119 / 223
新しい国
9
しおりを挟む
前にも似たような出来事があった。
まだ、出会って間もない頃、泉で水浴びをしていたアシュレイを思い出す。
アミールに衣服を隠されて、覗くなと怒られた。
「いや、今は目を醒まさなくて良かったなと。どれだけ詰られるか知れん」
「まあ! 詰るだなんて、お嬢様がですか?」
「そいつは、気の強いお嬢様だからな」
アルダシールがお道化ると、女性もふっと相好を崩した。
こんな時でも笑える自分にほっとした。
ああ、いよいよもって、アシュレイと話したい。
「……それって、誰の話……?」
突如、小さな鈴が転がるような細やかな声が囁き、2人はギョッとして顔を見合わせた。
「アシュレイ……気が付いたのか?」
「お嬢様!」
アルダシールは咄嗟に駆け寄りそうになるが、アシュレイが何も身につけていないと思い留まる。
ここで見境なく乱入すれば、この先一生軽蔑されること請け合いだ。
アルダシールは、衝立の陰からそっと見守った。
「お嬢様! ああ、良かった……」
女性は手拭を持って駆け寄ってくるや、アシュレイの頬にそっと充てる。
「今、お体を清めるところだったのですよ。ご加減はいかがですか?」
「あちこち痛いけど、大丈夫よ。……手当てをしてくれたのはあなた?」
「はい。診察してくださったのはコニール医師ですが……」
「ありがとうございます。アルダ、いるのよね? どこ?」
アシュレイは身体を動かし、アルダシールを探そうとした。
だが、どこか痛むらしい。眉を顰めて動きを止めた。
「ここにいる。アシュレイ……!」
常識から外れてしまうのだろうが、もう関係ない。
アルダシールは堪えきれず、衝立から飛び出すと、アシュレイの脇へ膝を突いた。
「すまなかった、アシュレイ。俺のために、苦労を掛けた……!」
抱き締めたいところだが、痛めている身体に無体は働けない。
アルダシールはアシュレイの手を握り、心を尽くして詫びた。
自身の未熟さが、アシュレイの危機を招いた。
「いいえ、私がしたくてしたのよ。貴方に何かあったら、嫌だったから。あそこで貴方が困っているような気がしたの……」
アシュレイは、さも当然そうに、淡々と呟く。
「ありがとう。でも、もう二度とするな。俺だって、お前に万一があれば耐えられない……!」
「アルダ……」
アルダシールは自分でも驚くほど、素直に心の内を吐露していた。
取った手の甲に、唇を押し当てる。
「あ……あのですね」
女性は2人の仲睦まじい様子にあてられてか、頬を赤らめつつ、口を挟んだ。
「大変心苦しいのですが、続きはお身体を清めてからにしていただいてよろしいでしょうか……!? このようなお姿では、お嬢様も、その」
アシュレイの意向も絡んでいるから、言葉選びに苦労しているようだ。
「あ、ああ――そうだった」
アルダシールは我に返ると、アシュレイの手を離した。
アシュレイも自身の状態に思い至り、居心地悪そうに身を縮こませた。
「ごめんなさい、こんな格好だとは。着替えるまで、待ってもらえる……?」
「勿論だ。いくらでも待つ」
息はあっても、意識が戻るまでは不安が尽きなかった。
こうして、会話ができるほど状態が安定しているとわかれば、一先ずは安心できる。
「お気持ちはわかりますが、殿下も決して軽症ではないことを忘れないで下さい。どうか、安静にしていてくださいね」
念を押すような女性の言葉に、アルダシールは素直に頷いた。
元居た位置まで下がって腰を落ち着ければ、腹部の包帯から滲む血が見えた。
後先を考えずに動いたせいだ。
壁に背を預けて、深く呼吸する。
アシュレイが支度をしている間に、少しだけ休もう。
そう決めて、アルダシールは瞼を閉じた。
ほんの少し、休息をとるだけのつもりだったのに、次に目を覚ました時には、夕暮れを迎えようとしていた。
まだ、出会って間もない頃、泉で水浴びをしていたアシュレイを思い出す。
アミールに衣服を隠されて、覗くなと怒られた。
「いや、今は目を醒まさなくて良かったなと。どれだけ詰られるか知れん」
「まあ! 詰るだなんて、お嬢様がですか?」
「そいつは、気の強いお嬢様だからな」
アルダシールがお道化ると、女性もふっと相好を崩した。
こんな時でも笑える自分にほっとした。
ああ、いよいよもって、アシュレイと話したい。
「……それって、誰の話……?」
突如、小さな鈴が転がるような細やかな声が囁き、2人はギョッとして顔を見合わせた。
「アシュレイ……気が付いたのか?」
「お嬢様!」
アルダシールは咄嗟に駆け寄りそうになるが、アシュレイが何も身につけていないと思い留まる。
ここで見境なく乱入すれば、この先一生軽蔑されること請け合いだ。
アルダシールは、衝立の陰からそっと見守った。
「お嬢様! ああ、良かった……」
女性は手拭を持って駆け寄ってくるや、アシュレイの頬にそっと充てる。
「今、お体を清めるところだったのですよ。ご加減はいかがですか?」
「あちこち痛いけど、大丈夫よ。……手当てをしてくれたのはあなた?」
「はい。診察してくださったのはコニール医師ですが……」
「ありがとうございます。アルダ、いるのよね? どこ?」
アシュレイは身体を動かし、アルダシールを探そうとした。
