獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

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虎は犬を嫌う1

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 ルナシーク主催の夜会当日、大広間にはすでに領主たちが集まり歓談をしていた。話に上がるのはもっぱらシアンとルースレアの婚姻についてだ。

「ほんと、王家もなにを考えていらっしゃるやら」

 不満げな声色で呟いたのは虎族領主の娘ビアンナだ。自慢の白い尻尾を不機嫌に揺らす彼女に、豹族の娘が頷いて同意を示す。

「ビアンナ様のおっしゃる通りですわ。シアン様のような方に社交もまともにできない病気持ちと結婚させるなんて……!」
「不快……本当に不快だわ。犬なんて吠えてうるさいだけじゃない」

 手に持った扇をギリギリと握りしめる。
 シアンのことが好きだったビアンナにとって、今回の婚姻は寝耳に水の話だった。
 種族が違うからと諦めていたというのに……突然現れた女が掻っ攫っていったのだ。面白いわけがない。

「異種族ならばビアンナ様の方がお似合いですのに」
「当然よ。私は虎族のダイヤですもの」

 艷やかな白い髪に手入れの行き届いた耳と尻尾。つま先まで磨き上げた美貌と虎族としては珍しい白の色彩を持つ彼女は、ダイヤに例えられることが多い。
 ビアンナ自身もその例えは自分に相応しいと気に入っている。

「……見てくださいまし、ビアンナ様。噂をすれば……」

 それまで歓談の声で満ちていた会場がシンと静まり返る。
 ビアンナが入場口に視線を移すと、シアンと……彼にエスコートされる女性が目に入った。闇色のドレスは隣を歩く夫と揃えたのだろう。
 今まで社交にも出てこないような控えめな令嬢ならきっと会場の雰囲気に呑まれておどおどと尻尾を巻いて怯えるに違いない。
 ――そう思っていのに。

「……気に入らないわ」

 一度も視線を下げることなく、怯えたように耳を垂らしたり尻尾を巻いたりすることもなく。
 シアンの妻となったルースレアは凛とした佇まいでルナシークへ挨拶に向い、ビアンナからは姿が見えなくなった。

「ビ、ビアンナ様」
「……あら、わたくしったら……」

 バキッという音がして手元に視線を落とすと、扇が折れていた。隣の豹族の娘が少し怯えた様子を見せる。

「ねぇ、あなたのと取り替えてくださる?」
「え? こ、これは母から貰った大切な……」
「あら、聞こえなかったわ」

 黄金の目を見開いてゆっくりと話すビアンナに豹族の娘はビクリと体を震わして、そっと自分の扇を彼女に渡した。

「それでいいのよ。……さて、わたくしも挨拶に参りましょうか」

 すっと人ごみを抜けてルナシークへの挨拶を終えたルースレアの前に出た。シアンは少し離れた場所でまだ王子や他の領主と話している最中で、彼女は一人でいる。
 誰もが遠巻きに見ているだけだったので、簡単に前に出ることができた。

「ごきげんよう。お名前をお聞きしてもいいかしら。わたくしったら社交界は長いのですが……あなた様のことは知らなくって」

 もちろん名前くらいは知っている。社交界に出たこともないルースレアを馬鹿にしているだけだ。

「ビアンナ様、いけませんわ。この方、話せませんもの」

 調子を取り戻したのか豹族の娘が横からそう告げる。

「あら、やだ……わたくしったら。失礼しましたわ」

 まったく悪いなどと思っていない謝罪がビアンナの赤い唇から溢れる。話せないルースレアがどう出るのかと、扇を広げて歪んだ口元を隠して見た。
 あからさまな侮辱にルースレアは……ただ一度、美しく微笑んだ。周囲の男性がほぅとため息をつく。
 それが気に食わなくて、ギリッと奥歯を噛み締める。

「……手が、滑りましたわ」

 カラン、とビアンナの手から扇が滑り落ちる。ルースレアの前に落ちたそれを指さしながら、威圧的に声を発した。

「それ拾っていただけます? 咥えて取ってこいはお得意でしょう? わんちゃん?」

 さあ、傷つき震えてしまえ、とビアンナは周囲がゾッとする笑みを浮かべる。自分の好きな男に手を出した方が悪いのだ。
 足元に落ちている扇をじっと見ていたルースレアが動く。

「は、はい? どうされましたか?」

 近くを通った給仕を引き留めたルースレアは、落ちている扇を指さした。

「ああ、はい。こちらでございますね」

 意図をくんだ給仕がすっと扇を拾いあげルースレアへと渡す。余計なことを、と給仕を睨みつけると、そそくさといなくなった。
 小さく舌打ちをしてルースレアへと視線を戻すと、彼女は扇をビアンナではなく豹族の娘へと手渡した。

「は?」

 それからドレスの端を摘んで一切の乱れなく礼をする。今度は女性たちも所作の美しさに感嘆の声を漏らした。
 そしてルースレアはその場から立ち去っていき、残されたビアンナは怒りで肩を震わせる。
 去り際に憎たらしい女が鼻を指さしていたのが見えた。

「憎たらしい……! 犬だけあって鼻が利くとでもいいたいのかしら……!」

 扇がビアンナのものではないことを嗅ぎ分けたうえで元の持ち主に返したということだ。
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