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4章 アフターケア
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「そういうことがあったので、今の映像作品は、どれも光過敏性発作を誘発しないよう、映像表現ガイドラインを遵守して制作されています。たとえば、アニメーションだと、戦闘シーンなどの動きの激しいシーンで急に画面が暗くなることがありますが、これもガイドラインを意識したものです」
「なるほど、今のアニメは大丈夫なんですね」
「そうですね。そして、この作品は、そのガイドラインが制定される以前のものなので、てんかんを持つ人にはおすすめできないというわけなのですよ」
「だからヒロセさんは、清川さんと一緒に見るのを断って――って、あれ?」
灯美はそこではっと気づいた。おかしなことに。
「でも、昨日の話だと、ヒロセさんは子供のころはこれを見ていたんでしょう? おじいさんと一緒に?」
「きっと、そのころは彼はまだてんかんを発症していなかったのでしょう。だから、普通に楽しめたのではないでしょうか」
「あ、でも、ジミーはこれを大学時代にも見ています。日本人の友達と一緒に」
今度は小百合が口を開いた。
「やっぱり、そのときのジミーはまだてんかんになっていなかったってことでしょうか?」
「そうでしょうね。てんかんの人でも、画面をかなり暗くするなど工夫すれば、安全に視聴できるとは思いますが、お友達と一緒にそういうふうに視聴したとは考えにくい話です。彼がてんかんを発症したのは、それ以降のことでしょう。そして、このことから、彼のてんかんのタイプが予想できます」
「タイプ?」
「ええ、てんかんと一口に言っても、発症しやすい年齢や、症状、薬の効きやすさなどの違いから、色々種類があるのです。彼の場合は、おそらくは若年性ミオクロニーてんかんだったと思われます。その理由の一つは、発症年齢の高さ。そして、もう一つは、一緒に暮らしていた清川さんに病気のことを気づかれずに過ごせていたということ。それはつまり、薬で完全に症状をおさえられるタイプのてんかん、つまり若年性ミオクロニーてんかんだったということではないでしょうか」
と、ウロマはそこで白衣のポケットの中から何か小さなものを取り出し、ローテーブルの上に置いた。見るとそれは、昨日ジェームズの机の中から発見した錠菓のケースだった。
「これの中身は僕の好物ではありませんでした。実に残念なことに」
ウロマはその中身を一粒取り出し、ローテーブルの上に転がした。見た目は白い、丸い粒だ。錠菓にも見えるが、その表面には小さく「VPA200」と書かれている。
「これはお菓子ではなく、バルプロ酸という、抗てんかん薬の一種です」
「では、ジミーはこれを飲んで?」
「ええ。おそらく彼はこの薬でてんかんの症状をおさえていたのでしょう。どこかの病院に通って」
ウロマの口調はきっぱりとしたものだった。もはやジェームズがてんかんであったことは疑いようにない事実だったと言わんばかりに。
だが、当然、灯美はこう思うのだった。
「先生、そんな決定的な証拠があるんなら、どうして最初から出さないんですか?」
そうそう。いちいちアニメの話とかする必要なかったのに。
「まあ確かに、決定的な証拠には違いないですが、この薬は片頭痛や双極性障害にも処方されるものなので、これだけで彼がてんかんだったと決め付けることはできないんですよ」
「でも、ヒロセさんが何かの病気だったってことはわかるじゃないですか。だったら、それで説明を簡潔に――」
「簡潔に? バカを言っちゃあいけません、灯美さん。この僕に、話を簡潔にまとめろと言うのは、マグロに泳ぐなと命令するのと同じことです。つまり、あなたは今、僕に窒息して死ねと言ったのですよ?」
「な、なにそれ?」
「そもそも、こういうことは、一から十まで、詳細を明らかにしていくことにこそ意味があるのです。どんな小さな発見からも、重要な解決の糸口が見えてくることだってあるでしょう。ねえ、そうですよね、清川さん?」
「え?」
と、突然、話をふられた小百合は当然、ぎょっとしたようだったが、
「ま、まあ、そうですね……」
適当に、無難に答えてやり過ごした。
「聞きましたか、灯美さん。相談者の清川さんが僕のやり方でいいとおっしゃったのです。僕は今、思う存分しゃべり倒していいという許しを得たのです。ただの雑用係に過ぎないあなたが、これ以上どうケチをつけるおつもりですか?」
「はいはい。いいですよ、それで」
なんか意味不明に勝ち誇っちゃって、うざい。灯美も適当に答えた。
「……ふふ、いいでしょう。余計な茶々が入りましたが、ヒロセさんの話に戻りましょう」
「これ以上何かしゃべることあるんですか?」
「ありますよ。とても大事なことです。このような薬を飲んでいたはずなのに、なぜヒロセさんは当日、ミオクロニー発作を起こしてしまったかということです」
「ああ、確かに」
ずっと小百合に病気のことを隠し通してきたわけだし、それまでは一度も発作を起こすことがなかったはずだしなあ。
「なるほど、今のアニメは大丈夫なんですね」
「そうですね。そして、この作品は、そのガイドラインが制定される以前のものなので、てんかんを持つ人にはおすすめできないというわけなのですよ」
「だからヒロセさんは、清川さんと一緒に見るのを断って――って、あれ?」
灯美はそこではっと気づいた。おかしなことに。
「でも、昨日の話だと、ヒロセさんは子供のころはこれを見ていたんでしょう? おじいさんと一緒に?」
「きっと、そのころは彼はまだてんかんを発症していなかったのでしょう。だから、普通に楽しめたのではないでしょうか」
「あ、でも、ジミーはこれを大学時代にも見ています。日本人の友達と一緒に」
今度は小百合が口を開いた。
「やっぱり、そのときのジミーはまだてんかんになっていなかったってことでしょうか?」
「そうでしょうね。てんかんの人でも、画面をかなり暗くするなど工夫すれば、安全に視聴できるとは思いますが、お友達と一緒にそういうふうに視聴したとは考えにくい話です。彼がてんかんを発症したのは、それ以降のことでしょう。そして、このことから、彼のてんかんのタイプが予想できます」
「タイプ?」
「ええ、てんかんと一口に言っても、発症しやすい年齢や、症状、薬の効きやすさなどの違いから、色々種類があるのです。彼の場合は、おそらくは若年性ミオクロニーてんかんだったと思われます。その理由の一つは、発症年齢の高さ。そして、もう一つは、一緒に暮らしていた清川さんに病気のことを気づかれずに過ごせていたということ。それはつまり、薬で完全に症状をおさえられるタイプのてんかん、つまり若年性ミオクロニーてんかんだったということではないでしょうか」
と、ウロマはそこで白衣のポケットの中から何か小さなものを取り出し、ローテーブルの上に置いた。見るとそれは、昨日ジェームズの机の中から発見した錠菓のケースだった。
「これの中身は僕の好物ではありませんでした。実に残念なことに」
ウロマはその中身を一粒取り出し、ローテーブルの上に転がした。見た目は白い、丸い粒だ。錠菓にも見えるが、その表面には小さく「VPA200」と書かれている。
「これはお菓子ではなく、バルプロ酸という、抗てんかん薬の一種です」
「では、ジミーはこれを飲んで?」
「ええ。おそらく彼はこの薬でてんかんの症状をおさえていたのでしょう。どこかの病院に通って」
ウロマの口調はきっぱりとしたものだった。もはやジェームズがてんかんであったことは疑いようにない事実だったと言わんばかりに。
だが、当然、灯美はこう思うのだった。
「先生、そんな決定的な証拠があるんなら、どうして最初から出さないんですか?」
そうそう。いちいちアニメの話とかする必要なかったのに。
「まあ確かに、決定的な証拠には違いないですが、この薬は片頭痛や双極性障害にも処方されるものなので、これだけで彼がてんかんだったと決め付けることはできないんですよ」
「でも、ヒロセさんが何かの病気だったってことはわかるじゃないですか。だったら、それで説明を簡潔に――」
「簡潔に? バカを言っちゃあいけません、灯美さん。この僕に、話を簡潔にまとめろと言うのは、マグロに泳ぐなと命令するのと同じことです。つまり、あなたは今、僕に窒息して死ねと言ったのですよ?」
「な、なにそれ?」
「そもそも、こういうことは、一から十まで、詳細を明らかにしていくことにこそ意味があるのです。どんな小さな発見からも、重要な解決の糸口が見えてくることだってあるでしょう。ねえ、そうですよね、清川さん?」
「え?」
と、突然、話をふられた小百合は当然、ぎょっとしたようだったが、
「ま、まあ、そうですね……」
適当に、無難に答えてやり過ごした。
「聞きましたか、灯美さん。相談者の清川さんが僕のやり方でいいとおっしゃったのです。僕は今、思う存分しゃべり倒していいという許しを得たのです。ただの雑用係に過ぎないあなたが、これ以上どうケチをつけるおつもりですか?」
「はいはい。いいですよ、それで」
なんか意味不明に勝ち誇っちゃって、うざい。灯美も適当に答えた。
「……ふふ、いいでしょう。余計な茶々が入りましたが、ヒロセさんの話に戻りましょう」
「これ以上何かしゃべることあるんですか?」
「ありますよ。とても大事なことです。このような薬を飲んでいたはずなのに、なぜヒロセさんは当日、ミオクロニー発作を起こしてしまったかということです」
「ああ、確かに」
ずっと小百合に病気のことを隠し通してきたわけだし、それまでは一度も発作を起こすことがなかったはずだしなあ。
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