嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

文字の大きさ
35 / 68
4章 アフターケア

4 - 4

しおりを挟む
「……もういいです。先生にはどんな意見を言っても無駄だってよくわかりましたから」
「まさに釈迦に説法ですね?」
「それはないです」

 灯美はあきれて、はあと大きくため息をついた。

 と、そこで、カウンセリングルームに一人の女が入ってきた。相談者だろうか。今日は滝本に続いて二人目の訪問者である。珍しいこともあるものだ。

「あの、私、CMを見てここに来たんですけれど」

 女は、ウロマに軽くおじぎをしながら言った。二十代半ばくらいの、華奢で清楚な雰囲気の美女だった。つややかな黒く長い髪をしていて、紺色のスーツを着ている。仕事帰りのOLのようだった。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、そちらにおかけ下さい」

 ウロマはいつものように、部屋の真ん中にいつのまにやら湧いて現れたパイプ椅子を彼女に勧めた。彼女はすぐにそこに腰掛けた。その立ち居振る舞いも大人びていて、上品だった。

「今日はどういったご相談を?」
「はい、実は私、先月、婚約者を亡くしまして……」
「まあ、なんとお気の毒なことでしょう」

 ウロマはいかにも同情しているように言うが、普段の彼を知っている灯美には、とても白々しく見えた。

「では、その悲しみに耐えかねて、こちらへいらしたというわけなのですね。わかります。最近、そういう方は多いのですよ。僕としても、実に心苦しい限りですが、少しでもそんな方たちの心の傷を癒す手助けができればと考えてるわけなのです。たとえばそう、昔、インドにキサーゴータミーという女性が――」
「いえ、彼が亡くなったことに耐えられなくてここに来たわけではないのです」
「おやおや」

 シャクソンスタイル療法とやらの出鼻をくじかれて、さすがにちょっとひるんだようなウロマだった。というか、傷心の相手に、いきなりグチャグチャしゃべりすぎである。どんだけ話したがりなんだろう、この男は。

「もちろん、彼が死んでしまったことが悲しくないわけではありません。やっぱりすごく、つらいです。でも、悩んでいるのはそこじゃないんです。彼が死んでしまった原因なんです」
「はあ、死因ですか。それが何か引っかかる、と?」
「はい。彼は先月、マンションの三階のベランダから下に落ちて亡くなりました。はじめは何かの事故ではないかと警察の方に言われたのですが、その当日の朝、私たちが口論していたのを話すと、それなら自殺に違いないと言われました。そして、そのまま、自殺として処理されてしまって、あまり詳しく調べてもらえなかったのです。でも、私はどうしても、彼が自殺したとは思えなくて……」
「なるほど。婚約者さん亡くなったのが本当に自殺だったのか、あるいは他に何か原因があったのか、気になっておいでなのですね」
「はい! 私、彼の死の真相を知りたいんです!」

 女の目つきは真剣そのものだった。

 それから、女は思い出したように懐から名刺を取り出して、ウロマに手渡し、自己紹介した。なんでも、名前は清川小百合《きよかわ・さゆり》、年齢は二十七歳で、とある会社の広報室で働いているそうだ。

「では、清川さん。亡くなった婚約者さんというのは、どのような方で?」
「彼は私の二歳年下で、私とは違う会社に勤めていました。名前はジェームズ・ヒロセ。アメリカ生まれで、私とは二年前から一緒に暮らしていました。私は彼のことをジミーと呼んでいました」
「ジェームズ・ヒロセ? 日系人の方ですか?」
「いえ、彼自身にはアジア系の血は入っていません。ただ、ジミーは二歳のころ実の両親を亡くしていて、その後、在米日本人の家に引き取られたそうなんです」
「なるほど、では、日本語も堪能で?」
「はい。育った家ではいつも日本語を話していたそうで、話すぶんには普通の日本人と変わらないくらいでした。さすがに漢字の読み書きはちょっと苦手でしたけれど……」

 話しているうちに、小百合の顔が曇り始めた。ジェームズのことを思い出し、悲しい気持ちがこみあげてきているようだった。

「清川さん、大丈夫ですか? 少し別の話でもして、休憩しましょうか」
「いえ、問題ありません。さすがにあれからもう一ヶ月ですから」

 小百合は気丈だった。

「ジミーはアメリカの高校を卒業した後、日本の大学に進学しました。それで、大学卒業後はそのまま日本の会社に就職して、仕事の関係で、私と出会ったんです」
「なるほど、それで交際を」

 ウロマはふむふむといった感じでうなずく。

「その生い立ちと経歴だと、彼が日本の文化になじめずに精神的に不安定になっていたということはなさそうですね」
「はい。ジミーは日本でも特に不自由なく生活できていました。読めない漢字やわからないことは私が教えてあげられましたし……。だから、私、どうしても彼が自殺したなんて思えなくて」

 小百合は心底悲しそうに柳眉を寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...