20 / 54
婚約式3
しおりを挟む
「……婚約式、緊張した?」
豪華なシャンデリアが眩しいな、と考えているとシアンに話を振られ、そちらに視線を向ける。
問いには頷いて肯定を示した。
「僕も、緊張した……」
へにょり、とシアンの耳と尻尾が垂れる。表情は変わらないが疲れているのが見て取れた。
ルースレアとは違い、社交界にも顔を出している彼でもやはり国王の前では緊張するらしい。結婚すれば、自分もこれまでとは違って社交界にも参加することになるだろうし、王族とも顔を合わせる機会が増えるだろう。
今後のことを考え不安を感じていると、シアンがこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「ブローチ、つけてくれたんだ」
シアンの言葉にルースレアは自分の胸元に視線を向ける。婚約式は装飾のないシンプルな服装でなければならない決まりがあるが、婚約者から贈られたものや自分の領地のものなら身につけていいことになっている。もちろん、過度な装飾でなければ、だが。
シアンからの贈り物を付けない理由はない。真っ白なドレスに優しい色を添えているブローチから彼に視線を移して、ルースレアはにっこりと笑って頷いた。
「ありがとう」
ふにゃり、とシアンの表情が崩れる。本当に嬉しそうなその顔にルースレアの尻尾が左右に揺れた。
前を歩く両親たちが優しく見守っていることにも気づかない二人は、穏やかな雰囲気で会話を楽しんでいる。ゆっくりと唇を動かし身振り手振りで話すルースレアに、相槌を打ちながら静かに聞くシアン。二人の間には病の不便さなどなく、普通の恋人同士のようだ。
猫族と犬族、獣族返り、それらの壁を感じさせないルースレアとシアンの姿は城の使用人たちを驚かせた。
本人たちだけがそのことに気づくことなく、ただただ婚約者との会話を楽しむのであった。
◇
どれくらい歩いただろうか。シアンとのおしゃべりが楽しくてあっという間に感じてしまう。騎士団長に目的地についたと告げられ、ルースレアはそんなことを考えた。
連れてこられたのは第二王子ルナシークの執務室らしい。屋敷にも父や兄の執務室があるが、さすがに王子の執務室となると扉のサイズから違った。
扉の片側には銀色の獅子が空を見上げるように描かれ、もう片側には太陽と月が重なったようなものが描かれている。
重そうな扉を眺めていると、騎士団長がノックをする。少しして内側から扉が少し開き、おそらく王子の執事であろう男性が顔を覗かせた。
「猫族と犬族の領主様たちをお連れしました」
「はい。殿下から話は聞いております。中へどうぞ」
扉が大きく開き、ルースレアは緊張から深く息を吐き出した。そんな彼女を気遣うようにシアンがそっと背に手を添える。そのおかげか、体から少し力が抜けた。
両親の後に続いて入室すると、銀色に輝く美しい髪をした男性が口元だけに笑みを浮かべた。その人物こそ第二王子だと気づき、ルースレアは慌てて礼をする。
「そんなに堅苦しくしなくてもいい。両家ともソファに腰掛けてくれ」
向かい合ったソファーはどんな種族でも座れるように大きな物だ。王子の執事に案内されるがまま、ルースレアはソファに腰掛ける。犬族と猫族で向かい合うように座り、ルナシークは執務机の椅子に腰掛けた。
「さて、まずは婚約おめでとう」
ギシッ、と背もたれに体を預けながら王子がそう告げる。それにアルフレットとネイアスが深く頭を下げた。
「この度は機会を与えてくださりありがとうございます」
「……機会と言っても、俺は政策のために提案しただけだ。正直、アルフレット殿には断られると思っていたが」
ルースレアへの深い愛情から、王子の提案であっても断ってしまうこともあり得たので、ルナシークの言葉にアルフレットは口を閉じた。
「まぁ、お互いにいい結果が出たようで、なによりだな」
「……はい」
「この婚約は大きな意味を持つ。病への偏見を減らすと同時にその原因の改善の意味も含む。俺の政策のはじめの一歩だ」
そう言ってルナシークは笑った。
病の原因、という言葉に引っかかったが、すぐに表情を引き締めた王子に一気に空気が張り詰め、疑問は頭から抜け落ちてしまった。
緊張からルースレアは思わず生唾を飲み込む。さすが獅子族、そして王族だ。本能が逆らってはいけないと警鐘を鳴らしている。
「……数年前から両病の者たちが不自然に失踪することが増えている。赤子から大人まで。親族は揃って口を噤むが……おそらく人身売買が行われている」
この国では差別の対象になっていて、他国では重宝されている獣族返りと人族返り。子供を捨てる親も少なくないこの国の現状を考えるに、親が進んで子を売っていてもおかしくはない。
そう考え、ルースレアの背がゾクリとする。自分は恵まれているだけなのだと、実感が湧き上がった。
「国でも孤児院を作り、身寄りのない子を受け入れるようにはしているが、それだけでは根本的な解決にはならない。差別をなくし病への理解を広めなければ、風通しはよくならないだろう」
それはかなり難しいことだ。差別はそう簡単にはなくならない。王族が命令したところで、人々の認識が一新されるわけではないのだから。
「誰がどのようにして行っているかはつかめていない。が、まず間違いなく領主も一枚噛んでいるはずだ」
この国には東西南北に関所がある。他国からの入国や出国などが厳しくチェックされ、違法な薬物や危険物などの持ち込みを禁止しているのだ。
そこを通る以外にはかなり危険な道が数本あるだけな上に、それぞれ領地の警備が配置されている。病人を秘密裏に運び出すにはまず無理だ。
となれば当然、売買人は関所を利用していることになる。そこを管理している領主もそれに関与していると、王族は考えているのだ。
豪華なシャンデリアが眩しいな、と考えているとシアンに話を振られ、そちらに視線を向ける。
問いには頷いて肯定を示した。
「僕も、緊張した……」
へにょり、とシアンの耳と尻尾が垂れる。表情は変わらないが疲れているのが見て取れた。
ルースレアとは違い、社交界にも顔を出している彼でもやはり国王の前では緊張するらしい。結婚すれば、自分もこれまでとは違って社交界にも参加することになるだろうし、王族とも顔を合わせる機会が増えるだろう。
今後のことを考え不安を感じていると、シアンがこちらをじっと見つめていることに気がついた。
「ブローチ、つけてくれたんだ」
シアンの言葉にルースレアは自分の胸元に視線を向ける。婚約式は装飾のないシンプルな服装でなければならない決まりがあるが、婚約者から贈られたものや自分の領地のものなら身につけていいことになっている。もちろん、過度な装飾でなければ、だが。
シアンからの贈り物を付けない理由はない。真っ白なドレスに優しい色を添えているブローチから彼に視線を移して、ルースレアはにっこりと笑って頷いた。
「ありがとう」
ふにゃり、とシアンの表情が崩れる。本当に嬉しそうなその顔にルースレアの尻尾が左右に揺れた。
前を歩く両親たちが優しく見守っていることにも気づかない二人は、穏やかな雰囲気で会話を楽しんでいる。ゆっくりと唇を動かし身振り手振りで話すルースレアに、相槌を打ちながら静かに聞くシアン。二人の間には病の不便さなどなく、普通の恋人同士のようだ。
猫族と犬族、獣族返り、それらの壁を感じさせないルースレアとシアンの姿は城の使用人たちを驚かせた。
本人たちだけがそのことに気づくことなく、ただただ婚約者との会話を楽しむのであった。
◇
どれくらい歩いただろうか。シアンとのおしゃべりが楽しくてあっという間に感じてしまう。騎士団長に目的地についたと告げられ、ルースレアはそんなことを考えた。
連れてこられたのは第二王子ルナシークの執務室らしい。屋敷にも父や兄の執務室があるが、さすがに王子の執務室となると扉のサイズから違った。
扉の片側には銀色の獅子が空を見上げるように描かれ、もう片側には太陽と月が重なったようなものが描かれている。
重そうな扉を眺めていると、騎士団長がノックをする。少しして内側から扉が少し開き、おそらく王子の執事であろう男性が顔を覗かせた。
「猫族と犬族の領主様たちをお連れしました」
「はい。殿下から話は聞いております。中へどうぞ」
扉が大きく開き、ルースレアは緊張から深く息を吐き出した。そんな彼女を気遣うようにシアンがそっと背に手を添える。そのおかげか、体から少し力が抜けた。
両親の後に続いて入室すると、銀色に輝く美しい髪をした男性が口元だけに笑みを浮かべた。その人物こそ第二王子だと気づき、ルースレアは慌てて礼をする。
「そんなに堅苦しくしなくてもいい。両家ともソファに腰掛けてくれ」
向かい合ったソファーはどんな種族でも座れるように大きな物だ。王子の執事に案内されるがまま、ルースレアはソファに腰掛ける。犬族と猫族で向かい合うように座り、ルナシークは執務机の椅子に腰掛けた。
「さて、まずは婚約おめでとう」
ギシッ、と背もたれに体を預けながら王子がそう告げる。それにアルフレットとネイアスが深く頭を下げた。
「この度は機会を与えてくださりありがとうございます」
「……機会と言っても、俺は政策のために提案しただけだ。正直、アルフレット殿には断られると思っていたが」
ルースレアへの深い愛情から、王子の提案であっても断ってしまうこともあり得たので、ルナシークの言葉にアルフレットは口を閉じた。
「まぁ、お互いにいい結果が出たようで、なによりだな」
「……はい」
「この婚約は大きな意味を持つ。病への偏見を減らすと同時にその原因の改善の意味も含む。俺の政策のはじめの一歩だ」
そう言ってルナシークは笑った。
病の原因、という言葉に引っかかったが、すぐに表情を引き締めた王子に一気に空気が張り詰め、疑問は頭から抜け落ちてしまった。
緊張からルースレアは思わず生唾を飲み込む。さすが獅子族、そして王族だ。本能が逆らってはいけないと警鐘を鳴らしている。
「……数年前から両病の者たちが不自然に失踪することが増えている。赤子から大人まで。親族は揃って口を噤むが……おそらく人身売買が行われている」
この国では差別の対象になっていて、他国では重宝されている獣族返りと人族返り。子供を捨てる親も少なくないこの国の現状を考えるに、親が進んで子を売っていてもおかしくはない。
そう考え、ルースレアの背がゾクリとする。自分は恵まれているだけなのだと、実感が湧き上がった。
「国でも孤児院を作り、身寄りのない子を受け入れるようにはしているが、それだけでは根本的な解決にはならない。差別をなくし病への理解を広めなければ、風通しはよくならないだろう」
それはかなり難しいことだ。差別はそう簡単にはなくならない。王族が命令したところで、人々の認識が一新されるわけではないのだから。
「誰がどのようにして行っているかはつかめていない。が、まず間違いなく領主も一枚噛んでいるはずだ」
この国には東西南北に関所がある。他国からの入国や出国などが厳しくチェックされ、違法な薬物や危険物などの持ち込みを禁止しているのだ。
そこを通る以外にはかなり危険な道が数本あるだけな上に、それぞれ領地の警備が配置されている。病人を秘密裏に運び出すにはまず無理だ。
となれば当然、売買人は関所を利用していることになる。そこを管理している領主もそれに関与していると、王族は考えているのだ。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】契約結婚のはずが、冷酷な公爵の独占欲が強すぎる!?
22時完結
恋愛
失われた信頼を取り戻し、心の壁を崩していく二人の関係。彼の過去に迫る秘密と、激しく交錯する感情の中で、愛を信じられなくなった彼は、徐々にエリーナに心を開いていく。
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
獣人族の彼にマタタビを渡したところ、キャラが崩壊しました。
piyo
恋愛
人間族のルル・クーガーは文化祭の景品でマタタビを手に入れる。使い所が無いそれを、同じクラスの獣人族グエン・イエルが偶然にも摂取してしまい、その後のイエルの態度が急変する。
ええと、あなたは本当にあのイエル君ですか?
獣人族の彼が、好きな子にニャンニャンする話です。
※他サイトにも投稿
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる