婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも

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 一族の者達に語りたい真剣な話があるのだと、結婚披露と次期当主お披露目を兼ねたパーティを控え一族の要職にある者達だけが集められた。 それでも、その数は100人近くを超えていて騒々しく挨拶がなされ、近況が語られ出す。

 私が公爵家に実質的に嫁いで四か月が過ぎていた。

「お集まりの皆様、本日は息子のワガママのためにご足労をかけてしまい申し訳ない……

 そんな言葉から始まる公爵様の挨拶が続き食事が振る舞われる。 

 集まっている人々の半分以上は、お人よしな両親のフォローの延長に関わる中で面識を持っており、私は好意的に迎え入れられている事が実感できた。 あとの三割ほどはここに来てから知りあい、今後の保険、保証とばかりに機嫌をとってくる。

 そんな下心のようなものが、私の居場所を実感させるのだから……少し、ほんの少しだけ罪悪感に胸の痛みを覚える。

 これからカスパーが行う事を考えれば……。
 喜んでばかりはいられない。

「お嬢様、飲み物は如何ですか?」

 私の……私だの執事……私の所有する人……ケヴィンが飲み物を片手に現れボソリと耳打ちをし……不安そうにする私の指にそっと指を触れさせてきた。

「ケヴィン……」

「そろそろおいでのようです」

 夫であるカスパーを嫌っているケヴィンではあるが声は強張り、緊張と同情、複雑な感情が見られており、私も……その緊張がうつったように強張ってしまう。

 私の背後に立つケヴィンは、まるで私を守るよう……。

 不安……。
 身を寄せあいたい。
 安心が欲しい。

 幼い頃のように抱きしめて欲しい。 だけど、今の私はお披露目こそまだだけど、次期公子の妻なのだから。



 ざわり。

 場が揺れる。



 カスパーが三人の愛人と呼ばれる女性と共に現れる。

 カスパーの話を聞けば愛人とは? と言う思いが浮かんできて……まるで……人が良すぎて利用される父母を見るような……いえ、両親とは違い自分で後始末をしようとしているのだから、両親よりも余程立派だと思う。

 今の私はカスパーを嫌っていない。

 カスパーはチラッと私を覗き見ていて……それはとても苦々しそう? と、言うか、苦しそうと言うか……そんな様子が見れる。 彼の不安は私以上なのは確かだろう。

 それでも、私は見て見ぬふりをするしかなかった。

「お集まりの皆様……。 ぼ……いえ、私は彼女エーファとの婚姻をなかったと事にするよう神殿に申し出る事としました」

 ざわりと場が揺れた。

 公爵家をどうするつもりなのだと。
 お前のような奴が、公爵の業務をできるのか?と。

 降りかかる不安が、厳しい声となっていた。



 だけど、今日も自分のカラーを身に着ける三人の女性は違った。

 勝った……そんな表情が三人の愛人から垣間見る事が出来るのだが、それはすぐに覆される事となる。

「そして……父上、私は、次期公爵を辞退したいと思います。 私には、公爵としての責務を果たすだけの、公爵として人を従え指示するほどの器量がありません」

 ざわりと人々が騒めいた。

 そしてカスパーの側に立っていた三人と言えば、誰よりも感情が揺れ動いていた。

 何を言い出すんだ? そんな表情の三人の女性に向かいカスパーは微笑みかけていた。

「……僕には、君達が居ればそれでいい。 僕についてきてくれるよね?」

 グレースだけが僅かに息を飲み、返事に至った。

「と、とと、当然、でひょ!!」

 声は裏返えり噛んでいたが、カスパーは気づかぬ振りで微笑み語り続ける。

「そう言ってくれると思っていたよ。 ありがとうグレース」

 満面の笑みを無神経に浮かべた。

 無神経、そう、どこまでも無神経に見えているだろう。 だって、フレイヤもベティーも困惑を露わにしていた。 嘘と偽りにまみれた社交界に馴染んだグレースのように表面上すらも笑う事は出来ていなかった。

