獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

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想いを重ねて3

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 翌日、ルースレアは緊張した面持ちで食卓についていた。
 食べやすいようにとコックが気を使って出してくれた温かいスープをゆっくりと喉に流し込んでいく。優しい味が口に広がって、少しだけ緊張が解れる。
 そこで初めてルースレアはやたらとカチャカチャと食器のぶつかる音があると気づく。顔を上げて音を辿ると、兄のクロウが不機嫌そうな表情で荒っぽく食事を取っていた。

「クロウ。マナーが疎かになっていますよ」

 刺々しい口調でそう注意したのは母のアリアだ。クロウは黙ったまま、ナイフを置いて立ち上がる。
 兄がこうも不機嫌なのは、もちろんルースレア関連だ。シアンとの仲が順調そうなのが気に食わないらしい。しかも、邪魔が出来ないように沢山の仕事を与えられているのも嫌なのだろう。

「クロウ」
「……失礼します」

 アリアの咎めるような声にそっけなく言って、クロウが扉に向かう。
 いつもなら合う視線も、このところ全く目をあわせてくれない。それがルースレアは少し寂しかった。だが、兄のためにシアンを遠ざけるなんてこともできないし、したくない。
 そんなふうに考えていると、シュッと目の前を銀色のなにかが通り過ぎる。その直後、コンッとなにかが木に刺さるような音が響いた。

「クロウ、食べ物を粗末にしないと教えたはずですよ。それに、態度が悪いですわ。お父様がまだ食事中というのに席を立つなんていけません」
「は、はい……。申し訳、ありません……」

 クロウの顔の横にピカピカに磨かれたナイフが刺さっている。いくら仲の良い家族とは言っても、最低限のルールはある。当主であるアルフレットに失礼になることは家族であっても厳しく怒られるのだ。
 クロウの尻尾が垂れ下がり、顔には少々恐怖が宿っている。母は特に跡取りのクロウには厳しいので、兄も逆らうことはしない。というより、逆らうと後で鬼のような教育が待っているのだ。

「それと、ルースレアが可愛いのは分かりますが、妹の恋路を邪魔しようとしてはいけません」

 アリアの言葉に頬がわずかに熱を持つ。ミューラ同様、母にはすべて筒抜けだ。
 恥ずかしくなってきたルースレアはスープを急いで流し込み、アルフレットに退室を願い出る。父はすぐに許可を出してくれたので、そそくさとダイニングルームを後にした。
 部屋に戻ると、数人のメイドが今日の準備をしていた。

「予定より少し早いですが、準備を始めましょうか」

 ミューラがそう言い、昨日選んだドレスを手に取る。メイドが今着ているドレスを脱がし、ルースレアは落ち着いた緑色のドレスに着替える。ミューラが後ろのくるみボタンをかけ、長い髪を持ち上げていてくれたメイドがそっと手を放す。

「あとは私一人で大丈夫です」
「はい、かしこまりました。失礼いたします」

 メイドたちが頭を下げて部屋を去っていく。ミューラに促され、ルースレアはドレッサーの椅子に腰を下ろす。

「今日は髪を下ろしたままにいたしましょう」

 てっきりまた結い上げるのだと思っていたので首を傾げると、鏡越しにミューラの青みがかった灰色の瞳と目が合う。

「いつものルースレア様が一番かわいいですからね。丁寧にクシを通して、香油を馴染ませましょう」

 優しい手付きでミューラが何度もくしを通していく。時々香油を馴染ませながら櫛を通したおかげで、ルースレアの髪はつやつやだ。きつい匂いが苦手な主人に合わせ、香油は優しい香りのものを選んでくれたようだ。
 犬族は鼻が利くため調香が得意で、香油や香水などが犬族領の特産品だったりする。

「次は尻尾ですね。触れてもよろしいですか?」

 急に触られるとびっくりするため、ミューラは必ずこのように一言声をかけてくれる。尻尾を一振りして頷く。
 くるんと先が丸まった尻尾も丁寧に梳かれ、いつもよりふさふさになった。

「ふふっ、いつ触れてもさわり心地が良くて羨ましいです」

 手入れが終わったのか、ミューラが立ち上がる。彼女の灰色の尻尾はルースレアよりも大きく、ふさふさしている。
 主人の視線に気づいたのか、ミューラは自身の尻尾に触れた。

「毛が硬めでゴワゴワするんですよ。お手入れはしていますが、やはりルースレア様にはかないません。……さて、お化粧をいたしましょう」

 ドレッサーの上に沢山の化粧品が並べられる。いつものことだが、こんなに沢山の道具を扱うのはすごいな、とルースレアは毎回思う。自分では化粧をしたことがないし、毎日の手入れだってミューラやメイドたちがしてくれる。
 なんとなく興味が湧いて、一つを手にとって眺めてみた。手のひらに収まる小さな容器を開けると、赤色が顔を覗かせる。たしかこれは唇に塗るものだ。
 本から得た知識だが、化粧は人族から受け継がれた文化らしい。昔の人族は体によくない成分のものも美しくなるなら、と使っていたりしたらしいので、美への追求がすごいなとルースレアは本を読みながら思ったものだ。
 ちなみに獣族はそもそも獣に近く、毛が生えていたので化粧も何もなかったようだ。
 現在はより発展した技術力により化粧品も種類が増え、獣人たちに愛用されている。
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