嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

文字の大きさ
39 / 68
4章 アフターケア

4 - 8

しおりを挟む
 それから三人はさらにジェームズの部屋をあさってみたが、パスワードの手がかりになるようなものは、やはり見つからなかった。

「……では、こうしましょう、清川さん。このパソコンを一晩、僕に預けてもらえませんか。専用のソフトでパスワードを解析してみます」
「そんなことができるんですか。ぜひお願いします」

 小百合の返事は早かった。うさんくさい男のうさんくさいお仕事内容に疑問を感じないのだろうか。

 その後、ウロマはふらりとキッチンのほうに行った。灯美もあわてて後を追ったが、特に変わったところはなさそうだった。よく掃除が行き届いたきれいな台所で、調味料の棚にはハーブやスパイスなどがたくさん並んでいた。また、流しの下にはツナやチキンスープの缶詰が置いてあり、冷蔵庫の隣には、マカダミアナッツの空き缶が山積みになっていた。

「ジミーの主食だったんです、これ」
「マカダミアナッツが?」
「ええ。ジミーは糖質制限をしていたんです。だから、ご飯やパンの代わりにこれを食べていたんです」
「あ、それ知ってます、私! 糖質制限ってダイエットにいいんですよね?」

 自分に興味のある話題になったので、すかさず口をはさむ灯美だった。

「つまり、ヒロセさんはダイエットをしていたってことですよね? あ、もしかして、それがうまくいかなくて、悩んでいたのかも――」
「いえ、別に彼は減量をしていたわけではないんです」

 と、またしても小百合は名探偵灯美の推理を否定した。即座に。

「ジミーの糖質制限は、あくまで健康のためだって言っていました」
「そもそも太ってないですよねえ、ヒロセさんは。灯美さんも、彼の写真は見たでしょう? ダイエットが必要な体型に見えましたか、彼が?」
「い、いえ、そんなふうには……」

 またしても歯軋りする灯美であった。なぜこの男は人の推理が空振りに終わったところですかさず追い討ちしてくるのか。

「でも先生、健康のためにご飯やパンを食べないってあるんですか?」
「ありますよ。欧米では比較的よく知られた健康法です。ケトジェニックといってね。まあ、それが本当に健康によいのかは、学者の間でも意見が分かれるところですけどね」
「ふうん? 海外ではそうなんですね……」

 世界の広さをちょっと実感した灯美であった。

 その後、三人はキッチンを出てリビングを見て回った。そこも、変わったところは特にないようだった。リビングの中央の壁際に薄型の大きなテレビが置かれていて、その前にローテーブルとソファのセット、横にはビデオテープやDVDなどを収納した棚があった。

「これはヒロセさんのコレクションですか?」
「ええ。元はジミーのおじいさんのものだったらしいんです。彼が大学に入学してすぐにおじいさんが亡くなったので、形見分けで譲り受けたそうなんです」
「アメリカからわざわざ送ってもらったんですか?」
「はい。ジミーも子供のころ、この作品をよく見ていて好きだったそうなので。お葬式の日に、彼の大学時代の友達だったという人と話をしましたが、学生時代にも、よくこれを日本の友達と見ていたそうです」
「ほほう。なかなか目利きの方たちですね。古い作品だというのに」

 ウロマはふと、収納棚のガラス戸を開け、中からビデオテープをひとつ取り出した。日本の古いアニメ作品のようだった。制作されたのは平成初期だ。パッケージにはメインキャラクターと思しき三人の人物のイラストと、ロボットが描かれている。

「先生、それって、ロボットアニメですか?」
「厳密には違いますね。この作品のロボットは、あくまで主人公の変身装置と乗り物に過ぎません。これはヒーローに変身した主人公が、ロボットの背中の上に乗って、ランスを振り回して戦う作品なのです。つまり、ジャンルとしてはヒーローモノになります」
「く、詳しいんですね……」
「まあ、有名な作品ですからね。一般常識のようなものです。それに、僕としてはこれよりも、初代のシリーズのほうが好きですね。アフロ頭の宇宙人の同僚キャラが実にいい味を出していました。人気がなかったのか、半年で打ち切りエンドだったのが本当に残念です。テコ入れのように途中から登場したマスコットキャラが全然かわいくなかったのが、敗因だったんでしょうかねえ」
「いや、そこまで説明しなくていいです」