だが、どこか痛むらしい。眉を顰めて動きを止めた。
「ここにいる。アシュレイ……!」
常識から外れてしまうのだろうが、もう関係ない。
アルダシールは堪えきれず、衝立から飛び出すと、アシュレイの脇へ膝を突いた。
「すまなかった、アシュレイ。俺のために、苦労を掛けた……!」
抱き締めたいところだが、痛めている身体に無体は働けない。
アルダシールはアシュレイの手を握り、心を尽くして詫びた。
自身の未熟さが、アシュレイの危機を招いた。
「いいえ、私がしたくてしたのよ。貴方に何かあったら、嫌だったから。あそこで貴方が困っているような気がしたの……」
アシュレイは、さも当然そうに、淡々と呟く。
「ありがとう。でも、もう二度とするな。俺だって、お前に万一があれば耐えられない……!」
「アルダ……」
アルダシールは自分でも驚くほど、素直に心の内を吐露していた。
取った手の甲に、唇を押し当てる。
「あ……あのですね」
女性は2人の仲睦まじい様子にあてられてか、頬を赤らめつつ、口を挟んだ。
「大変心苦しいのですが、続きはお身体を清めてからにしていただいてよろしいでしょうか……!? このようなお姿では、お嬢様も、その」
アシュレイの意向も絡んでいるから、言葉選びに苦労しているようだ。
「あ、ああ――そうだった」
アルダシールは我に返ると、アシュレイの手を離した。
アシュレイも自身の状態に思い至り、居心地悪そうに身を縮こませた。
「ごめんなさい、こんな格好だとは。着替えるまで、待ってもらえる……?」
「勿論だ。いくらでも待つ」
息はあっても、意識が戻るまでは不安が尽きなかった。
こうして、会話ができるほど状態が安定しているとわかれば、一先ずは安心できる。
「お気持ちはわかりますが、殿下も決して軽症ではないことを忘れないで下さい。どうか、安静にしていてくださいね」
念を押すような女性の言葉に、アルダシールは素直に頷いた。
元居た位置まで下がって腰を落ち着ければ、腹部の包帯から滲む血が見えた。
後先を考えずに動いたせいだ。
壁に背を預けて、深く呼吸する。
アシュレイが支度をしている間に、少しだけ休もう。
そう決めて、アルダシールは瞼を閉じた。
ほんの少し、休息をとるだけのつもりだったのに、次に目を覚ました時には、夕暮れを迎えようとしていた。
644
あなたにおすすめの小説
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
「白い結婚最高!」と喜んでいたのに、花の香りを纏った美形旦那様がなぜか私を溺愛してくる【完結】
清澄 セイ
恋愛
フィリア・マグシフォンは子爵令嬢らしからぬのんびりやの自由人。自然の中でぐうたらすることと、美味しいものを食べることが大好きな恋を知らないお子様。
そんな彼女も18歳となり、強烈な母親に婚約相手を選べと毎日のようにせっつかれるが、選び方など分からない。
「どちらにしようかな、天の神様の言う通り。はい、決めた!」
こんな具合に決めた相手が、なんと偶然にもフィリアより先に結婚の申し込みをしてきたのだ。相手は王都から遠く離れた場所に膨大な領地を有する辺境伯の一人息子で、顔を合わせる前からフィリアに「これは白い結婚だ」と失礼な手紙を送りつけてくる癖者。
けれど、彼女にとってはこの上ない条件の相手だった。
「白い結婚?王都から離れた田舎?全部全部、最高だわ!」
夫となるオズベルトにはある秘密があり、それゆえ女性不信で態度も酷い。しかも彼は「結婚相手はサイコロで適当に決めただけ」と、面と向かってフィリアに言い放つが。
「まぁ、偶然!私も、そんな感じで選びました!」
彼女には、まったく通用しなかった。
「なぁ、フィリア。僕は君をもっと知りたいと……」
「好きなお肉の種類ですか?やっぱり牛でしょうか!」
「い、いや。そうではなく……」
呆気なくフィリアに初恋(?)をしてしまった拗らせ男は、鈍感な妻に不器用ながらも愛を伝えるが、彼女はそんなことは夢にも思わず。
──旦那様が真実の愛を見つけたらさくっと離婚すればいい。それまでは田舎ライフをエンジョイするのよ!
と、呑気に蟻の巣をつついて暮らしているのだった。
※他サイトにも掲載中。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
〈完結〉【書籍化&コミカライズ】悪妃は余暇を楽しむ
ごろごろみかん。
恋愛
「こちら、離縁届です。私と、離縁してくださいませ、陛下」
ある日、悪妃と名高いクレメンティーナが夫に渡したのは、離縁届だった。彼女はにっこりと笑って言う。
「先日、あなた方の真実の愛を拝見させていただきまして……有難いことに目が覚めましたわ。ですので、王妃、やめさせていただこうかと」
何せ、あれだけ見せつけてくれたのである。ショックついでに前世の記憶を取り戻して、千年の恋も瞬間冷凍された。
都合のいい女は本日で卒業。
今後は、余暇を楽しむとしましょう。
吹っ切れた悪妃は身辺整理を終えると早々に城を出て行ってしまった。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる