獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

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結婚に向けて6

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 どれくらいそうして一緒に月を眺めていたのだろう。不意に肩に重みを感じてそちらに顔を向ける。ふわっとした毛が顔に当たって少しくすぐったい。
 ピクリと動いた耳を避けつつ、シアンを見るときれいなオッドアイの瞳はまぶたで閉じられていた。
 一段と近い距離に心臓がいつもより大きく音を鳴らすのを感じたが、それも次第に落ち着いていく。起きているときはこんなにも見つめることができないので、せっかくだからとじっくりと見つめる。
 長いまつげも髪とお揃いで三毛なのね、などと思っていると、すっと音もなく執事が近づいてきた。

「お嬢様、いかがなさいますか? わたくしがお運びいたしましょうか?」

 起こさないように配慮した小さな声で執事がそう訪ねてくる。父の執事は犬族の中でも体が大きい。護衛も兼ねているため、力もある。シアンは華奢な方だし、彼なら簡単に運べるだろう。
 だけど、とためらうのは今の時間が惜しく感じるだ。
 もう少しだけ、と唇を動かすとすぐに執事は下がっていった。

「んん……」

 自分より滑らかな肌が素直に羨ましくて、無意識に手を伸ばしてしまった。すぐにシアンの目が開いて、すっとオッドアイがこちらを見る。

「ごめん……、眠ってしまった」

 シアンの頬に指先を触れさせたまま、ルースレアは固まる。どうしようかと黒色の瞳をあちこち彷徨わせていると、ふと離れて立つ執事と目が合う。執事はなにを思ったのかしーっと唇に人差し指を当て、くるりとこちらに背を向けた。
 要するに今からなにがあっても自分は見ていないから、主人のアルフレットに報告することはない、ということだ。

「ルースレア嬢……?」

 白い手袋に包まれた手が自分の手に触れて、ルースレアは呪縛を解かれたかのように慌てて頬に触れていた指を離した。

「もっと触れていてくれても良かったのに……」

 ゆっくりと体を起こしルシアンがぐっと伸びをする。それからなぜか自分の手を見つめ始めた。ルースレアも白い手袋に包まれた手を見つめるが、特になにかあるようには見えない。

「手袋を常に身につけているのって……面倒だね」

 ふう、とため息をついてシアンがルースレアを見る。

「……はじめてそう思ったよ。自分から触れたいって思うことはなかったから」

 そう言ってするりと白い手袋を外すと、その手でルースレアの頬を撫でた。少しひんやりとした彼の手にドキドキと早くなる鼓動を抑えることができない。

「……執事は見てないし、少しくらいならいいかな……?」

 背を向けたままの執事にちらりと視線を投げてシアンが小さく呟く。するりと彼の指先が自分の唇を撫で、ルースレアの全身が燃えるように熱くなるのを感じた。
 甘い誘惑だ。ルースレアだって一人の女性。好きな男性からの秘めやかな誘いに心が揺るがないなんてことはない。だが、彼女はゆっくりと首を振った。
 胸が高鳴るどころか爆発してしまいそうなのに、誘惑に乗るなんてできるはずもない。

「……ごめん、困らせたね。少し……寝ぼけていたかも」

 近かった距離が離れ、大きな手が優しく頭を撫でてくれた。空気が緩んで、ゆっくりと体から熱が引いていく。
 シアンは軽く頭を振ってベンチから立ち上がった。

「もう屋敷に戻ろう」

 すっと差し出された手を取ってルースレアは立ち上がる。少し乱れたドレスを片手で整え、シアンと共に屋敷へと戻る。
 それなりに時間が経っていたせいか、ダイニングでは飲み過ぎて酔いつぶれた父がぐっすりと眠っていた。

「おかえり。昔から酒に弱いのは変わっていないようだ」
「部屋にお運びしないのですか?」
「ははっ、どうせ起きても酒を求めるさ。それより、アルフレットは私に任せてルースレア嬢はもう休むといい。シアン、部屋まで送って差し上げなさい」
「はい」
「それでは、おやすみ。ルースレア嬢」

 ネイアスの挨拶に淑女の礼で返し、ルースレアはシアンの案内で部屋へと向かう。散歩のときに着いてきていた執事は父の元に残してきた。

「ここだよ」
「……お待ちしておりました」

 案内された部屋には、食事の時に紹介されたメイドが二人控えていた。

「それでは、おやすみ」

 おやすみなさい、と唇を動かしてシアンを見送る。
 今日はじめて会ったばかりのメイドと三人きりというのを改めて意識して、人見知りのルールレアは緊張してきた。
 ゆっくりと呼吸をして気持ちを落ち着ける。

「ルースレア様、お風呂の準備が整っております、こちらに」
「お着替えも用意してあります!」

 二人に頷き、ルースレアはゆっくりと部屋に備え付けられているバスルームへと向かう。
 いい香りのするお湯に浸かり、ベッドに入ると途端に眠気に襲われた。

「おやすみなさいませ、ルースレア様」

 フランのその声を最後にゆったりとルースレアは眠りへと落ちていったのだった。
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