 なにこの人、急に古いアニメのことペラペラ話しはじめちゃって。きもい。

「ジミーが亡くなった日の朝、口論のきっかけになったのはそのビデオテープの一つなんです。私には価値がよくわからないんですけど、やっぱりすごく貴重なものなんでしょうか?」
「いえ、そこまでは。ここにあるのはレンタル落ちのVHSだと思われますが、ヒット作品なので、市場に出回っている数も多いですし、後になってDVDやブルーレイのセットも発売されましたからね。一つ踏んづけてダメにしたところで、それが自殺の動機にはならないと思いますよ。どんなマニアでもね」
「そ、そうですか……」

 小百合も若干、ウロマの謎の知識に引き気味のようだ。

「ところで、清川さんは、ヒロセさんと一緒にこれを鑑賞されたことはないのですか? ここにはVHSだけではなく、DVD版もブルーレイ版もそろっているようですが」
「実は、ジミーがここでくつろいでいるときに、私のほうから一緒に見ようと言った事があったのです。ずっと飾ってあるものなので、どういう内容なのか気になって。でも、そのときはダメだって断られてしまいました。絵が今のアニメと違って雑だから見れたものじゃないって言われて」
「まあ、確かに、作画は非常に不安定な作品でしたね。毎回、キャラクターの顔が違うと言われたほどです。総集編もしょっちゅうでした」

 と、軽く笑いながらウロマは説明した。

 その後、三人は小百合の部屋や洗面所など、さらに家中を見て回ったが、ジェームズの死因の手がかりになるようなものは何も見つけられなかった。

「清川さん、もう一度確認しておきたいのですが、ヒロセさんは亡くなった日の前日は、お仕事で家にいなかったのですね?」
「はい。ジミーが帰ってきたのは明け方でした」

 家の中をうろうろしながら、小百合はウロマに答えた。

「明け方? 確かその日は日曜日だったと聞きましたが、そんな日に明け方までお仕事されていたのですか?」
「そのころは、ジミーの仕事はすごく忙しかったらしいのです。だから、休日出勤はザラで、仕事から帰ってくる時間もまちまちでした。もちろん、休日出勤のあとは、しっかり代休をもらっていましたし、亡くなった日も、休みだったはずなのですが……」
「なるほど。それは大変な生活ですね」

 やがて、ウロマは灯美とともに小百合の家を出た。ジェームズのノートパソコンを調べて、また明日来る、と小百合に伝えて。

「先生、もう手がかりはそれしかなさそうですけど、本当に一晩でパスワードを割り出せるんですか?」

 帰り道、灯美はウロマにたずねた。彼はノートパソコンが入ったナイロン製のかばんを持っている。

「手がかりがこれしかなさそう? いったい何を言ってるんですか、灯美さん?」

 ウロマは灯美ににやりと笑って答えた。

「二人の家を調べて、僕にはもうほとんど原因がわかったようなものに思えましたけどね」
「え、どこが?」
「あれとかこれとかそれとか」
「わかんないですよ、そんな言い方!」

 そもそも、人の部屋からお菓子をパクって、アニメの無駄知識披露していただけだろう、この男は。

「だいたい、もう原因がわかってるなら、なんでわざわざヒロセさんのノートパソコンを持ち帰って調べるんですか? 今すぐ清川さんに話してあげればいいじゃないですか」
「それはできない話なんですよねえ、これが」
「だから、どういう意味なんですか?」
「まあ、詳しくは明日お話しますよ」

 結局、その日はそれ以上のことは何も教えてもらえなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...