婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも

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 生まれて来る子を思い嘆くベティー。
 慰める2人の愛人仲間。

 周囲の視線はカスパーを責める。

「だからこそ、ぼ……私は、次期公爵に相応しくない……そう思ったのですよ」

 カスパーの表情は、何とも言えない悲しい様子を湛えていた。

 三人の愛人に好きなように振り回される公爵等存在して良い訳がないのだ。

「それでは、次期公爵をどうするつもりだ!!」

 そんな声が強く周囲から上がってきた。

「貴方が公爵に相応しくない事は誰もが知っている!! だが、ならば誰が次期公爵となると言うんだ!!」

 そうだそうだ等と言う声が上がるから、カスパーが泣きそうになった。 握りしめられた手が震え、唇が噛まれ、それでも……怒鳴る事も嘆く事も無かった。

「貴方が未熟だからこそ、相応しい妻を娶ったのではありませんか!!」

「彼女は……私のような人間にはふさわしくありません……。 私は……ずっと公爵と言う重荷から逃げたかったんだ!!」

 私に好かれたいと思っていても、それだけは譲れなかったらしい。 だから……恋は諦めたと言う。



『友達になって欲しい』

 それが彼の願いだった。



「では、誰が……」

 ざわりと剣呑な空気が走るのは、公爵の補佐として勤めて来たリリーが最も公爵に相応しいと誰もが思っているからでしょう。

「私は、ずっと母が連れて行った兄を探していました。 母が家出した先で起こった事故の現場に死体は無かった。 そう聞き……万が一を考えたのです」

「生きていれば、助けを求めただろう!! 彼は自分が公爵家の者だと理解できる年齢だったのだから。 未だ連絡の一つもないなら……希望を持つのは如何なものだろうか?」

「助けを求められない状況だったなら? 戻りたくないと思ったなら? 私が……そうであるように……。 戻りたくない、責務から逃げたい。 いえ……幼い兄を利用しようとするものから逃げたかったのかもしれません」

 カスパーが周囲を見回せば、幾人かが息を飲んでいた。 分かりやすい罪悪感が目に見えた。

「僕しかいない、だから……僕が……そう思っていました。 だけど僕はもう……無理です。 苦しいのです。 お願いです……助けて下さい」

 静かな嘆きが向けられた先はケヴィンだった。

 ケヴィンの髪色は、公爵とも、亡き公爵夫人とも、カスパーとも違うが……それは、髪を染めているから。 だけれど、独特な瞳の色合い、どことなく公爵を思わせる風貌は他人の空似ではないと言われれば誰もが息をのむほどだろう。

 事前に聞いていた。
 彼の事情、公爵家長子の状況を語り合った。

 彼は自分が何者か知っている。

 私はジッとケヴィンを見つめれば、ケヴィンは深い溜息をついた。

 きっと……公爵も気づいていたのだろう。
 仕方がないと言うような、そんな表情が見られ……そして、公爵とケヴィンは視線を交わし合った。 

 いや、もしかして公爵自身が、ケヴィンを……息子を知っていて、私を公爵家の妻としたのかもしれない。 そして既に私の知らない所で親子の再開を済ませているのかもしれない。 そう思わせる雰囲気がそこにあった。

「兄さん……」

 すがるカスパーの瞳。

 そして……ベティーの怒声。

「ふざけないでよ!! なら、私のお腹の子はどうなると言うのよ!!」

「僕が責任をもって育てるよ。 次期公爵の座を兄に譲ったとしても、戦場での功績によってナイトの称号を得て王家に仕える事が出来る。 僕と君達三人、そして生まれて来る子供とつつましく生きるには何の不自由もないはずだ。 新たない地位に相応しい小さな家を買おう。 お互い手を取り合って生きて行こう。 身を寄せ合い助け合えば、今度こそ本当の家族になれるはずだ」

「なっ……何よソレ……使用人はどうするのよ?」

「使用人なんて必要ないだろう? 僕達は例え男女の関係がなくとも、お互いが寄り添い、慰め、助け合う家族なのだと言ったのは君だ。 君達なんだから。 ずっと贅沢をしてきたんだ。 分不相応な贅沢を。 これからは一緒に、僕達に相応しい生活を、人生を送る事に協力してくれるよね?」

「な、なな、なら、掃除は? 洗濯は? 食事の支度は? 綺麗なドレスは? 子供のお披露目は? 次期公爵の母としての地位は?!」

「何度も言っているが地位は無い。 その子は僕の子じゃない。 それに生活は……それぞれ得意な事をすればいい。 何しろ家を支える女性が三人もいるんだから。 理解してくれるよね?」

 ただ、どこまでも贅沢を貪っていた。

 そんな実感はあるのだろう。
 うしろめたさがあるのだろう。
 黙り込むグレーテルとフレイヤ。

 三人とも行くべきところは無い状態であるべきだ。 四人で肩を寄せ合って、力を合わせて家族となるべきなのだ。

 そうでなければならない。
 そうあるべきなのだ。

 だけど、私達は……カスパーもまた知っている。

 カスパーが戦場に出向き、三人が王都に残っていた頃。 公爵家の持つ貸家の一つに出入りしていた商人の存在、三人との関わりを……。

 公爵家の財を使い贅沢を送ってきた。

 商人は自らの容姿を、会話を、巧みに利用しそして三人と関係を持っていた。 それは、当時三人の世話をしていた使用人から証言を得ている。 ただ……カスパーが三人を哀れみ、同情し、理解者と考え、受け入れていただけ。

