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虎は犬を嫌う2
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著しく気分を害したビアンナは近くの給仕からワインを乱暴に奪うと、ぐっと一気に煽る。
ルースレアに完敗した自分をせせら笑うような声が耳に入り、そちらを黄金の瞳で睨みつけた。
「気に食わない……。最悪な気分」
「ビ、ビアンナ様、あんな女なんか放っておきましょう? どうせそのうち自分で恥を見せますわ。社交界は甘くないですもの」
なだめるように豹族の娘が話しかけてくる。それを横目で見ながら鼻で笑う。
「あなたとは縁を切りますわ。もう二度とわたくしに気安く話しかけないでちょうだい」
「ビアンナ様……!?」
自分で恥を見せる? ビアンナの意地悪に完璧に対応し、一言も話すことなく周囲の印象を変えた女が?
ビアンナは冷たく豹族の娘を切り捨てその場を去る。
そもそも別に友人だとも思っていない。ただ種族が近しく不快になることがなかったから側にいることを許していたに過ぎないのだ。
「このわたくしをつまらない言葉で慰めようなんて不快ですわ」
ルースレアも豹族も自分を笑うやつらもすべてこの場には不快なものばかり。もう夜会にいる理由もない。
ビアンナはさっさと会場を後にする。あのまま不快な気持ちでいたら、その辺りのやつらのど元を掻っ切って憂さ晴らしをしてしまいそうだった。
「そこのあなた。虎族の馬車をすぐに呼びなさい」
「かしこまりました」
ルナシーク主催の夜会で殺傷事件など当然起こせはしないし、それならばさっさと領地に帰って不快な気持ちを発散させたほうがいい。
「到着いたしました」
黄金の細工が至る所に施された馬車が目の前に止まり、御者が扉を開く。御者の手を借りて馬車のステップに足を乗せたところで、ビアンナは顔をしかめた。
「おや、お早いお帰りで」
「……なんで、あんたがこんなところにいるのかしら」
馬車には先客がいたのだ。
短い茶髪に赤色の瞳。背中には茶色の翼が一つ。父の取引相手でもあるこの男はビアンナもよく知っていた。
「まあまあ、なんでもよろしいではありませんか。それより扉を閉めていただいても? あまり目立ちたくありませんので」
「……ふん」
「ありがとうございます、お嬢様」
馬車に乗り込んで男とは反対側に座ると扉が閉められた。それから少しして馬車が動き出す。
「……そうだわ」
「はい? どうかされましたか?」
ふといいことを思いついて同乗者の男に視線を向ける。足を組んで偉そうにくつろぐ様子にいささか苛つきながらも、ビアンナは口を開いた。
「領地に帰ったら活きがいいのを一、二匹よこしなさい」
「おや、どうされるので?」
「決まってるじゃない。いたぶるのよ。夜会は不快なことばかりでストレスが溜まりましたの。ほら、ストレスは美容の敵と言いますでしょう……?」
残酷な笑みを浮かべるビアンナに男は赤い瞳を細める。それから肩を竦めて頷いた。
「承知いたしました。旦那様にはお世話になっていますのでね」
「ふふっ、それでいいのよ」
「……して、お嬢様」
「なによ」
従順な男に少しイラつきが収まる。どうやって遊ぶのがいいかしら、と領地に帰ってからのことを考えていると男が話しかけてきた。
なんのようだと黄金の瞳をそちらに向ける。
「今回の夜会に獣族返りのご令嬢がいたとか」
男の言葉に一気に不快さが戻ってきて、真っ白な美しい尻尾を椅子に叩きつけた。
そんなビアンナを意にも返さず男は返答を待っている。
「……ええ、いましたわ。とびきり不快な女が」
「お話でもされたので?」
「はっ、病持ちが話せるわけないじゃない。ちょっとイタズラしてやっただけよ」
「……なるほど」
なにか考え込む男から窓の外へと視線を移す。馬車に乗っていたのがシアンだったらどれほどよかったことか。
彼のことを考えると胸が苦しくなる。あの女さえいなければ自分が隣に立っていられたかもしれないのに。
「……お嬢様、ぜひ協力していただきたいことがあるのですが」
「わたくしは今とても機嫌が悪いの。のこりの一翼ももがれたくなければいい加減、口を閉じていてはいかが? 鳥を狩るのなんて簡単なのよ」
ギラリと黄金の瞳が輝く。この男を殺すのは父に怒られるが、羽をもぐぐらいならば許してくれるだろう。
そんなビアンナに対して特に怯える様子もなく、男は話を続けた。
「お嬢様にとって目障りな女について協力をしてほしいのですよ」
「なんですって……?」
「私の仕事はご存知でしょう? 領主の血筋はぜひとも欲しいのですよ」
「……へぇ?」
男の仕事がなにかビアンナも知っている。この男の提案に乗るのは彼女にとっても利益になりそうだと判断する。
「いいわ、詳しく聞かせなさい。ザヴァン」
梟と虎が笑い合う。お互いの悪意を一人の女性に向けながら――――……
ルースレアに完敗した自分をせせら笑うような声が耳に入り、そちらを黄金の瞳で睨みつけた。
「気に食わない……。最悪な気分」
「ビ、ビアンナ様、あんな女なんか放っておきましょう? どうせそのうち自分で恥を見せますわ。社交界は甘くないですもの」
なだめるように豹族の娘が話しかけてくる。それを横目で見ながら鼻で笑う。
「あなたとは縁を切りますわ。もう二度とわたくしに気安く話しかけないでちょうだい」
「ビアンナ様……!?」
自分で恥を見せる? ビアンナの意地悪に完璧に対応し、一言も話すことなく周囲の印象を変えた女が?
