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貴重なものをみすみす渡すわけ、ありませんよ
リーゼロッテの決断 2
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「レティシア様」
執務室に入ったレティシアの後を追うように、リーゼロッテも庭から執務室へとその身を移した。
「あらぁ? レティシアって呼んでって、そう言ったわよ」
「す、すいません」
執務室に入るなり、思わず口から出てしまったこれまでと同じ呼び方に、遠慮なく文句をつけるのは、流石である。
「レティシア、呼び方など早々慣れるものでもあるまい」
咄嗟のこととはいえ、何度か練習を重ねたにもかかわらず対応しきれなかった自分が惨めで、顔色を悪くさせながら俯いたリーゼロッテを慰める様にベルンハルトが話に割って入った。
「そお? 私はもう慣れちゃったわよ」
「リーゼに呼び方を押し付けたのは其方であろう? 少しぐらい見逃してもいいものを」
「見逃せないわ。貴方のその呼び方だって誰のおかげだと思ってるのよ。ねぇ、リーゼ。レティシアって呼んで?」
ベルンハルトの言葉を聞き逃すこともなく、レティシアの口元には不敵な笑みが浮かぶ。
龍の体と同じ若草色の髪の間に見える胡桃色の瞳。妖艶さを引き立たせる真紅の唇が、リーゼロッテの視線をくぎ付けにした。
「レティシア」
まるで操られるように、リーゼロッテの唇がレティシアの名前を紡ぐ。
「ふふ。ありがとう」
レティシアの笑い声に、我に返ったリーゼロッテの顔が真っ赤に染まる。
「わ、わたくし、どうかしてしまったみたいです」
「そんなことないわ。それだけ私が魅力的ってことね」
「其方……」
レティシアとリーゼロッテの間に繰り広げられた一幕に、口を出すこともできなかったベルンハルトが、大きくため息をついた。
「さ、いつまでもこんなことやってる場合じゃないわ。話を始めましょ」
「誰のせいだと……」
「ベルンハルト、人払いをしてもらえるかしら? 私の話の後で、貴方達が誰に伝えるかは好きにすればいいわ」
レティシアの言葉で、ベルンハルトは部屋の隅に控えるアルベルトに体を向けた。
「アルベルト、すまない」
先程ヘルムート相手にリーゼロッテが感じたものと、同じ感情をベルンハルトも抱えていたのかもしれない。
アルベルトに対し、頭を下げるベルンハルトの声は、どこか苦しそうにも聞こえる。
「ベルンハルト様が頭を下げてはいけないのですよ。執事に対し、罪悪感を感じる必要もございません。外で控えておりますので、何かありましたらお声掛け下さい」
恭しく腰を折り、扉の先へとその姿を隠したアルベルトも、ヘルムートと同様の思いでベルンハルトに仕えているのだろう。
「レティシア、用意は整った。話を聞かせてもらえるだろうか」
アルベルトに頭を下げたときとも、リーゼロッテの前でどもっているときとも違う。
レティシアからもたらされる話が吉報であれ、凶報であれ、ロイスナーの領主として受け止める覚悟を決めたベルンハルトが、真っ直ぐにレティシアを見据えた。
「わかったわ。まずは魔獣の状況だけど、前回よりも結界の力が弱まってる可能性があるわ。その弱まりを察知したのか、結界を越えられないはずの魔獣達が暴れ始めてる。討伐する気なら、冬になる前ね」
「あぁ」
「もし討伐に向かうなら声をかけてちょうだい。これまで以上の数の龍達を連れて行くわ」
「あぁ」
「魔力石が必要なら、先にリーゼに作って貰ったほうが良いわよ」
「あぁ。わかっているだろう? 聞きたいことはそんなことじゃない」
ベルンハルトが聞きたいことを、レティシアが気づいていないはずがない。わかっていて、気づいていて、それでも遠回しにしたくなる理由。
そんなもの、一つしかない。
レティシアの態度から、それが凶報であることなど、ベルンハルトもリーゼロッテも察していた。
「そうよね。結界の魔力石のことよね」
「あぁ。国の結界を維持するためのものだ。相当な大きさとなるであろう。それをどうやって手に入れるか、聞きたいことはそれだけだ」