『どうせ……自分は男として受け入れられていない。 丁度いい……』

 そんな風にも語っていたが、実際には……元々女性を苦手なところ、彼女達三人が女性嫌いを悪化させたのでは? と、私は思ったりしている。

 それはともかく、商人は公爵家の財を三人を通し獲得していた。 一人の青年は、三人の女性を、公爵家の財産を利用し、商家として王都でも有数の商人となっているのだから、きっとそこを拠り所とするだろう。

 そう思っていたけれど、ベティーは声を荒げた。

「私が!! 何のために王都に来たと言うのよ!!」

「運命の相手である私と出会うため。 そう、言っていたよね? 君には貴族の社交界は無理だ……ベティー。 礼儀がない、教養がない、知性がない。 残念ながら、君が万が一にも社交界に出てしまえば公爵家の恥となるだろう。 だから……あり得ない事なんだよ」

「それぐらいどうにでもできるわよ!!」

「今まで、どうにもしなかったじゃないか。 王都に貴族に憧れながら、君の生き方は故郷を出る前と変わっていないだろう? そして……フレイヤ分かるよね?」

 フレイヤは唇を噛んだ。

 一流の娼婦の多くは、貴族に見受けされた。 だけど、フレイヤはその美貌が病で衰えるまで娼婦であり続けた。 決して彼女を見受けしたいと言う者が居なかった訳ではない。

 一流の……高級娼館のトップであった彼女のプライドが、誰よりも美しいと誇っていた彼女のプライドが、愛人に収まる事を許せなかったのだ。

 貴族に生まれただけの、あの程度の女達に負けて等いない!!

 そんな思いは自然と自分の元に通う男達を介し、男達の妻への嫌がらせを行い、マウントを取り続けた。 フレイヤもまた貴族社会に顔を出せば、叩きだされるだろう行為を繰り返してきたのだ。

 グレーテルは……どうだろう?

 彼女だけが気になった。
 ずっと、カスパーに付き従っていたから。



 あり得ない!! と、叫び続けるベティー。
 喉に声を詰まらせ、泣きながら訴えるフレイヤ。

「どうして、どうしてそんな目で見るのよ!! 誰か、この理不尽を何とかして!! 私を、私を愛していると言ったわよね?! なら、なぜ、私の幸せが崩れる様を黙って見ているのよ!! 貴方も、貴方も、貴方も!! 愛しているって言っていたじゃない!!」

 一族の中にも彼女の客はいた。 そして彼等は女嫌いのカスパーを利用し、沈黙の対価とし、今もフレイヤと関係を持っていたのだ。

「あぁ……そうね。 そうだわ。 ねぇ、一番良い条件を出した人の愛人になってあげるわ。 貴方だけの私になってあげる。 さぁ、私を奪い合いなさい」

 沈黙。

 その場には集まった男達の夫人達が居なかったのは幸いだろう。

 冷ややかな視線は誰だよそんな奴と語り、動揺した視線は必死に自らを隠そうとしていた。

「ねぇ」

 縋ろうとしたフレイヤの手。
 その手は振り払われた。
 冷たい視線が向けられた。

「何よ……何でよ……愛しているって言っていたじゃない」

 冷ややかな視線にフレイヤは絶望に嘆く。

 そんな彼女が……病を切っ掛けに、周囲と彼女との間にある認識の違いが……カスパーを同情させたのではないのだろうか? 惨めなフレイヤとベティーの姿にそう思わずにいられなかった。

「次期公爵ではない僕は……捨てられたと言う事だろうか? 君は? グレーテル」

「申し訳ございません」

 グレーテルは静かに頭を下げた。

「そう……君も、僕と生きていく事は出来ない。 そう言うんだね?」

 結局、地位と財産が全てなのかと……余りにも嘆かわしい結果に……カスパーは笑いだした。

「結局!! 僕を理解してくれる者はいないってことか!!」

 舞台の上の終章のように片手で顔を覆い声を上げた。
 まるで気が狂ったように笑いだした。

「ですが!! 貴方は私を愛してはくださらなかった!! 私は、敬愛する貴方に仕え続けるようりも、私を愛していると言って下さる方の側にいたいのです!!」

 それがグレーテルの言い訳。

 カスパーの高笑いがピタリと止まった。

「なら、そいつと、君が愛を交わした商人の男知り合った三年前にそうすれば良かっただろう?」

 静かな声だった。

「そうだ……君達の贅沢で、君の愛する人は随分と財を成したそうじゃないか。 不貞? 横領? なんて言うのかなぁ」

「嫉妬? 何のアピールもせずに今更そんな事を言われても……笑えるんだけど? 欲しいなら欲しいと言えば良かったでしょう? 善人ぶって、結局、こんな中途半端に私達の日常を奪うからよ」

 理屈に合わない事にフレイヤはドヤ顔で言うのだ。

 フレイヤは……。

 他の二人はドンドンと顔色悪くなっていた。

 なぜ?

 私は彼女達の視線を追った。
 向かう視線は二種類。
 目的は違う。

 苦い顔を……明らかに裏切られたと言う表情をしているのが一人。

 それと……ニヤニヤと勝ち誇った表情をしているのが一人。

 そんな背景には気づいていないカスパーは宣言した。

「明日には出て行け」

「はぁ、何を言っているの?! そんなの出来る訳ないじゃない!!」

「もう、話す意味はない」

 それが最後の言葉だった。
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