22 / 29
22
しおりを挟む
団長室にレオナールとカイル、ソフィアが残った。
外を見るともう暗い。この時間に残っているのは夜勤の者だけだろうがフェイに言われたように防音の魔法をかける。
「ソフィア、本当に良いのか?」
レオナールが心配そうに尋ねる。
「はい。私は師匠に手紙を送って魔力回路の治癒の許可を願い出ます」
「アルフォンスはその、君の恋人だったんだろう。伝えなくて良かったのか?」
「…構いません。対価の内容を知ったら、優しい人だから罪悪感から拒否するでしょう。彼には憂いなく魔力を取り戻してもらいたいのです。ですから、ランセル卿は呪いを掛けられて記憶が曖昧だと言う事にしていただけませんか?団員達は私が恋人だった事を知っている人達も多くいます。彼を混乱させない為にも、騎士団の方には私との事を彼に伝えないようにしていただきたいのです」
「それは構わないが…。人の口に戸は建てられない。いつどこで君の事がアルフォンスの耳に入るか」
それはそうだろう。
元より二人の関係を気に入らない者も少なくなかったから。
「彼が魔力を取り戻すまでで構いません。対価を払えば、私自身に何が起こるか分からない。今まで通り生活出来るかも分からないのです。そんな人間が彼の側にいる事は出来ませんから」
ソフィアは悲しそうに笑う。
「しかし…」
「西方では身分差がはっきりしています。生まれ育った辺境の地は、生きる為に貴族も平民も関係なくいられました。ですがここはそうではない。彼が魔力を取り戻せば、かつての北の英雄のように活躍するでしょう。そうなった時、政略結婚は十分にあり得ます。貴族としての責務を果たすように実家から言われたとして、それを跳ね除けるのは容易ではありません。その時に、私の存在が邪魔になるのは避けたいのです。私はアル…ランセル卿の優しさに甘えていましたが、彼は貴族です。認められるとは思いません。彼とはいずれ離れなければならないとどこかで分かっていました。ですから…それが少し早まるだけです」
父ライオネルが実家と絶縁を宣言して暮らせたのは、北方だったからだ。そして兄であるシモンは次期伯爵、祖母を力技で抑え込める環境が整っていた。
身分が弊害とならない辺境だったからこそ、周囲の理解も得られた。
ソフィアはちゃんと分かっているつもりだ。
ソフィアの意志が固いと分かったのだろう。
レオナールはため息を吐いた。
「そうか…君の気持ちは分かった。騎士団としてはありがたい申し出だ。しかしソフィアも大事な騎士団の仲間だ。犠牲にするような形は本当はとりたくない」
「これは私の希望です。厄災の厳しさはずっと聞いて育ちました。私は西方が好きです。魔獣に蹂躙されるような事になって欲しくない。その為に、私の我儘だと思って聞いていただきたいのです」
黙って聞いていたカイルは眉間に皺を寄せている。
「…もし自分がアルフォンスの立場だったら、たとえ記憶を無くしても、自分を助けてくれた恋人を利用して見捨てるような事は絶対にしない…アルフォンスだって同じだろう。全てを告げずに騙すように治療するのは君の自己満足だ。それであいつが喜ぶと?」
全くその通りだ。
低く唸るように言うカイルに、ソフィアは困ったように眉を下げた。
「…そうですね、自己満足です。ですが嘘は言っていませんよ。治癒には対価が必要だと伝えましたし、それが命に関わるものでないのも本当です。手足の機能とか聴力とか視力とか、そういうものでなければ良いなとは思いますが。望むなら…その対価が、彼の記憶であればと良いと。そうすれば私の心を残す事なく、彼の幸せを願えます」
カイルは納得していないようだった。
腕組みし、眉間の皺が深まった気がする。
「そんな事を考えずとも、あらためて関係を築く事だって出来るだろう?」
「…そうであれば嬉しいですが、こればかりは何とも。対価が何かは治療しないと分からないので。それに、身分差の事はどうにもなりませんから」
カイルは何も言わなかった。
これでいい、話しながらソフィアの心は思いの外晴れやかだった。
外を見るともう暗い。この時間に残っているのは夜勤の者だけだろうがフェイに言われたように防音の魔法をかける。
「ソフィア、本当に良いのか?」
レオナールが心配そうに尋ねる。
「はい。私は師匠に手紙を送って魔力回路の治癒の許可を願い出ます」
「アルフォンスはその、君の恋人だったんだろう。伝えなくて良かったのか?」
「…構いません。対価の内容を知ったら、優しい人だから罪悪感から拒否するでしょう。彼には憂いなく魔力を取り戻してもらいたいのです。ですから、ランセル卿は呪いを掛けられて記憶が曖昧だと言う事にしていただけませんか?団員達は私が恋人だった事を知っている人達も多くいます。彼を混乱させない為にも、騎士団の方には私との事を彼に伝えないようにしていただきたいのです」
「それは構わないが…。人の口に戸は建てられない。いつどこで君の事がアルフォンスの耳に入るか」
それはそうだろう。
元より二人の関係を気に入らない者も少なくなかったから。
「彼が魔力を取り戻すまでで構いません。対価を払えば、私自身に何が起こるか分からない。今まで通り生活出来るかも分からないのです。そんな人間が彼の側にいる事は出来ませんから」
ソフィアは悲しそうに笑う。
「しかし…」