「簡単に言ってくれちゃって。あれ、結構大変なんだから」
レティシアが大変だと言ったのは、過去の知恵を得る方法だろうか。
一体、どういう手段でそんなことができるのか、リーゼロッテには想像もつかない。
息を呑んでレティシアの言葉を待った。
「手間を、かけたな」
「本当にね。どうお礼をしてもらおうかしら」
「其方はもう、欲しいものを決めているのだろう?」
「それは、ずっと言い続けているでしょう?」
レティシアの細い指先が、ベルンハルトの唇をなぞる。
それを止めるどころか、ベルンハルトはなぞられた唇の端を上げ、あの隙のない笑顔を作る。
「その冗談は、もう通じない。其方が心を寄せる相手は、既にロイエンタールではなくなっているからな」
「何でっ」
「さぁ。勘、だろうか」
顔を崩すこともなく、レティシアに言葉を返すベルンハルトの態度に、レティシアが背を向けてしまわないかと緊張させられたのはリーゼロッテだけのようで。
それでも、こんなじゃれ合いを見ても、その仲を疑うような心は、もう湧き上がりもしない。
レティシアが本気じゃないことも、ベルンハルトがそれに応えることなどないことも、リーゼロッテはわかってる。それはきっと信頼という感情で、その想いを寄せる相手がアマーリエだけでなくなった現状は、リーゼロッテの心にほんのり明かりを灯す。
「そんなに余裕のある貴方をからかっても楽しくないわね……」
ほんの少しがっかりしたように、レティシアが目を伏せた。
そして、ひと息息を吸い込むと、その視線はリーゼロッテを捕らえた。
「リーゼ。本当は、もっと良い内容を伝えにくるつもりだったの。でもね、私ができることは知り得た内容を伝えることだけ。結局、何もできることがなかったわ」
「レティシア。そんな風に言わないで下さい。これまでも目一杯助けられています。それに、私達では知りようもなかったことですから、どのようなことでも受け止めます」
本当は、受け止められる自信なんてない。
レティシアがこれほど言いづらそうにする内容。
リーゼロッテにとって、どれだけ辛い内容が待ち受けているのか。
それでも、それに向かっていかなければならない。
執務室に入ったレティシアの後を追うように、リーゼロッテも庭から執務室へとその身を移した。
「あらぁ? レティシアって呼んでって、そう言ったわよ」
「す、すいません」
執務室に入るなり、思わず口から出てしまったこれまでと同じ呼び方に、遠慮なく文句をつけるのは、流石である。
「レティシア、呼び方など早々慣れるものでもあるまい」
咄嗟のこととはいえ、何度か練習を重ねたにもかかわらず対応しきれなかった自分が惨めで、顔色を悪くさせながら俯いたリーゼロッテを慰める様にベルンハルトが話に割って入った。
「そお? 私はもう慣れちゃったわよ」
「リーゼに呼び方を押し付けたのは其方であろう? 少しぐらい見逃してもいいものを」
「見逃せないわ。貴方のその呼び方だって誰のおかげだと思ってるのよ。ねぇ、リーゼ。レティシアって呼んで?」
ベルンハルトの言葉を聞き逃すこともなく、レティシアの口元には不敵な笑みが浮かぶ。
龍の体と同じ若草色の髪の間に見える胡桃色の瞳。妖艶さを引き立たせる真紅の唇が、リーゼロッテの視線をくぎ付けにした。
「レティシア」
まるで操られるように、リーゼロッテの唇がレティシアの名前を紡ぐ。
「ふふ。ありがとう」
レティシアの笑い声に、我に返ったリーゼロッテの顔が真っ赤に染まる。
「わ、わたくし、どうかしてしまったみたいです」
「そんなことないわ。それだけ私が魅力的ってことね」
「其方……」
レティシアとリーゼロッテの間に繰り広げられた一幕に、口を出すこともできなかったベルンハルトが、大きくため息をついた。
「さ、いつまでもこんなことやってる場合じゃないわ。話を始めましょ」
「誰のせいだと……」
「ベルンハルト、人払いをしてもらえるかしら? 私の話の後で、貴方達が誰に伝えるかは好きにすればいいわ」
レティシアの言葉で、ベルンハルトは部屋の隅に控えるアルベルトに体を向けた。
「アルベルト、すまない」
