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エピローグ
EP - 1
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翌日から、灯美は宣言どおり、ウロマのもとに通うのをやめた。だが、内心は後悔と罪悪感でいっぱいだった。やめるにしても、いくらなんでも一方的過ぎたし、一時の感情に任せすぎた。確かに、普段はひたすら暇で、時々ウザい男の話し相手をする以外あまりやることがない上に、たまに相談者が来たと思ったら時に罵倒され、時に首を絞められる仕事など、やめたほうがいいに決まっている。しかし、だからと言って、あんな形でやめるのはさすがにまずいのではないだろうか……。お子様メンタルな灯美にも一応、高校生らしい分別はあったのだった。
そして、灯美の一番の親友、あかねは、すぐにそんな彼女の異変に気づいた。
「灯美、なんか最近落ち込んでない? 何かあったの?」
「実は……」
灯美は正直に、バイト先から逃亡したことを話した。元々、ウロマのことは話していたはずだった。
だが、
「え、灯美のバイト先ってそんなんだったっけ?」
あかねはなぜか、ウロマのことは初めて聞くような反応だった。
「前にも話したでしょ。ウロマっていう、医者でもないのにいつも白衣を着てる変な人のこと」
「えー、さすがにそんな人のこと、一度聞いたら忘れないと思うんだけど」
あかねは、やはり聞いてないという反応だった。変だ。どうしてウロマのことを忘れているんだろう? ちゃんと何度か話をしたはずなのに。
灯美はなんだか嫌な胸騒ぎを感じ、その日、学校から家に戻るなり、母にウロマのことを尋ねてみた。あかねと同様に、彼のことは何度か話をしたはずだった。
だが、やはり、
「あら? あなたってそんな人のところで働いていたの?」
母もウロマのことは覚えていなかった。灯美は愕然とした。
「なんで忘れているのよ! 私の肌の色を治してくれた人でしょう!」
「そ、そうだったかしら?」
母はひたすら困惑するだけだった。本当にウロマのことは記憶に残っていないようだった。
もしかすると、今までカウンセリングを受けに来た人もみんな……? 灯美はますます胸騒ぎを感じ、翌日の放課後、星夢さくら幼稚園のすぐ近くにある家に行ってみた。そこに、石川鉄男という、ウロマに聴覚過敏だと言われた老人が住んでいるはずだった。
灯美がそこに行ったとき、ちょうど鉄男が家の玄関から外に出てくるところだった。灯美はさっそく、彼に「こんにちは、石川さん」と、声をかけた――が、
「あ? 姉ちゃん、なんで俺のこと知っているんだよ?」
なんと、灯美のことをすっかり忘れている様子だった。
「なんでって、私たち、ウロマ先生のカウンセリングルームで会ったでしょう?」
「カウンセリングルーム? なんだそりゃ? 俺はそんなところ、行ってねえぞ?」
「え――」
まさかこの人もなのか。ウロマのところに来て、あれだけぎゃーぎゃー騒ぎ立てていたのに。灯美はやはり信じられない気持ちだった。
と、そこで、彼らの前を下校途中らしい小学生の集団が通り過ぎて行った。低学年なのだろう、みな黄色い通学用の帽子を被っており、灯美たちを見ると「おねーちゃん、おじーちゃん、ばいばーい」とにこやかに手を振ってきた。
そして、鉄男はそれに対し、
「おう、気ぃつけて帰れよ」
と、笑顔で答えたではないか。灯美はびっくりした。
「おじいさん、子供嫌いじゃなかったんですか?」
「ああ、前はそうだったけど、今はそうでもないぜ」
「じゃあ、家のすぐ近くからの幼稚園からの騒音は気にならなくなったんですか?」
「まあ、さすがに慣れるってもんだろ。毎日毎日聞いてりゃあな」
鉄男はさも当然のように言うと、改めて灯美に「で、あんたはなんで俺のこと知ってるんだよ?」と不思議そうに尋ねてきた。だが、灯美はそれになんと答えればいいかわからず、早足で彼の前から立ち去るしかできなかった。
まさか相談者ですら、先生のことを忘れているなんて……。
灯美はやはり信じられない気持ちだったが、やがて帰りの道すがら、今度は偶然にも菊池信子の姿を発見した。彼女は、道路ぞいの小さな書店の中にいて、何か本を漁っているようだった。灯美はすぐに店内に入り、彼女のほうに近づいた。すると、彼女が手にとっているのが親子依存症や毒親に関する本ばかりなのに気づいた。
「菊池さん、ウロマ先生に言われたこと、ちゃんと考えているんですね」
と、灯美はそんな信子に声をかけたが、
「あなた誰? いきなり私に何を言ってるの?」
信子は実に怪訝そうに灯美をにらむだけだった。灯美はやはり戸惑った。この人も、ウロマにカウンセリングを受けに来たことをまるで覚えていないようだ……。
その後、灯美は清川小百合のところに行った。彼女はちょうどマンションの前にいた。目の前には引越しのトラックがあり、作業員と何か話をしている。ここの部屋を引き払うようだった。
「あの、清川さん、私のこと覚えていますか?」
「え……ごめんなさい、誰だったかしら?」
小百合はまったく灯美の顔に覚えがなさそうだった。
「ほら、あのとき先生と一緒に解明したじゃないですか。ヒロセさんが、てんかんで亡くなったって」