「西方では身分差がはっきりしています。生まれ育った辺境の地は、生きる為に貴族も平民も関係なくいられました。ですがここはそうではない。彼が魔力を取り戻せば、かつての北の英雄のように活躍するでしょう。そうなった時、政略結婚は十分にあり得ます。貴族としての責務を果たすように実家から言われたとして、それを跳ね除けるのは容易ではありません。その時に、私の存在が邪魔になるのは避けたいのです。私はアル…ランセル卿の優しさに甘えていましたが、彼は貴族です。認められるとは思いません。彼とはいずれ離れなければならないとどこかで分かっていました。ですから…それが少し早まるだけです」
父ライオネルが実家と絶縁を宣言して暮らせたのは、北方だったからだ。そして兄であるシモンは次期伯爵、祖母を力技で抑え込める環境が整っていた。
身分が弊害とならない辺境だったからこそ、周囲の理解も得られた。
ソフィアはちゃんと分かっているつもりだ。
ソフィアの意志が固いと分かったのだろう。
レオナールはため息を吐いた。
「そうか…君の気持ちは分かった。騎士団としてはありがたい申し出だ。しかしソフィアも大事な騎士団の仲間だ。犠牲にするような形は本当はとりたくない」
「これは私の希望です。厄災の厳しさはずっと聞いて育ちました。私は西方が好きです。魔獣に蹂躙されるような事になって欲しくない。その為に、私の我儘だと思って聞いていただきたいのです」
黙って聞いていたカイルは眉間に皺を寄せている。
「…もし自分がアルフォンスの立場だったら、たとえ記憶を無くしても、自分を助けてくれた恋人を利用して見捨てるような事は絶対にしない…アルフォンスだって同じだろう。全てを告げずに騙すように治療するのは君の自己満足だ。それであいつが喜ぶと?」
全くその通りだ。
低く唸るように言うカイルに、ソフィアは困ったように眉を下げた。
「…そうですね、自己満足です。ですが嘘は言っていませんよ。治癒には対価が必要だと伝えましたし、それが命に関わるものでないのも本当です。手足の機能とか聴力とか視力とか、そういうものでなければ良いなとは思いますが。望むなら…その対価が、彼の記憶であればと良いと。そうすれば私の心を残す事なく、彼の幸せを願えます」
カイルは納得していないようだった。
腕組みし、眉間の皺が深まった気がする。
「そんな事を考えずとも、あらためて関係を築く事だって出来るだろう?」
「…そうであれば嬉しいですが、こればかりは何とも。対価が何かは治療しないと分からないので。それに、身分差の事はどうにもなりませんから」
カイルは何も言わなかった。
これでいい、話しながらソフィアの心は思いの外晴れやかだった。
17
あなたにおすすめの小説
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
ふしあわせに、殿下
古酒らずり
恋愛
帝国に祖国を滅ぼされた王女アウローラには、恋人以上で夫未満の不埒な相手がいる。
最強騎士にして魔性の美丈夫である、帝国皇子ヴァルフリード。
どう考えても女泣かせの男は、なぜかアウローラを強く正妻に迎えたがっている。だが、将来の皇太子妃なんて迷惑である。
そんな折、帝国から奇妙な挑戦状が届く。
──推理ゲームに勝てば、滅ぼされた祖国が返還される。
ついでに、ヴァルフリード皇子を皇太子の座から引きずり下ろせるらしい。皇太子妃をやめるなら、まず皇太子からやめさせる、ということだろうか?
ならば話は簡単。
くたばれ皇子。ゲームに勝利いたしましょう。
※カクヨムにも掲載しています。
繰り返しのその先は
みなせ
ファンタジー
婚約者がある女性をそばに置くようになってから、
私は悪女と呼ばれるようになった。
私が声を上げると、彼女は涙を流す。
そのたびに私の居場所はなくなっていく。
そして、とうとう命を落とした。
そう、死んでしまったはずだった。
なのに死んだと思ったのに、目を覚ます。
婚約が決まったあの日の朝に。
【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。
そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。
女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。
誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。
ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。
けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。
けれど、女神は告げた。
女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。
ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。
リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。
そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる