタ妃はいないのです。あの女は陛下を裏切ったのですよ? アルダシールの主張は、事実無根です」
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