嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

文字の大きさ
66 / 68
エピローグ

EP - 1

しおりを挟む
 翌日から、灯美は宣言どおり、ウロマのもとに通うのをやめた。だが、内心は後悔と罪悪感でいっぱいだった。やめるにしても、いくらなんでも一方的過ぎたし、一時の感情に任せすぎた。確かに、普段はひたすら暇で、時々ウザい男の話し相手をする以外あまりやることがない上に、たまに相談者が来たと思ったら時に罵倒され、時に首を絞められる仕事など、やめたほうがいいに決まっている。しかし、だからと言って、あんな形でやめるのはさすがにまずいのではないだろうか……。お子様メンタルな灯美にも一応、高校生らしい分別はあったのだった。

 そして、灯美の一番の親友、あかねは、すぐにそんな彼女の異変に気づいた。

「灯美、なんか最近落ち込んでない? 何かあったの?」
「実は……」

 灯美は正直に、バイト先から逃亡したことを話した。元々、ウロマのことは話していたはずだった。

 だが、

「え、灯美のバイト先ってそんなんだったっけ?」

 あかねはなぜか、ウロマのことは初めて聞くような反応だった。

「前にも話したでしょ。ウロマっていう、医者でもないのにいつも白衣を着てる変な人のこと」
「えー、さすがにそんな人のこと、一度聞いたら忘れないと思うんだけど」

 あかねは、やはり聞いてないという反応だった。変だ。どうしてウロマのことを忘れているんだろう? ちゃんと何度か話をしたはずなのに。

 灯美はなんだか嫌な胸騒ぎを感じ、その日、学校から家に戻るなり、母にウロマのことを尋ねてみた。あかねと同様に、彼のことは何度か話をしたはずだった。

 だが、やはり、

「あら? あなたってそんな人のところで働いていたの?」

 母もウロマのことは覚えていなかった。灯美は愕然とした。

「なんで忘れているのよ! 私の肌の色を治してくれた人でしょう!」
「そ、そうだったかしら?」

 母はひたすら困惑するだけだった。本当にウロマのことは記憶に残っていないようだった。

 もしかすると、今までカウンセリングを受けに来た人もみんな……? 灯美はますます胸騒ぎを感じ、翌日の放課後、星夢さくら幼稚園のすぐ近くにある家に行ってみた。そこに、石川鉄男という、ウロマに聴覚過敏だと言われた老人が住んでいるはずだった。

 灯美がそこに行ったとき、ちょうど鉄男が家の玄関から外に出てくるところだった。灯美はさっそく、彼に「こんにちは、石川さん」と、声をかけた――が、

「あ? 姉ちゃん、なんで俺のこと知っているんだよ?」

 なんと、灯美のことをすっかり忘れている様子だった。

「なんでって、私たち、ウロマ先生のカウンセリングルームで会ったでしょう?」
「カウンセリングルーム? なんだそりゃ? 俺はそんなところ、行ってねえぞ?」
「え――」

 まさかこの人もなのか。ウロマのところに来て、あれだけぎゃーぎゃー騒ぎ立てていたのに。灯美はやはり信じられない気持ちだった。

 と、そこで、彼らの前を下校途中らしい小学生の集団が通り過ぎて行った。低学年なのだろう、みな黄色い通学用の帽子を被っており、灯美たちを見ると「おねーちゃん、おじーちゃん、ばいばーい」とにこやかに手を振ってきた。

 そして、鉄男はそれに対し、

「おう、気ぃつけて帰れよ」

 と、笑顔で答えたではないか。灯美はびっくりした。

「おじいさん、子供嫌いじゃなかったんですか?」
「ああ、前はそうだったけど、今はそうでもないぜ」
「じゃあ、家のすぐ近くからの幼稚園からの騒音は気にならなくなったんですか?」
「まあ、さすがに慣れるってもんだろ。毎日毎日聞いてりゃあな」

 鉄男はさも当然のように言うと、改めて灯美に「で、あんたはなんで俺のこと知ってるんだよ?」と不思議そうに尋ねてきた。だが、灯美はそれになんと答えればいいかわからず、早足で彼の前から立ち去るしかできなかった。

 まさか相談者ですら、先生のことを忘れているなんて……。

 灯美はやはり信じられない気持ちだったが、やがて帰りの道すがら、今度は偶然にも菊池信子の姿を発見した。彼女は、道路ぞいの小さな書店の中にいて、何か本を漁っているようだった。灯美はすぐに店内に入り、彼女のほうに近づいた。すると、彼女が手にとっているのが親子依存症や毒親に関する本ばかりなのに気づいた。

「菊池さん、ウロマ先生に言われたこと、ちゃんと考えているんですね」

 と、灯美はそんな信子に声をかけたが、

「あなた誰? いきなり私に何を言ってるの?」

 信子は実に怪訝そうに灯美をにらむだけだった。灯美はやはり戸惑った。この人も、ウロマにカウンセリングを受けに来たことをまるで覚えていないようだ……。

 その後、灯美は清川小百合のところに行った。彼女はちょうどマンションの前にいた。目の前には引越しのトラックがあり、作業員と何か話をしている。ここの部屋を引き払うようだった。

「あの、清川さん、私のこと覚えていますか?」
「え……ごめんなさい、誰だったかしら?」

 小百合はまったく灯美の顔に覚えがなさそうだった。

「ほら、あのとき先生と一緒に解明したじゃないですか。ヒロセさんが、てんかんで亡くなったって」
「あのとき? 彼がてんかんの発作で亡くなったのは確かだけれど、どうしてあなたがそれを知っているの?」
「え……」

 もはや灯美は何も言い返せなかった。やはり彼女もウロマと自分のことだけを忘れている。そのまま、逃げるようにその場を離れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

不思議なショートストーリーたち

フジーニー
ミステリー
さくっと読める短編集 電車内の暇つぶしに、寝る前のお供に、毎日の楽しみに。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

処理中です...