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15話
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「今回の事も、邪気に当たっただけではないのですよ」
「はあ」
松兵衛は、藤緒が酷く心配になった。
「松兵衛、心配しないで。幸いにも、お腹の子は元気なの」
そして、すぐに深刻な顔へと戻った。
「私は、今夜この子を産み、死ぬでしょう。この子を預かってくれる人を探したのですよ。村で小さな食堂を営むご夫婦。子が出来ず、悲しんでおられたのです。お家騒動に巻き込まれず、知らず、この子は育つ。恵慈家と私の家の血、本来の血筋は絶えず続く。これが、私の唯一出来ることなのです」
「藤緒様……」
「力無く、正室にすらなれなかった私ですけどね。法眼様のことは一番に考えているのですよ」
そして、藤緒は暗示した通り、女の子を産み、逝去した。
*****
晴明と葛葉は、正式に婚姻は結ばぬとも、夫婦として暮らしていた。誤解が解けた後、2人の仲は睦まじく。松兵衛の助けもあり、里も本来の姿を取り戻しつつあった。
やがて、晴明との約束通り、葛葉に子が宿った。
「男子だろうか、女子だろうか」
子が宿ってからは、晴明の口癖となった。
「晴明殿は、どちらがよろしいですか?」
「どちらでも、構わんよ。元気な子であれば」
1つ心配だった事。またその子が術が使えないのではないかと。
晴明は、松兵衛から説明を受けた。自分が鬼の子であるせいで、その姿を封じるために術が使えないと。云わば、血で血を封じているから術が使えないと。だが、それも葛葉の血と指南でなんとかクリアしたように思えた。
泰親も、あれ以来姿を見せていない。
そして、葛葉に陣痛が始まった。布団に寝て、産婆が待機し、いつでも子を産めるとなり、陣痛の間に少し安心したのか眠っていた。
その間、不思議な夢を見た。
真っ暗な空間がやがて眩しいくらいの光に包まれたと思ったら、目の前に七色に光る金色の龍が現れた。
「龍神か」
そして、葛葉は幼い頃松兵衛に聞いた話を思い出した。
「恵慈家の御先祖で守り神の龍神」
龍は静かに話し出した。
『葛葉、そなたは何故儂が恵慈家の先祖と言われるか知っておるか? そして、お主の正体を伝えに来たのだ』
「私の正体?」
龍は葛葉の頭上をぐるぐる回ると、ゆっくりと降りて、彼女の身体に巻きついた。
『そうじゃ。主は、儂じゃ。もう1人の儂なのじゃ』
「生まれ変わりと言うことか?」
『少し違うな。儂の魂の一部が変化してお主となったのだ。儂とお主は兄妹というやつかな』
見蕩れるほど、龍神が綺麗だと葛葉は思った。
『遥か昔の話だよ。儂は天に住んでいたのだけれど、天から覗く度毎日見かける娘に恋をした。踊りが上手いが、何処か悲しげな娘でな。毎日同じ時間、同じ場所で同じだけ独りで踊っているのだ。最初は踊りの練習だと思っていたのだが、毎日見る度に、そうでは無いことに気付いた。そこで、儂は1度地上に降りることを決めたのだ』
「もしや、その娘と言うのは」
『そうだ。そなたの母の一族の者だ。儂は青年の姿になって、娘の前に現れようとしたのだが、なんせ慣れぬ人の姿。海に落ちてしまったのだ。溺れ気を失っていたところを、娘が助けてくれた。結果、娘と会うことが出来た。心の優しい娘でな、傷が癒えるまで世話をしてくれた。そして、行く場所がないならとそれ以降も家に置いてくれたのだ。だが、やはり儂が気になったのは、いつも娘が哀しそうな顔をしている事。必ず踊りの前に、泣いている事。儂は娘に訊ねたのだ。何故、そんなに悲しそうなのか、と。すると娘は答えた。漁に出てから戻らぬ夫、すなわち恵慈家の男を待っているのだ、と。娘の住む土地の海は、特に荒々しい海であった。儂は天界に聞いてみた。娘の夫は既に海で亡くなり、生まれ変わっていると天は教えてくれたのだ。だから、その話を娘に告げた。娘は怒って儂の頬を打った』
「何故じゃ? 親切に教えてやっただけだというに」
『晴明が何の証拠もなく死んだと言われたら、葛葉はどうする?』
「あ」
そう、私だって打つだろうと葛葉は、気付いた。信じられない、不謹慎だと怒るだろう。もし、それを察していたとしてもだ。
『儂は、その娘にいつしか恋をしていたのだ。だから、娘の悲しみも怒りも辛く、天に帰る事を決めた。結ばれなかった娘の腹に、儂の魂を宿してな』
「それが、今の恵慈家の始まりか……」
『そうだ。そして、その血が危機にあることを知った儂は、同じように藤緒の身体に儂の魂を宿したのだ。それが、お主だ。お主に一生に1度しか使えぬ龍神の術を伝授する。封じ滅する技である。その名も生克五霊獣の法。いいか、一生に1度しか使えぬ技であるぞ。どんな鬼も悪霊も封じ滅する技である』
葛葉の頭に、法の理が直接書き込まれるように入ってきた。
「必ず必要になるのは、相生相克」
はっ!
