サプレッション・バレーボール

四国ユキ

文字の大きさ
2 / 35

プロローグ2

しおりを挟む
 全国大会が終わり、二学期が始まるまでの残りの夏休み数日は部活が休みとなった。
 私はあの日以降、体の内に灯った熱にうかされていた。全国大会の残りの日程は試合を観戦していたが、上の空でいまいち印象に残っていない。ただ、東京の某(それがし)中学が三連覇を達成したのだけは覚えている。真希が勝っていたら、そのまま全国制覇もありえたのだろうか。
 それを見て私も真希も莉菜も、来年こそはと誓い合った。

 午前中といえども、夏の体育館はやはり暑い。
 私は情熱を持て余し、休みにもかかわらず体育館にいる。そしてなぜか、示し合わせたかのように真希と莉菜もいた。
「奈緒も来たんだ」
 準備運動がてらのパスをしていた真希が動きを止めた。二人ともすでに汗が噴き出ている。
「今日は休みだぞ」
 莉菜がニヤニヤした表情を浮かべながら私にそう言うと、真希がすかさず口を挟んだ。
「莉菜じゃないんだから、間違えて来たわけじゃないでしょ」
「莉菜、間違えたの?」
 私が少し冷たい視線を送ると、莉菜が照れくさそうに肩を丸めた。
「まあ、そうとも言うかな。……でも!」
 莉菜の突然の大声がだれもいない体育館に響き、声が反響する。
「真希のあの試合を見させられて、大人しく休むなんてできるか? なあ、奈緒」
 急に私に振られ、一瞬固まってしまったが、私は何度も頷いた。
「莉菜の気持ちがよく分かる」
 当の真希は「えーと」「ううん」と返事にもならない返事を繰り返すばかりだ。
「なんだよ、真希、不満か」
「……まあ、満足はしてないよね。負けたんだし」
 真希の目に強い光が宿った気がした。だが、それはすぐに引っ込み、よく知る真希の顔に戻った。
「それで、悔しくて今日も練習か」
 莉菜の言葉ではっとした。真希は練習日と勘違いしたわけでも、ましてや何となく来たわけでもない。真希のバレーに対する意識と、それに気がつく莉菜。
 きっと二人は私が思っている以上に、私の先を行っている。最初に日の目を浴びたのは真希だが、来年は莉菜も脚光を浴びるのだろう。そんな妙な確信が湧き上がってきた。
「ま、それはそれとして、練習しようか」
「そうだな。来年こそ日本一になるんだもんな」
 負けてられない。必死に練習して二人に食らいついていかないと、私はきっと一瞬でおいていかれる。
 私は準備運動に取りかかった。

 二学期になり、学校が再開した。私たち三人は同じクラスだ。授業の合間の休憩時間はいつも一緒にいるし、放課後は一緒に体育館へ向かう。
 三年生が引退して部の選手層は大分薄くなった。今のメンバーでベンチ入りしていたのは真希だけだ。
 全員そのことは分かっているのか、普段の練習に熱が入っているように感じる。全国大会での真希の活躍により、私たちは一気に注目を集めるチームに変貌を遂げた。今度の秋の大会でも優勝候補の一つのはずだ。県内のみの大会で全国などの大舞台がかかった試合ではないが、負ける気はない。
 スタメンがだれになるか、みんなが気にしだし、どこかそわそわした空気が部内に漂い始めていた。
 スタメンやベンチ入りする選手を決めるのは顧問の大河内先生だ。大河内先生は四十代の女性教師で、バレーの指導者としてそれなりに有名らしい。熱血指導とは程遠いが、技術的なことはちゃんと教えてくれるからか、生徒からの信頼は厚い。
ただ、それより先に乗り越えないといけないものがある。テストだ。

