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2章 イノセント・ノイズ
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「診断書? はて? 僕は医者ではないので、そのようなものは――」
「何言ってんだ、そんな格好して! どう見てもてめえは医者じゃねえか!」
「ああ、この白衣はただのファッションですよ。僕はただの、しがないカウンセラーです。誰かのお悩みを聞いて、その負担をちょっと軽くするだけのお仕事――」
「どうでもいい! それより俺を早く診断しろ! PTAとかいうのにな!」
老人はかなりせっかちな性格のようだった。さっきから、ウロマの話を最後まで聞くことなく、それをさえぎるように怒鳴っている。そんなにも急ぐ理由は一体なんだろう。いや、というか……。
「PTAって?」
と、絶賛スルーされ中の灯美は思わず口に出してしまった。
「はは、灯美さん、それはもちろん、Parent Teacher Associationの略称でしょう。小学校とかの保護者の集まりのことですよね?」
「ああ、つまり、このおじいさんも、そういう人達の仲間になりたくて、そこでここに――」
「んなわけあるかあっ!」
と、そこにちゃぶ台があったら勢いよくひっくり返してしまいそうな勢いで、老人はツッコミを入れた。そのこめかみには青筋が浮いている。
「何が保護者だ! 俺がそんなガキどもの世話なんか、焼くわけねえだろ! 常識で考えろ! 俺はむしろ、ガキどもに苦しめられてる立場なんだからなっ!」
「苦しめられている? 子供たちに?」
「ああ、そうだ! あいつら、近所の迷惑なんか考えず、年がら年中、ギャーギャー騒ぎまくってやがる! うるさいったらねえよ!」
「近所の迷惑? うるさい? つまり、子供の声の騒音ってことですか?」
「当たり前だろう。最近、俺んちの隣にできた、幼稚園の騒音のことだよ!」
「ああ、なるほど」
ようやく少し話が見えてきた。ウロマと灯美は異口同音に言った。
「つまり、おじいさんは自宅のすぐ近くからの幼稚園からの騒音がうるさくて、いらいらしっぱなしの毎日で、それで冷静な判断もできない状態になって、こんな胡散臭い、あやしい先生のところにうっかり迷い込んできたわけなんですね」
うんうん。灯美はうなずいた。ウロマは「胡散くさいとかあやしいって何ですか?」と、そんな灯美をじろりとにらんだ。
だが、
「バカいうな。俺は別におかしくなってねーよ。ガキ達にいらいらさせられているのは事実だがな。ここに来たのは、俺の感じてるそのストレスの度合いを鑑定してもらいたかったんだよ。ちゃんとした書類をつけてな」
「ははあ、なるほど。つまり、その幼稚園からの騒音により、PTSDの患者になったと主張なさっているわけですね。PTAじゃなくて」
「そ、そうだ、それだ! ピーテーエスデーだ!」
と、ウロマの言葉に、老人ははっとしたように叫んだ。だが、灯美は「PTSD?」と、聞きなれない言葉に首を傾げるだけだった。確か……麻薬か何かの名前だっただろうか?
「PTSDとは、心的外傷後ストレス障害の略称ですよ、灯美さん。ざっくり言うと、なんらかの強い精神的ストレス体験により心身に失調をきたすことです」
「へえ、ストレスによる心身の失調ですか」
その患者だというわりには、目の前の老人は元気いっぱいに見えるのだが。
「でも、おじいさん、騒音がひどいなら、こんないかがわしいところに来る前に、まずその幼稚園に直接話をすればいいんじゃないですか?」
と、灯美がさも常識的なツッコミを入れると、
「ああ、したさ! 何度もな! けど、俺の話なんか、聞いちゃいねえ! 俺が文句を言った最初だけ、少しの間静かだったが、すぐにまたギャーギャー騒ぎ出しやがった! あいつら、毎日毎日、どんだけトトロ歌えば気が済むんだよ!」
「ま、まあ、子供たちには人気の歌ですし……」
老人の剣幕に思わずたじたじの灯美であった。
「なるほど。あなたは、家のすぐ近くの幼稚園からの騒音に頭を悩ませているのですか。それで、それによってストレス被害を受けているという証明が欲しいわけですね……さらなる抗議のために?」
「ああ、そうだよ、兄ちゃん! 話はわかっただろ! すぐに作ってくれ! ピーテーエスデーの診断書を!」
「はは、そうあせらないでください。そういう判断は、そうそうすぐに下せるものではないのです。まずは、もっと詳しくあなたのお話を伺いましょう。とりあえず、お名前と年齢、ご職業、家族構成などを――」
「俺の名前は石川鉄男、七十八歳、無職だ。今は嫁と二人暮らしだ」
と、老人、鉄男はウロマの言葉が終わるのを待たず、ペラペラと自己紹介し始めた。その口ぶりはしっかりしていて、認知症などではなさそうだったが、せっかちな性格だということはいやというほどよくわかった。
「そうですか。石川さんは、奥さんと二人暮らしですか。では、奥さんも、その幼稚園からの騒音に悩まされておいでで?」
「え? あいつは別に……い、いや、確か、そういうようなことを前に、言っていたような!」
と、ウロマの質問に鉄男はあわてたように言葉を取り繕った。そうか、奥さんは別になんとも思ってないんだ……。灯美はすぐに鉄男の嘘を察した。
「わかりました。では、とりあえず、その騒音を撒き散らしているという幼稚園の名前を教えていただきましょう」
「ああ、星夢さくら幼稚園って言うんだ。ここからそう遠くない場所だ」
「ほしゆめさくら、ようちえん、と……」
と、ウロマはなにやらノートパソコンのキーボードをタイプしたようだった。横から首を伸ばしてみると、オンライン地図サービスで、その幼稚園の周辺の地図を表示したところのようだった。
「何言ってんだ、そんな格好して! どう見てもてめえは医者じゃねえか!」
「ああ、この白衣はただのファッションですよ。僕はただの、しがないカウンセラーです。誰かのお悩みを聞いて、その負担をちょっと軽くするだけのお仕事――」
「どうでもいい! それより俺を早く診断しろ! PTAとかいうのにな!」
老人はかなりせっかちな性格のようだった。さっきから、ウロマの話を最後まで聞くことなく、それをさえぎるように怒鳴っている。そんなにも急ぐ理由は一体なんだろう。いや、というか……。
「PTAって?」
と、絶賛スルーされ中の灯美は思わず口に出してしまった。
「はは、灯美さん、それはもちろん、Parent Teacher Associationの略称でしょう。小学校とかの保護者の集まりのことですよね?」
「ああ、つまり、このおじいさんも、そういう人達の仲間になりたくて、そこでここに――」
「んなわけあるかあっ!」
と、そこにちゃぶ台があったら勢いよくひっくり返してしまいそうな勢いで、老人はツッコミを入れた。そのこめかみには青筋が浮いている。
「何が保護者だ! 俺がそんなガキどもの世話なんか、焼くわけねえだろ! 常識で考えろ! 俺はむしろ、ガキどもに苦しめられてる立場なんだからなっ!」
「苦しめられている? 子供たちに?」
「ああ、そうだ! あいつら、近所の迷惑なんか考えず、年がら年中、ギャーギャー騒ぎまくってやがる! うるさいったらねえよ!」
「近所の迷惑? うるさい? つまり、子供の声の騒音ってことですか?」
「当たり前だろう。最近、俺んちの隣にできた、幼稚園の騒音のことだよ!」
「ああ、なるほど」
ようやく少し話が見えてきた。ウロマと灯美は異口同音に言った。
「つまり、おじいさんは自宅のすぐ近くからの幼稚園からの騒音がうるさくて、いらいらしっぱなしの毎日で、それで冷静な判断もできない状態になって、こんな胡散臭い、あやしい先生のところにうっかり迷い込んできたわけなんですね」
うんうん。灯美はうなずいた。ウロマは「胡散くさいとかあやしいって何ですか?」と、そんな灯美をじろりとにらんだ。
だが、
「バカいうな。俺は別におかしくなってねーよ。ガキ達にいらいらさせられているのは事実だがな。ここに来たのは、俺の感じてるそのストレスの度合いを鑑定してもらいたかったんだよ。ちゃんとした書類をつけてな」
「ははあ、なるほど。つまり、その幼稚園からの騒音により、PTSDの患者になったと主張なさっているわけですね。PTAじゃなくて」
「そ、そうだ、それだ! ピーテーエスデーだ!」
と、ウロマの言葉に、老人ははっとしたように叫んだ。だが、灯美は「PTSD?」と、聞きなれない言葉に首を傾げるだけだった。確か……麻薬か何かの名前だっただろうか?
「PTSDとは、心的外傷後ストレス障害の略称ですよ、灯美さん。ざっくり言うと、なんらかの強い精神的ストレス体験により心身に失調をきたすことです」
「へえ、ストレスによる心身の失調ですか」
その患者だというわりには、目の前の老人は元気いっぱいに見えるのだが。
「でも、おじいさん、騒音がひどいなら、こんないかがわしいところに来る前に、まずその幼稚園に直接話をすればいいんじゃないですか?」
と、灯美がさも常識的なツッコミを入れると、
「ああ、したさ! 何度もな! けど、俺の話なんか、聞いちゃいねえ! 俺が文句を言った最初だけ、少しの間静かだったが、すぐにまたギャーギャー騒ぎ出しやがった! あいつら、毎日毎日、どんだけトトロ歌えば気が済むんだよ!」
「ま、まあ、子供たちには人気の歌ですし……」
老人の剣幕に思わずたじたじの灯美であった。
「なるほど。あなたは、家のすぐ近くの幼稚園からの騒音に頭を悩ませているのですか。それで、それによってストレス被害を受けているという証明が欲しいわけですね……さらなる抗議のために?」
「ああ、そうだよ、兄ちゃん! 話はわかっただろ! すぐに作ってくれ! ピーテーエスデーの診断書を!」
「はは、そうあせらないでください。そういう判断は、そうそうすぐに下せるものではないのです。まずは、もっと詳しくあなたのお話を伺いましょう。とりあえず、お名前と年齢、ご職業、家族構成などを――」
「俺の名前は石川鉄男、七十八歳、無職だ。今は嫁と二人暮らしだ」
と、老人、鉄男はウロマの言葉が終わるのを待たず、ペラペラと自己紹介し始めた。その口ぶりはしっかりしていて、認知症などではなさそうだったが、せっかちな性格だということはいやというほどよくわかった。
「そうですか。石川さんは、奥さんと二人暮らしですか。では、奥さんも、その幼稚園からの騒音に悩まされておいでで?」
「え? あいつは別に……い、いや、確か、そういうようなことを前に、言っていたような!」
と、ウロマの質問に鉄男はあわてたように言葉を取り繕った。そうか、奥さんは別になんとも思ってないんだ……。灯美はすぐに鉄男の嘘を察した。
「わかりました。では、とりあえず、その騒音を撒き散らしているという幼稚園の名前を教えていただきましょう」
「ああ、星夢さくら幼稚園って言うんだ。ここからそう遠くない場所だ」
「ほしゆめさくら、ようちえん、と……」
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