っと、葛葉の目が覚めた。酷い陣痛だった。
やがて、葛葉の部屋から元気な産声がして、堪らず晴明は部屋に飛び込んだ。
「晴明様、殿方はまだお入りなっては困ります」
咄嗟に、侍女に目を塞がれ外に出されだ晴明であったが、再びそわそわしながら廊下で待った。
「晴明様、どうぞ」
侍女に改めて呼ばれ、今度は落ち着いて部屋に入ると綺麗に現れた子が産着に包まれながら泣いていた。
「元気な男子です」
「よう頑張ったな! 葛葉」
手の平におさまりそうな程小さい子を初めて抱いて、晴明の目から不思議と涙が溢れた。
「嫌ですわ、晴明殿。葛葉様に笑われますよ」
今は構わないとさえ思えた。
「名前は決めてあるのじゃ。蜃(しん)で、どうだ?」
「良い名前です」
見れば蜃の口元にもホクロがあった。凛々しい眉も、確かに我が子だと確信する。
めでたい日だった。
そのはず、だったのに。
その晩、富子の鏡が割れた。父、法眼が生命を掛けて封じたあの鏡が割れたのだ。
何者かが屋敷に入り、出産のゴタゴタに紛れて箱を盗み出し、中の鏡の封印を破った。
それに松兵衛が気付いたのは、翌朝の事であった。
部屋には無数の血痕。それは、箱に掛けてあった封印を無理矢理破った証拠であり、人でない証であった。
「泰親か……」
この数年、隠れていた間に力を蓄えていたようである。
再び災いが始まると、松兵衛は確信した。
*****
「遅い……遅い……待ちくたびれたぞ」
ミイラのような姿で、女はケタケタと笑う。富子だ。
封じの鏡から泰親に引き摺り出され、ボロ布のようになりながら2人して逃げた。里の森を抜け、人里近いそこにある古い祠に逃げ込んだ。
祠と言っても、人が入れる程度の大きさだ。中に祀られていたいくつかの地蔵は、今はない。
外の人間が時折口減らしに子を捨てにくる山道だった。村人に発見されない子は、ここで死んだ。運良く見つけられるように建てられた祠だった。その為、中は人が眠れるようになっていた。
背後に、恵慈家が見える。
富子の傍らに、同じようにボロ布のような姿の泰親がいた。
「泰親、今まで何をしておったのだ」
「この場で時を稼いでおったのだ。あの場で、私独りで勝てるとは思えませんでしたから。この時を待っておったのです。子を産んだ葛葉は、暫く使い物にならぬ」
「子を産んだと? 誰の子じゃ!!」
富子が発狂するように叫んだ。
「晴明との子じゃ」
富子が叫び狂った。森が揺れ、多くの動物が騒いだ。
「おのれ、あの小娘……許せぬ……」
そして、今度は嬉しそうに笑い声をあげた。
「だが、これもまた一興。その子をも、我が手に入れるのだ。この地と子を。恵慈家から全てを奪うのじゃ。我が子を奪われた恵慈家を、許すまじ!」
湯治場で、法眼が封じたのは富子にとり憑いた鬼と泰親にとり憑いた鬼の子であった。子を守るため、子との生活を送るため、あの場所を巣としたが法眼によって奪われた。だから、代わりに恵慈家の里を貰うことにしたのだ。まだ辛うじて残っていた2人の人間の魂と思いを利用して。しかし、その影も今はもう消えていない。喰らい尽くされた2人は、今やただの鬼である。
再び、鬼の邪気が里を覆いはじめていた。あの頃のように。
*****
「はあ」
松兵衛は、藤緒が酷く心配になった。
「松兵衛、心配しないで。幸いにも、お腹の子は元気なの」
そして、すぐに深刻な顔へと戻った。
「私は、今夜この子を産み、死ぬでしょう。この子を預かってくれる人を探したのですよ。村で小さな食堂を営むご夫婦。子が出来ず、悲しんでおられたのです。お家騒動に巻き込まれず、知らず、この子は育つ。恵慈家と私の家の血、本来の血筋は絶えず続く。これが、私の唯一出来ることなのです」
「藤緒様……」
「力無く、正室にすらなれなかった私ですけどね。法眼様のことは一番に考えているのですよ」
そして、藤緒は暗示した通り、女の子を産み、逝去した。