「もう嫌だ」
 莉菜がシャーペンを机の上に放り投げ、勢いのままシャーペンが机から落ちた。莉菜は面倒臭そうに拾い上げる。
 テスト前ということで強制的に部活は休みになる。私と真希は前回のテストが散々だった莉菜に勉強を教えるために、放課後の教室に残っていた。
「だれのためだと思ってるの」
 真希がじとっと莉菜を見つめる。
「莉菜が平均点くらい取れれば、今ごろ練習できていたのに」
 私もわざと攻めるような口調で莉菜を睨んだ。
「はいはい、悪かったよ」
 莉菜が渋々シャーペンを握り、英語の教科書と向かい合った。莉菜の成績は酷く、特に英語が壊滅的だ。前回のテストでは小文字のbとdを間違えていた。
「そうだ、これ見た?」
 二〇分ほど黙々と勉強していたが、莉菜が突然鞄から一冊の雑誌を取り出した。二〇分も勉強したのであれば、莉菜としては集中力が続いたほうだ。
 私も真希も特に咎めることなく、莉菜が取り出した雑誌に目をやった。バレーボールの専門雑誌だ。
「これこれ」
 莉菜が表紙の右下を指さした。新たなスター誕生の予感という文字と一緒に真顔の真希が写っている。
「うげ」
 真希が露骨に嫌そうな表情をし、それを見て莉菜が笑う。
「そんな顔するなよ。実際あの大会で一番だっただろ、真希が」
 莉菜が雑誌をぱらぱらとめくり、あるページを広げて机の上に置いた。そこには試合中の真希の写真が二ページに渡って多数掲載されていた。さらに試合の流れが事細かに書かれている。
「こんなに載るんだ」
 事前に真希に掲載の許可は取っていたのであろうが、こんなに載るとは思っていなかったのか、真希が顔をしかめている。
「次のページなんか、一ページ丸々使って試合後のインタビューが載ってるぞ」
 莉菜の言葉通り、試合後に撮影された真希の写真が一枚と文字がぎっしり詰まっていた。写真の中の真希は少し機嫌が悪そうだ。
「まだ中学一年生、将来が楽しみだ。ゆくゆくは日本バレー界を牽引する選手になるだろう、だって」
 莉菜が我がことのように嬉しそうに内容を読み上げている。そんなに言われると、なんだか私まで嬉しくなってきてしまう。
「大げさすぎ。ただの中学生だよ」
 真希がもうやめてくれと言わんばかりの口調でそっぽを向いてしまった。
「大げさじゃないよ。私も莉菜もそう思ってる。なんならこの記者以上にね」
「もしかして、負けたことまだ気に病んでんのか?」
「……悪い?」
 真希が少し顔を赤らめた。

「勉強なんて必要か?」
 勉強再開後、ものの五分もしないうちに莉菜の手が止まり喋り始めた。集中力は完全に切れているようだ。
「できたほうがいいでしょ」
 私の言葉に真希が頷いた。
「中学は義務教育なんだから、勉強できなくても問題ないよな?」
「高校いくのに必要でしょ」
「バレー強い学校なら推薦でいけるんだろ、よく知らないけど」
「そうかもしれないけど……」
「高校でもテストはあるんだろうし、今の段階でつまずいていたら高校で留年するでしょ」
 それまで黙って勉強していた真希が口を挟んだ。
「それに将来働くときに簡単な英語とか計算ができないと困るんじゃない、働いたことないからよく分からないけど」
 莉菜が目をぱちくりさせた。
「私はプロを目指してるから勉強とかいいよ。真希は目指してないのか」
 プロ。莉菜はどこまで本気なんだろうか。純粋な子供の夢、大人はそう思うだろうが、莉菜は真剣そのものだ。ただ……。
「なれたらいいなと思ってるよ。プロじゃなくて実業団だけど」
 日本にプロ制度はない。働きながらバレーを続けていくことになるだろう。
「バレーだけで食べていくことができない以上、勉強くらいしておかないとなんにもできなくなっちゃう。怪我で現役引退とかもありえるし」
「いろいろ考えてるんだなあ」
 莉菜があまり考えていないだけだと思う。かくいう私もぼんやりと医者になれたらなあとしか考えていない。最近の真希には感心させられてばかりだ。
「英語は勉強しておいたほうがいいよ」
 真希の突然のアドバイスに私と莉菜は顔を見合わせた。
「将来海外に渡るとき、役に立つ」
 莉菜がなるほど、と言って勢いよくシャーペンを握り教科書と向かい合った。
 それを見て私と真希は小さく笑った。
 その後のテストで莉菜は英語だけ平均点を取った。

 今度の大会のスタメンが決まった。二年生からは部長と副部長。一年生からは真希と莉菜と私。もう一人、セッターとして犬飼さん。たしか下の名前は良子。犬飼さんとは中学生になってから知り合った人で、まだあまり話したことがない。
 一年生から四人も選ばれたことで、二年生から冷ややかな目で見られることが多くなった気もするが、そんなことはどうでもよかった。ようやく、真希と莉菜と試合に出られる。真希のあの試合を見た日からずっと願っていたことだ。真希と莉菜とで勝って勝って、勝ち続ける。そして夏には全国を制する。その第一歩だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

処理中です...