先程ヘルムート相手にリーゼロッテが感じたものと、同じ感情をベルンハルトも抱えていたのかもしれない。
アルベルトに対し、頭を下げるベルンハルトの声は、どこか苦しそうにも聞こえる。
「ベルンハルト様が頭を下げてはいけないのですよ。執事に対し、罪悪感を感じる必要もございません。外で控えておりますので、何かありましたらお声掛け下さい」
恭しく腰を折り、扉の先へとその姿を隠したアルベルトも、ヘルムートと同様の思いでベルンハルトに仕えているのだろう。
「レティシア、用意は整った。話を聞かせてもらえるだろうか」
アルベルトに頭を下げたときとも、リーゼロッテの前でどもっているときとも違う。
レティシアからもたらされる話が吉報であれ、凶報であれ、ロイスナーの領主として受け止める覚悟を決めたベルンハルトが、真っ直ぐにレティシアを見据えた。
「わかったわ。まずは魔獣の状況だけど、前回よりも結界の力が弱まってる可能性があるわ。その弱まりを察知したのか、結界を越えられないはずの魔獣達が暴れ始めてる。討伐する気なら、冬になる前ね」
「あぁ」
「もし討伐に向かうなら声をかけてちょうだい。これまで以上の数の龍達を連れて行くわ」
「あぁ」
「魔力石が必要なら、先にリーゼに作って貰ったほうが良いわよ」
「あぁ。わかっているだろう? 聞きたいことはそんなことじゃない」
ベルンハルトが聞きたいことを、レティシアが気づいていないはずがない。わかっていて、気づいていて、それでも遠回しにしたくなる理由。
そんなもの、一つしかない。
レティシアの態度から、それが凶報であることなど、ベルンハルトもリーゼロッテも察していた。
「そうよね。結界の魔力石のことよね」
「あぁ。国の結界を維持するためのものだ。相当な大きさとなるであろう。それをどうやって手に入れるか、聞きたいことはそれだけだ」
「簡単に言ってくれちゃって。あれ、結構大変なんだから」
レティシアが大変だと言ったのは、過去の知恵を得る方法だろうか。
一体、どういう手段でそんなことができるのか、リーゼロッテには想像もつかない。
息を呑んでレティシアの言葉を待った。
「手間を、かけたな」
「本当にね。どうお礼をしてもらおうかしら」
「其方はもう、欲しいものを決めているのだろう?」
「それは、ずっと言い続けているでしょう?」
レティシアの細い指先が、ベルンハルトの唇をなぞる。
それを止めるどころか、ベルンハルトはなぞられた唇の端を上げ、あの隙のない笑顔を作る。
「その冗談は、もう通じない。其方が心を寄せる相手は、既にロイエンタールではなくなっているからな」
「何でっ」
「さぁ。勘、だろうか」
顔を崩すこともなく、レティシアに言葉を返すベルンハルトの態度に、レティシアが背を向けてしまわないかと緊張させられたのはリーゼロッテだけのようで。
それでも、こんなじゃれ合いを見ても、その仲を疑うような心は、もう湧き上がりもしない。
レティシアが本気じゃないことも、ベルンハルトがそれに応えることなどないことも、リーゼロッテはわかってる。それはきっと信頼という感情で、その想いを寄せる相手がアマーリエだけでなくなった現状は、リーゼロッテの心にほんのり明かりを灯す。
「そんなに余裕のある貴方をからかっても楽しくないわね……」
ほんの少しがっかりしたように、レティシアが目を伏せた。
そして、ひと息息を吸い込むと、その視線はリーゼロッテを捕らえた。
「リーゼ。本当は、もっと良い内容を伝えにくるつもりだったの。でもね、私ができることは知り得た内容を伝えることだけ。結局、何もできることがなかったわ」
「レティシア。そんな風に言わないで下さい。これまでも目一杯助けられています。それに、私達では知りようもなかったことですから、どのようなことでも受け止めます」
本当は、受け止められる自信なんてない。
レティシアがこれほど言いづらそうにする内容。
リーゼロッテにとって、どれだけ辛い内容が待ち受けているのか。
それでも、それに向かっていかなければならない。
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