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晴明と葛葉は、正式に婚姻は結ばぬとも、夫婦として暮らしていた。誤解が解けた後、2人の仲は睦まじく。松兵衛の助けもあり、里も本来の姿を取り戻しつつあった。
やがて、晴明との約束通り、葛葉に子が宿った。
「男子だろうか、女子だろうか」
子が宿ってからは、晴明の口癖となった。
「晴明殿は、どちらがよろしいですか?」
「どちらでも、構わんよ。元気な子であれば」
1つ心配だった事。またその子が術が使えないのではないかと。
晴明は、松兵衛から説明を受けた。自分が鬼の子であるせいで、その姿を封じるために術が使えないと。云わば、血で血を封じているから術が使えないと。だが、それも葛葉の血と指南でなんとかクリアしたように思えた。
泰親も、あれ以来姿を見せていない。
そして、葛葉に陣痛が始まった。布団に寝て、産婆が待機し、いつでも子を産めるとなり、陣痛の間に少し安心したのか眠っていた。
その間、不思議な夢を見た。
真っ暗な空間がやがて眩しいくらいの光に包まれたと思ったら、目の前に七色に光る金色の龍が現れた。
「龍神か」
そして、葛葉は幼い頃松兵衛に聞いた話を思い出した。
「恵慈家の御先祖で守り神の龍神」
龍は静かに話し出した。
『葛葉、そなたは何故儂が恵慈家の先祖と言われるか知っておるか? そして、お主の正体を伝えに来たのだ』
「私の正体?」
龍は葛葉の頭上をぐるぐる回ると、ゆっくりと降りて、彼女の身体に巻きついた。
『そうじゃ。主は、儂じゃ。もう1人の儂なのじゃ』
「生まれ変わりと言うことか?」
『少し違うな。儂の魂の一部が変化してお主となったのだ。儂とお主は兄妹というやつかな』
見蕩れるほど、龍神が綺麗だと葛葉は思った。
『遥か昔の話だよ。儂は天に住んでいたのだけれど、天から覗く度毎日見かける娘に恋をした。踊りが上手いが、何処か悲しげな娘でな。毎日同じ時間、同じ場所で同じだけ独りで踊っているのだ。最初は踊りの練習だと思っていたのだが、毎日見る度に、そうでは無いことに気付いた。そこで、儂は1度地上に降りることを決めたのだ』
「もしや、その娘と言うのは」
『そうだ。そなたの母の一族の者だ。儂は青年の姿になって、娘の前に現れようとしたのだが、なんせ慣れぬ人の姿。海に落ちてしまったのだ。溺れ気を失っていたところを、娘が助けてくれた。結果、娘と会うことが出来た。心の優しい娘でな、傷が癒えるまで世話をしてくれた。そして、行く場所がないならとそれ以降も家に置いてくれたのだ。だが、やはり儂が気になったのは、いつも娘が哀しそうな顔をしている事。必ず踊りの前に、泣いている事。儂は娘に訊ねたのだ。何故、そんなに悲しそうなのか、と。すると娘は答えた。漁に出てから戻らぬ夫、すなわち恵慈家の男を待っているのだ、と。娘の住む土地の海は、特に荒々しい海であった。儂は天界に聞いてみた。娘の夫は既に海で亡くなり、生まれ変わっていると天は教えてくれたのだ。だから、その話を娘に告げた。娘は怒って儂の頬を打った』
「何故じゃ? 親切に教えてやっただけだというに」
『晴明が何の証拠もなく死んだと言われたら、葛葉はどうする?』
「あ」
そう、私だって打つだろうと葛葉は、気付いた。信じられない、不謹慎だと怒るだろう。もし、それを察していたとしてもだ。
『儂は、その娘にいつしか恋をしていたのだ。だから、娘の悲しみも怒りも辛く、天に帰る事を決めた。結ばれなかった娘の腹に、儂の魂を宿してな』
「それが、今の恵慈家の始まりか……」
『そうだ。そして、その血が危機にあることを知った儂は、同じように藤緒の身体に儂の魂を宿したのだ。それが、お主だ。お主に一生に1度しか使えぬ龍神の術を伝授する。封じ滅する技である。その名も生克五霊獣の法。いいか、一生に1度しか使えぬ技であるぞ。どんな鬼も悪霊も封じ滅する技である』
葛葉の頭に、法の理が直接書き込まれるように入ってきた。
「必ず必要になるのは、相生相克」
はっ!