 特に年若いベティーは、無理だったらしい。

「それってどういう事ですの? この子のお腹の子は公爵家の血が流れていると言うのに、受けられる権利を放棄しろって言いますの? この子は将来、公爵になる人間なのよ!!」

「まさか君が、いや、君達が知らないだなんて思っても居なかった。 僕は、君達とは誰とも関係を持っていないって事を。 大切な君が生む子を父親として愛したいと、君が、君達が僕の家族になってくれたように、僕もその子の家族になりたいと思ったから。 だから、僕の子として育てて良いと思った。 だけど、公爵家の子じゃない。 それは確かだ。 そんな事を許す訳にはいかないんだ。 分かるよね?」

 親族の前で宣言されては、どんなことをしても未来の公爵とする事が出来ないだろう。

 ベティーとフレイヤの顔が真っ青に染まっていく。

「何を言っているのよ!! 貴方はあの日、そう、あった事もない女との結婚に自棄になって酔っぱらった日、貴方は強引に私達を襲ったのよ!! 乱暴に、強引に……酷い有様だったわ……」

 フレイヤが涙ながらに訴え、軽くベティーを肘で小突いていた。 彼女達は寄り添うようにいて、余程しっかりと見ていなければ分からなかっただろう。

 その感情を思考の向かいどころを。

「そ、そうよ!! 酷いわ、今更責任逃れなんて!!」

 ベティーがフレイヤの言葉に続いた。

 私はユックリと視界を巡らせた。

 突然に婚姻が強行されたのは、拒否できない状況があったから。 両親が馬鹿だったから、借金を返すために私は身売りをした……と言えるだろう。

だからと言って公爵家の人間をカスパーを調べなかった訳ではない。 例え婚姻してからであっても、情報の有る無しでは色々と代わって来る。 だから……調べた。 カスパーを、愛人を、公爵家を。

 人がカスパーをどう語ったか。

 実直、不器用、臆病者、押しに弱く人が良い。

 女性が苦手。

 公爵家の跡取り息子だからと彼の元に女性をあてがわれた。 かなり強引に、性的に、そこに恐怖を覚えた彼は……不能……と噂する者もいた。

 三人の愛人を持つ事で、その噂は中和されてはいるようではあるけれど、それでも不能説は今も完全に消えていない。 素っ気なくされた女性が自らのプライドを守るために、噂を広めているのか? と、思ったりもしたのだけど……。 その女性達はとても魅力的で、わざわざ他人を落とすような必要等ないのでは? と、思われるほどの人物達だった。

 その女性達の数人からお茶会の招待を受けたいのを機会に、私自身が直接話を伺う機会を作った。 提供される情報よりも、新鮮な情報を耳にするのは悪くないだろうから。





『あの……私……相談に乗りましてよ?』

 そっと……小声で囁かれた。
 人目を避けるように。

 カスパーに振られた……と、噂のある女性だった。

カスパーの妻となる事は出来なくても、公爵家と……未来の公爵夫人との間に繋がりを持つ事は利益となると考える者は少なくはないと言う事だ。 下心ありではあるが、好意的に私は受け入れられた。

 親身な態度で、誠実な態度で、同情的な態度でヒッソリと語られる。 私は新底不安なのだと言う態度で、カスパーが女性に対する怯えた態度を取る理由を聞いた。

『あの……なぜ、彼は女性が怖いのですか?』

『……』

 黙り込む彼女に、私は少しだけ後悔をした。 実際に彼女が騎士として戦場に出ている男性に怖がられた話をしたいだろうか? 無神経な事を聞いてしまったと謝罪を仕様とした時、彼女の方から口を開いた。

『気になりますよね? 当時の私は恥をかかされたと怒りもしました。 だけど、これだけは理解してください。 私は、だからと言って公爵家を貶める事をしてはいけないと、全てを胸にとどめるつもりでいたと言う事を。 私が、このことを話すのは初めてだと……』

『えぇ、伯爵夫人が人を貶める事等しないと信じておりますわ』

 そして彼女は語った。

 カスパーを産んだ前公爵夫人は、現公爵の従兄妹に公爵家からいびり出されたのだと。 

【私の方が兄様に愛されている。 貴方は王女だったから……だから兄様は断る事ができなかったのよ!!】

そんな感じだったらしい。 そんな従兄妹の発言を現公爵は諫める事もせず、幼い子供の言う事を真に受けるなと前夫人を諫めた結果……怒った前夫人は家出をし……そして……馬車の事故……いや事故に見せかけた暗殺にあったと言う話だった。

公爵は公爵家の落ち度だと暗殺を隠し通したが、真実は何処からでも漏れ出るものだと言う事なのだろう。 だから、暗殺の噂は私も知っていた。

ただ……問題は次だ……。

カスパーは間接的に母を殺した女性に、叔母に、幼い男性とも言えない状況下で押し倒されたそうだ……。

 公爵様は絶対に私を抱いてはくれない。
 だけど私は、公爵家の子を孕む必要があるの!!

 その狂気、狂ったありさまにカスパーは恐怖したのだそうだ。 幼く抵抗の出来ない彼を、幾度となく……。

『彼は女性が怖いのだと。 それは決して私に魅力がないからと言う訳ではないから、許して欲しいと……』

 そんな話を聞いた私は……なぜ、それで愛人を? その経緯を知っていても思ったわけで、婚姻を解消し蹴りをつけようと思うと相談された日、私は思い切って聞いてみた。



『彼女達は僕と同じ被害者だと思ったから……』

『なら、ベティーの子は?』

『僕の子じゃない……』

『それでも、酒に酔ってとか……その貴方も男性な訳ですし……』

『僕が好きになったのは……君だけだ』

 俯きながらカスパーは言った。
 照れて俯いたのではなく、どこか途方に暮れた様子だった。

『なぜ、私なんですか? それに最初は三人を愛しているとおっしゃっていましたよね?』

『僕は……その妻となる事に決まった君が怖かったんだ』

『そう、そうね……そう思っても……』

 仕方が無いわね。

 そう言おうとすれば、カスパーはとても悲しそうに泣きそうな顔をしていた。 だけど、今更何も知りませんでしたよ? 等と言える訳がなく……私は、嫌われる事を覚悟して続きを聞いたのだ。

『でも、その日、私の元に来ましたよね?』

『君は、とても綺麗だった。 僕を侮蔑し軽蔑するその視線さえも綺麗あった。 女性の感情的な部分が嫌いだと思っていたのに……君のソレは違っていた。 その瞬間、僕の中で何かが変わったんだ。 君に嫌われたくない。 好かれたい。 それはとても衝動的で、僕自身をためらわせた。 驚かせてしまった。 嫌な思いをさせてしまった。 とてもすまないと思っている。 ごめんなさい……』

『もう、終わった事ですわ。 それに……』

 私達は終わると決めたのだから。

『君は、人形のように綺麗なのに、人らしく感情的だ。 自分のために怒るよりも人のために怒る事が多かった。 君を慕う人を見ていれば、君がどんな人か分かった。 厳しくも優しい人なのだと。 理不尽よりも、感情よりも……理性的で理論的で和を好む』

『そんな良いものではないわ』

『未来の公爵夫人であろうと頑張れる君が眩しかった。 君の努力と成果に嫉妬しながらも尊敬し……僕は、自分のダメさを理解しながら……。 君が僕を愛する事がない、僕を求めていない事に安堵しながら悲しくなった。 だから僕は君に誠実になりたいと、そう思うようになったんだ。 僕を正してくれてありがとう』

 彼は悲しそうに、泣きそうに笑って見せた。



 そんな会話が交わされていたからこそ……。



 私の心は白けていた。

 ベティーの腹の中の子が、カスパーの子ではないと思っているから。

 長年愛人だとされていたのだから、誰もがカスパーの言い分より、ベティーの言い分を信用するだろう。 そう思えば……苛立った。
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