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想いを重ねて7
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穏やかな時間が過ぎていくのは一瞬だった。
シアンとブローチのことや、お互いの家族のことなど他愛もない話しをしているうちに、もう屋敷の帰らなければならない時間になっていた。
最後にもう一度花畑を見て回り、二人は馬車に乗り込んだ。行きとは違い、シアンはルースレアの隣に腰を下ろす。近い距離にドキドキとしつつ、恥ずかしくて手元に視線を落とす。
ゆっくりと馬車が動きだしたのと同時に、白い物が視界に飛び込んでくる。それは白い手袋に包まれたシアンの手だった。そっと手を重ねられ、彼の方に視線を移す。
シアンは窓の外を見ていて、こちらに視線を向けてはいなかった。それでもルースレアが見ていることに気づいたのか、きゅっと手を握られる。三毛の耳がぴくぴくと動いていて、ルースレアは小さく笑みを浮かべてまた手元に視線を移した。
それからなんとなく視線を前に向けて、一気に体が熱を持った。シアンから貰った花束を持っていてくれるミューラとその隣に座るシアンの執事が、揃ってニコニコと笑っていたのだ。
恥ずかしくなって、思わずシアンの手から自分の手を引き抜いた。
「ルースレア嬢……?」
急に逃げられて不思議に思ったのか、シアンが窓の外からこちらに視線を移した。目が合って更に体温が上がった気がする。
「顔が真っ赤だよ。熱でもあるのかな……」
そう言いながらシアンがぐっと体をルースレアに近づけて手袋を外すと、そっと固まった彼女の額に手を当てた。近い距離と額に触れる少し冷たいシアン大きな手にどんどん余裕がなくなってくる。
「少し熱いかな……。寒気とか、怠さとかある……?」
心配してくれているだけなのは分かっている。だが、こんなに好きな人に近づかれては、ルースレアはまともな思考ができない。
ふわりと爽やかな香りが鼻をくすぐったのを最後に、彼女の視界は真っ白になったのだった。
◇
なにを、していたのか。
ふと意識が浮上したルースレアはそんなことをぼんやりと考えた。ゆっくりとまぶたを上げてみると、赤い物が視界に入る。それがなにか分からなくてじっと見つめているうちに、ゆっくりと記憶が蘇ってきた。
そしてとうとうシアンの目の前で気を失ったことを思い出す。ずっと視界に見えていたのが馬車の赤い椅子だと気づく。それから、今自分の頭が置かれているのが椅子の上ではないことにも気づいた。
「……起きた?」
優しい声が近くで聞こえ、ルースレアは飛び起きた。いきなり動いたせいか、驚いたように目を見開いたシアンと目が合う。
「気を失ったから驚いたけど……体調はどう?」
こてんと首を傾げた彼に申し訳なくなりながら、ルースレアは大丈夫だと伝えるように首を何度も縦に振った。
そもそも体調が悪いわけではなくシアンとの近い距離とふれあいに限界を迎えただけだ。気を失ったことや、膝枕をされていたことが恥ずかしくて、熱くなっていく頬を隠すようにルースレアは俯いた。
「大丈夫そうならよかった。医者を呼ぼうかと思ったのだけど、君の侍女に少し休めば大丈夫だろう、って言われて……」
長年の付き合いの侍女には体調が悪くて気を失ったわけではないことが筒抜けだったようだ。
……そういえば、そのミューラはどこに行ったのだろう。シアンの執事も見当たらない。
馬車の中を見回していると、彼女の疑問に気づいたのかシアンが答えてくれる。
「侍女たちなら先に屋敷に戻ってるよ」
気を失っているうちに屋敷についていたようだ。窓の外へ視線を移すと、たしかに見慣れた屋敷が見えた。そしてそれと同時に、今にも噛みつきそうな顔つきでこちらを見ている兄のクロウの姿も見えてしまった。
見なかったことにしたいが、しびれを切らした兄が突撃してきたらシアンに申し訳ない。
「……お兄さん、すごい形相だね」
シアンにも見えたらしい。彼は小さく息を吐いて、ルースレアより先に馬車を降りて手を差し出した。
せっかく二人きりだったのに、と残念な気持ちを抱きつつその手を取って馬車を降りる。
「……次に会えるのは王都になると思う。また少しの間、手紙のやりとりになるけどごめんね」
ルースレアはゆっくりと頷く。次に会えるのは王都。その言葉が嬉しくもあり、寂しくもある。
領主の家系の婚約は王族の前で交わすのがしきたりなのだ。領主の義務であり、それを行わなければ正式な婚約者になれない。だから、シアンは次は王都で会おうと言ったのだ。
「それじゃあ、またね……」
最後にルースレアの手に口づけを落として、シアンは今しがた降りたばかりの馬車に乗り込んだ。いつの間にか近くに控えていた彼の執事が礼をして、馬車は遠ざかって行く。
ルースレアはクロウに声をかけられるまで、彼を乗せた馬車を見送っていたのだった。
シアンとブローチのことや、お互いの家族のことなど他愛もない話しをしているうちに、もう屋敷の帰らなければならない時間になっていた。
最後にもう一度花畑を見て回り、二人は馬車に乗り込んだ。行きとは違い、シアンはルースレアの隣に腰を下ろす。近い距離にドキドキとしつつ、恥ずかしくて手元に視線を落とす。
ゆっくりと馬車が動きだしたのと同時に、白い物が視界に飛び込んでくる。それは白い手袋に包まれたシアンの手だった。そっと手を重ねられ、彼の方に視線を移す。
シアンは窓の外を見ていて、こちらに視線を向けてはいなかった。それでもルースレアが見ていることに気づいたのか、きゅっと手を握られる。三毛の耳がぴくぴくと動いていて、ルースレアは小さく笑みを浮かべてまた手元に視線を移した。
それからなんとなく視線を前に向けて、一気に体が熱を持った。シアンから貰った花束を持っていてくれるミューラとその隣に座るシアンの執事が、揃ってニコニコと笑っていたのだ。
恥ずかしくなって、思わずシアンの手から自分の手を引き抜いた。
「ルースレア嬢……?」
急に逃げられて不思議に思ったのか、シアンが窓の外からこちらに視線を移した。目が合って更に体温が上がった気がする。
「顔が真っ赤だよ。熱でもあるのかな……」
そう言いながらシアンがぐっと体をルースレアに近づけて手袋を外すと、そっと固まった彼女の額に手を当てた。近い距離と額に触れる少し冷たいシアン大きな手にどんどん余裕がなくなってくる。
「少し熱いかな……。寒気とか、怠さとかある……?」
心配してくれているだけなのは分かっている。だが、こんなに好きな人に近づかれては、ルースレアはまともな思考ができない。
ふわりと爽やかな香りが鼻をくすぐったのを最後に、彼女の視界は真っ白になったのだった。
◇
なにを、していたのか。
ふと意識が浮上したルースレアはそんなことをぼんやりと考えた。ゆっくりとまぶたを上げてみると、赤い物が視界に入る。それがなにか分からなくてじっと見つめているうちに、ゆっくりと記憶が蘇ってきた。
そしてとうとうシアンの目の前で気を失ったことを思い出す。ずっと視界に見えていたのが馬車の赤い椅子だと気づく。それから、今自分の頭が置かれているのが椅子の上ではないことにも気づいた。
「……起きた?」
優しい声が近くで聞こえ、ルースレアは飛び起きた。いきなり動いたせいか、驚いたように目を見開いたシアンと目が合う。
「気を失ったから驚いたけど……体調はどう?」
こてんと首を傾げた彼に申し訳なくなりながら、ルースレアは大丈夫だと伝えるように首を何度も縦に振った。
そもそも体調が悪いわけではなくシアンとの近い距離とふれあいに限界を迎えただけだ。気を失ったことや、膝枕をされていたことが恥ずかしくて、熱くなっていく頬を隠すようにルースレアは俯いた。
「大丈夫そうならよかった。医者を呼ぼうかと思ったのだけど、君の侍女に少し休めば大丈夫だろう、って言われて……」
長年の付き合いの侍女には体調が悪くて気を失ったわけではないことが筒抜けだったようだ。
……そういえば、そのミューラはどこに行ったのだろう。シアンの執事も見当たらない。
馬車の中を見回していると、彼女の疑問に気づいたのかシアンが答えてくれる。
「侍女たちなら先に屋敷に戻ってるよ」
気を失っているうちに屋敷についていたようだ。窓の外へ視線を移すと、たしかに見慣れた屋敷が見えた。そしてそれと同時に、今にも噛みつきそうな顔つきでこちらを見ている兄のクロウの姿も見えてしまった。
見なかったことにしたいが、しびれを切らした兄が突撃してきたらシアンに申し訳ない。
「……お兄さん、すごい形相だね」
シアンにも見えたらしい。彼は小さく息を吐いて、ルースレアより先に馬車を降りて手を差し出した。
せっかく二人きりだったのに、と残念な気持ちを抱きつつその手を取って馬車を降りる。
「……次に会えるのは王都になると思う。また少しの間、手紙のやりとりになるけどごめんね」
ルースレアはゆっくりと頷く。次に会えるのは王都。その言葉が嬉しくもあり、寂しくもある。
領主の家系の婚約は王族の前で交わすのがしきたりなのだ。領主の義務であり、それを行わなければ正式な婚約者になれない。だから、シアンは次は王都で会おうと言ったのだ。
「それじゃあ、またね……」
最後にルースレアの手に口づけを落として、シアンは今しがた降りたばかりの馬車に乗り込んだ。いつの間にか近くに控えていた彼の執事が礼をして、馬車は遠ざかって行く。
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