っと、葛葉の目が覚めた。酷い陣痛だった。
やがて、葛葉の部屋から元気な産声がして、堪らず晴明は部屋に飛び込んだ。
「晴明様、殿方はまだお入りなっては困ります」
咄嗟に、侍女に目を塞がれ外に出されだ晴明であったが、再びそわそわしながら廊下で待った。
「晴明様、どうぞ」
侍女に改めて呼ばれ、今度は落ち着いて部屋に入ると綺麗に現れた子が産着に包まれながら泣いていた。
「元気な男子です」
「よう頑張ったな! 葛葉」
手の平におさまりそうな程小さい子を初めて抱いて、晴明の目から不思議と涙が溢れた。
「嫌ですわ、晴明殿。葛葉様に笑われますよ」
今は構わないとさえ思えた。
「名前は決めてあるのじゃ。蜃(しん)で、どうだ?」
「良い名前です」
見れば蜃の口元にもホクロがあった。凛々しい眉も、確かに我が子だと確信する。
めでたい日だった。
そのはず、だったのに。
その晩、富子の鏡が割れた。父、法眼が生命を掛けて封じたあの鏡が割れたのだ。
何者かが屋敷に入り、出産のゴタゴタに紛れて箱を盗み出し、中の鏡の封印を破った。
それに松兵衛が気付いたのは、翌朝の事であった。
部屋には無数の血痕。それは、箱に掛けてあった封印を無理矢理破った証拠であり、人でない証であった。
「泰親か……」
この数年、隠れていた間に力を蓄えていたようである。
再び災いが始まると、松兵衛は確信した。
*****
「遅い……遅い……待ちくたびれたぞ」
ミイラのような姿で、女はケタケタと笑う。富子だ。
封じの鏡から泰親に引き摺り出され、ボロ布のようになりながら2人して逃げた。里の森を抜け、人里近いそこにある古い祠に逃げ込んだ。
祠と言っても、人が入れる程度の大きさだ。中に祀られていたいくつかの地蔵は、今はない。
外の人間が時折口減らしに子を捨てにくる山道だった。村人に発見されない子は、ここで死んだ。運良く見つけられるように建てられた祠だった。その為、中は人が眠れるようになっていた。
背後に、恵慈家が見える。
富子の傍らに、同じようにボロ布のような姿の泰親がいた。
「泰親、今まで何をしておったのだ」
「この場で時を稼いでおったのだ。あの場で、私独りで勝てるとは思えませんでしたから。この時を待っておったのです。子を産んだ葛葉は、暫く使い物にならぬ」
「子を産んだと? 誰の子じゃ!!」
富子が発狂するように叫んだ。
「晴明との子じゃ」
富子が叫び狂った。森が揺れ、多くの動物が騒いだ。
「おのれ、あの小娘……許せぬ……」
そして、今度は嬉しそうに笑い声をあげた。
「だが、これもまた一興。その子をも、我が手に入れるのだ。この地と子を。恵慈家から全てを奪うのじゃ。我が子を奪われた恵慈家を、許すまじ!」
湯治場で、法眼が封じたのは富子にとり憑いた鬼と泰親にとり憑いた鬼の子であった。子を守るため、子との生活を送るため、あの場所を巣としたが法眼によって奪われた。だから、代わりに恵慈家の里を貰うことにしたのだ。まだ辛うじて残っていた2人の人間の魂と思いを利用して。しかし、その影も今はもう消えていない。喰らい尽くされた2人は、今やただの鬼である。
再び、鬼の邪気が里を覆いはじめていた。あの頃のように。
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