「あのとき? 彼がてんかんの発作で亡くなったのは確かだけれど、どうしてあなたがそれを知っているの?」
「え……」
もはや灯美は何も言い返せなかった。やはり彼女もウロマと自分のことだけを忘れている。そのまま、逃げるようにその場を離れた。
そして、灯美の一番の親友、あかねは、すぐにそんな彼女の異変に気づいた。
「灯美、なんか最近落ち込んでない? 何かあったの?」
「実は……」
灯美は正直に、バイト先から逃亡したことを話した。元々、ウロマのことは話していたはずだった。
だが、
「え、灯美のバイト先ってそんなんだったっけ?」
あかねはなぜか、ウロマのことは初めて聞くような反応だった。
「前にも話したでしょ。ウロマっていう、医者でもないのにいつも白衣を着てる変な人のこと」
「えー、さすがにそんな人のこと、一度聞いたら忘れないと思うんだけど」
あかねは、やはり聞いてないという反応だった。変だ。どうしてウロマのことを忘れているんだろう? ちゃんと何度か話をしたはずなのに。
灯美はなんだか嫌な胸騒ぎを感じ、その日、学校から家に戻るなり、母にウロマのことを尋ねてみた。あかねと同様に、彼のことは何度か話をしたはずだった。
だが、やはり、
「あら? あなたってそんな人のところで働いていたの?」
母もウロマのことは覚えていなかった。灯美は愕然とした。
「なんで忘れているのよ! 私の肌の色を治してくれた人でしょう!」
「そ、そうだったかしら?」
母はひたすら困惑するだけだった。本当にウロマのことは記憶に残っていないようだった。
もしかすると、今までカウンセリングを受けに来た人もみんな……? 灯美はますます胸騒ぎを感じ、翌日の放課後、星夢さくら幼稚園のすぐ近くにある家に行ってみた。そこに、石川鉄男という、ウロマに聴覚過敏だと言われた老人が住んでいるはずだった。
灯美がそこに行ったとき、ちょうど鉄男が家の玄関から外に出てくるところだった。灯美はさっそく、彼に「こんにちは、石川さん」と、声をかけた――が、
「あ? 姉ちゃん、なんで俺のこと知っているんだよ?」
なんと、灯美のことをすっかり忘れている様子だった。
「なんでって、私たち、ウロマ先生のカウンセリングルームで会ったでしょう?」
「カウンセリングルーム? なんだそりゃ? 俺はそんなところ、行ってねえぞ?」
「え――」
まさかこの人もなのか。ウロマのところに来て、あれだけぎゃーぎゃー騒ぎ立てていたのに。灯美はやはり信じられない気持ちだった。
と、そこで、彼らの前を下校途中らしい小学生の集団が通り過ぎて行った。低学年なのだろう、みな黄色い通学用の帽子を被っており、灯美たちを見ると「おねーちゃん、おじーちゃん、ばいばーい」とにこやかに手を振ってきた。
そして、鉄男はそれに対し、
「おう、気ぃつけて帰れよ」
と、笑顔で答えたではないか。灯美はびっくりした。
「おじいさん、子供嫌いじゃなかったんですか?」
「ああ、前はそうだったけど、今はそうでもないぜ」
「じゃあ、家のすぐ近くからの幼稚園からの騒音は気にならなくなったんですか?」
「まあ、さすがに慣れるってもんだろ。毎日毎日聞いてりゃあな」
鉄男はさも当然のように言うと、改めて灯美に「で、あんたはなんで俺のこと知ってるんだよ?」と不思議そうに尋ねてきた。だが、灯美はそれになんと答えればいいかわからず、早足で彼の前から立ち去るしかできなかった。
まさか相談者ですら、先生のことを忘れているなんて……。
灯美はやはり信じられない気持ちだったが、やがて帰りの道すがら、今度は偶然にも菊池信子の姿を発見した。彼女は、道路ぞいの小さな書店の中にいて、何か本を漁っているようだった。灯美はすぐに店内に入り、彼女のほうに近づいた。すると、彼女が手にとっているのが親子依存症や毒親に関する本ばかりなのに気づいた。
「菊池さん、ウロマ先生に言われたこと、ちゃんと考えているんですね」
と、灯美はそんな信子に声をかけたが、
「あなた誰? いきなり私に何を言ってるの?」
信子は実に怪訝そうに灯美をにらむだけだった。灯美はやはり戸惑った。この人も、ウロマにカウンセリングを受けに来たことをまるで覚えていないようだ……。
その後、灯美は清川小百合のところに行った。彼女はちょうどマンションの前にいた。目の前には引越しのトラックがあり、作業員と何か話をしている。ここの部屋を引き払うようだった。
「あの、清川さん、私のこと覚えていますか?」
「え……ごめんなさい、誰だったかしら?」
小百合はまったく灯美の顔に覚えがなさそうだった。
「ほら、あのとき先生と一緒に解明したじゃないですか。ヒロセさんが、てんかんで亡くなったって」
「あのとき? 彼がてんかんの発作で亡くなったのは確かだけれど、どうしてあなたがそれを知っているの?」
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もはや灯美は何も言い返せなかった。やはり彼女もウロマと自分のことだけを忘れている。そのまま、逃げるようにその場を離れた。
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