ビアンナは冷たく豹族の娘を切り捨てその場を去る。
そもそも別に友人だとも思っていない。ただ種族が近しく不快になることがなかったから側にいることを許していたに過ぎないのだ。
「このわたくしをつまらない言葉で慰めようなんて不快ですわ」
ルースレアも豹族も自分を笑うやつらもすべてこの場には不快なものばかり。もう夜会にいる理由もない。
ビアンナはさっさと会場を後にする。あのまま不快な気持ちでいたら、その辺りのやつらのど元を掻っ切って憂さ晴らしをしてしまいそうだった。
「そこのあなた。虎族の馬車をすぐに呼びなさい」
「かしこまりました」
ルナシーク主催の夜会で殺傷事件など当然起こせはしないし、それならばさっさと領地に帰って不快な気持ちを発散させたほうがいい。
「到着いたしました」
黄金の細工が至る所に施された馬車が目の前に止まり、御者が扉を開く。御者の手を借りて馬車のステップに足を乗せたところで、ビアンナは顔をしかめた。
「おや、お早いお帰りで」
「……なんで、あんたがこんなところにいるのかしら」
馬車には先客がいたのだ。
短い茶髪に赤色の瞳。背中には茶色の翼が一つ。父の取引相手でもあるこの男はビアンナもよく知っていた。
「まあまあ、なんでもよろしいではありませんか。それより扉を閉めていただいても? あまり目立ちたくありませんので」
「……ふん」
「ありがとうございます、お嬢様」
馬車に乗り込んで男とは反対側に座ると扉が閉められた。それから少しして馬車が動き出す。
「……そうだわ」
「はい? どうかされましたか?」
ふといいことを思いついて同乗者の男に視線を向ける。足を組んで偉そうにくつろぐ様子にいささか苛つきながらも、ビアンナは口を開いた。
「領地に帰ったら活きがいいのを一、二匹よこしなさい」
「おや、どうされるので?」
「決まってるじゃない。いたぶるのよ。夜会は不快なことばかりでストレスが溜まりましたの。ほら、ストレスは美容の敵と言いますでしょう……?」
残酷な笑みを浮かべるビアンナに男は赤い瞳を細める。それから肩を竦めて頷いた。
「承知いたしました。旦那様にはお世話になっていますのでね」
「ふふっ、それでいいのよ」
「……して、お嬢様」
「なによ」
従順な男に少しイラつきが収まる。どうやって遊ぶのがいいかしら、と領地に帰ってからのことを考えていると男が話しかけてきた。
なんのようだと黄金の瞳をそちらに向ける。
「今回の夜会に獣族返りのご令嬢がいたとか」
男の言葉に一気に不快さが戻ってきて、真っ白な美しい尻尾を椅子に叩きつけた。
そんなビアンナを意にも返さず男は返答を待っている。
「……ええ、いましたわ。とびきり不快な女が」
「お話でもされたので?」
「はっ、病持ちが話せるわけないじゃない。ちょっとイタズラしてやっただけよ」
「……なるほど」
なにか考え込む男から窓の外へと視線を移す。馬車に乗っていたのがシアンだったらどれほどよかったことか。
彼のことを考えると胸が苦しくなる。あの女さえいなければ自分が隣に立っていられたかもしれないのに。
「……お嬢様、ぜひ協力していただきたいことがあるのですが」
「わたくしは今とても機嫌が悪いの。のこりの一翼ももがれたくなければいい加減、口を閉じていてはいかが? 鳥を狩るのなんて簡単なのよ」
ギラリと黄金の瞳が輝く。この男を殺すのは父に怒られるが、羽をもぐぐらいならば許してくれるだろう。
そんなビアンナに対して特に怯える様子もなく、男は話を続けた。
「お嬢様にとって目障りな女について協力をしてほしいのですよ」
「なんですって……?」
「私の仕事はご存知でしょう? 領主の血筋はぜひとも欲しいのですよ」
「……へぇ?」
男の仕事がなにかビアンナも知っている。この男の提案に乗るのは彼女にとっても利益になりそうだと判断する。
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