44 / 54
治療薬の効果と悪意の夜会4
しおりを挟む
「すみません、突然泣いてしまって」
ずぴっと鼻を鳴らしながらファルが謝る。彼の隣に立つミリアが酷く心配そうな表情で背中を擦っていた。
「ありがとう、ミリア。……実は、私には人族返りの姉がいたんです。今はもう亡くなってしまったのですが。その姉に報いるためにここまで必死に研究を重ねてきました……」
「先生……」
「ああ、暗い話をしたいわけじゃないんです。ただ、ようやく多くの人を救えるようになるのだと、そう思ったらなんだか感極まってしまって」
へらりと笑うファルにも辛い過去があるようだ。それを糧にここまで頑張ってきた彼をルースレアは尊敬する。
ほぼ完治といってもいいまでに、成果を出したのだ。
「ミリアにも感謝してます。血液分析の魔法がなければもっと長い時間がかかっていたに違いありませんから」
「そ、そんな……もったいない言葉です。私を助けてくれたファル様の助けになるならどんなことでもできます」
「ありがとう、ミリア」
見つめ合って笑う二人にちょっとお邪魔かしら、などと考えたルースレアは立ち上がった。
「それでは先生、私はこれで失礼します」
「はい。またなにかあれば相談してください」
軽く礼をして温室を後にする。部屋まで戻ってくると、ミューラが銀のトレイを持ったまま難しい表情で立っていた。
「どうしたの? ミューラ」
「ルースレア様……お手紙なのですが……」
「もしかしてお父様たちから? こんなにも話せるようになったから、早く会いたいと思っていたの」
父たちも忙しい身のため、中々会うことが叶わなかったのだ。少し前に予定を尋ねる手紙を出したのでその返事だろうと思ったのだが――……
「いえ、アルフレット様からではごさいません」
すぐさま侍女に否定されてしまった。
では誰からだろう、と手紙を受け取り裏返してみる。
「これ……虎族の……」
夜会の日、ルースレアに嫌がらせをしてきた虎族の女性からだった。手紙の裏にはその女性……ビアンナの名前が書かれていた。
あの日あったことはミューラに話してあったので、先ほど難しい顔をしていたのだろう。
「……読んで見ましょう」
ナイフで開封し中身を取り出すと、思わず顔をしかめてしまうくらい強く香り付けされていた。
犬族で鼻がいいルースレアにとってこの匂いはきつ過ぎる。さっとハンカチを取り出して口元を押さえながら内容に目を通した。
「……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ルナシーク殿下主催の夜会での非礼を詫びたいから、今度虎族の屋敷で行なわれる夜会に招待したい、と」
気が進まない、と素直に思う。夜会で会った彼女は明らかに自分に敵意を持っていた。
強く睨みつけてくる黄金の瞳を思い出すと、ぶるりと体が震える。
「非礼を詫びる……ですか。挑戦状ではなく?」
「え、ええ。どうして?」
「この強すぎる香り、わざとだと思います。話を聞いた感じ、反省するような性格では無い気がしますし……」
どうしようかと悩んでいると、フランとメイリーが部屋に入ってきた。
「どうかされましたか?」
「実は虎族のビアンナ様からお茶会に誘われたの。でも気が進まなくて」
「あ、あの。ひ、ひとつの意見をいいですか?」
すっと控えめに手を上げたメイリーに、頷いて続きを促す。
「……虎族といいますと、北の関所を守護する一族です。隣国とも貿易が盛んで猫族の方にも交易品がよく流れてきます。お断りするは、あまりよくないかと……」
「わたくしもメイリーの意見に賛成ですわ。ビアンナ様は気がお強い方とお聞きしますし、断ると余計に面倒になる可能性もありますから」
侍女二人の言葉に再び手紙に視線を落とす。この強い香の匂いも挑発的なものだとしたら、たしかに断ると別の手段で絡んできそうだ。猫族の不利益になるようなことはルースレアもしたくはない。
「……そうね。手紙にはシアン様と一緒に、と書かれているし……行ってみることにするわ」
「ルースレア様! ご無理はしないほうがいいです!」
「心配してくれてありがとう、ミューラ。でも私はもう領主の妻ですもの、嫌な相手でも社交くらいはしないと」
不満そうな彼女に大丈夫だと笑いかけた。
虎族の領地まで距離があるので、何泊か宿に泊まることになる。となれば当然侍女は連れて行くことになるので、一緒に向かうということでミューラには納得してもらった。
「仕方ありません。遠出になりますし、あと一人侍女を連れて行くといいかもしれません」
「そうね……」
「それでしたらメイリーをぜひ。この子はあまり外を知らないので、よければ連れて行ってあげてください」
フランの提案でもう一人の侍女はメイリーに決定した。少し内気なところもあるが仕事は丁寧でいい侍女だ。
手紙に書かれている夜会の日のあたりはたしかシアンも仕事が少なかったはずなので調整してもらえるはず。とりあえず彼に話をしようとルースレアは部屋を後にしたのだった。
ずぴっと鼻を鳴らしながらファルが謝る。彼の隣に立つミリアが酷く心配そうな表情で背中を擦っていた。
「ありがとう、ミリア。……実は、私には人族返りの姉がいたんです。今はもう亡くなってしまったのですが。その姉に報いるためにここまで必死に研究を重ねてきました……」
「先生……」
「ああ、暗い話をしたいわけじゃないんです。ただ、ようやく多くの人を救えるようになるのだと、そう思ったらなんだか感極まってしまって」
へらりと笑うファルにも辛い過去があるようだ。それを糧にここまで頑張ってきた彼をルースレアは尊敬する。
ほぼ完治といってもいいまでに、成果を出したのだ。
「ミリアにも感謝してます。血液分析の魔法がなければもっと長い時間がかかっていたに違いありませんから」
「そ、そんな……もったいない言葉です。私を助けてくれたファル様の助けになるならどんなことでもできます」
「ありがとう、ミリア」
見つめ合って笑う二人にちょっとお邪魔かしら、などと考えたルースレアは立ち上がった。
「それでは先生、私はこれで失礼します」
「はい。またなにかあれば相談してください」
軽く礼をして温室を後にする。部屋まで戻ってくると、ミューラが銀のトレイを持ったまま難しい表情で立っていた。
「どうしたの? ミューラ」
「ルースレア様……お手紙なのですが……」
「もしかしてお父様たちから? こんなにも話せるようになったから、早く会いたいと思っていたの」
父たちも忙しい身のため、中々会うことが叶わなかったのだ。少し前に予定を尋ねる手紙を出したのでその返事だろうと思ったのだが――……
「いえ、アルフレット様からではごさいません」
すぐさま侍女に否定されてしまった。
では誰からだろう、と手紙を受け取り裏返してみる。
「これ……虎族の……」
夜会の日、ルースレアに嫌がらせをしてきた虎族の女性からだった。手紙の裏にはその女性……ビアンナの名前が書かれていた。
あの日あったことはミューラに話してあったので、先ほど難しい顔をしていたのだろう。
「……読んで見ましょう」
ナイフで開封し中身を取り出すと、思わず顔をしかめてしまうくらい強く香り付けされていた。
犬族で鼻がいいルースレアにとってこの匂いはきつ過ぎる。さっとハンカチを取り出して口元を押さえながら内容に目を通した。
「……はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ルナシーク殿下主催の夜会での非礼を詫びたいから、今度虎族の屋敷で行なわれる夜会に招待したい、と」
気が進まない、と素直に思う。夜会で会った彼女は明らかに自分に敵意を持っていた。
強く睨みつけてくる黄金の瞳を思い出すと、ぶるりと体が震える。
「非礼を詫びる……ですか。挑戦状ではなく?」
「え、ええ。どうして?」
「この強すぎる香り、わざとだと思います。話を聞いた感じ、反省するような性格では無い気がしますし……」
どうしようかと悩んでいると、フランとメイリーが部屋に入ってきた。
「どうかされましたか?」
「実は虎族のビアンナ様からお茶会に誘われたの。でも気が進まなくて」
「あ、あの。ひ、ひとつの意見をいいですか?」
すっと控えめに手を上げたメイリーに、頷いて続きを促す。
「……虎族といいますと、北の関所を守護する一族です。隣国とも貿易が盛んで猫族の方にも交易品がよく流れてきます。お断りするは、あまりよくないかと……」
「わたくしもメイリーの意見に賛成ですわ。ビアンナ様は気がお強い方とお聞きしますし、断ると余計に面倒になる可能性もありますから」
侍女二人の言葉に再び手紙に視線を落とす。この強い香の匂いも挑発的なものだとしたら、たしかに断ると別の手段で絡んできそうだ。猫族の不利益になるようなことはルースレアもしたくはない。
「……そうね。手紙にはシアン様と一緒に、と書かれているし……行ってみることにするわ」
「ルースレア様! ご無理はしないほうがいいです!」
「心配してくれてありがとう、ミューラ。でも私はもう領主の妻ですもの、嫌な相手でも社交くらいはしないと」
不満そうな彼女に大丈夫だと笑いかけた。
虎族の領地まで距離があるので、何泊か宿に泊まることになる。となれば当然侍女は連れて行くことになるので、一緒に向かうということでミューラには納得してもらった。
「仕方ありません。遠出になりますし、あと一人侍女を連れて行くといいかもしれません」
「そうね……」
「それでしたらメイリーをぜひ。この子はあまり外を知らないので、よければ連れて行ってあげてください」
フランの提案でもう一人の侍女はメイリーに決定した。少し内気なところもあるが仕事は丁寧でいい侍女だ。
手紙に書かれている夜会の日のあたりはたしかシアンも仕事が少なかったはずなので調整してもらえるはず。とりあえず彼に話をしようとルースレアは部屋を後にしたのだった。
4
あなたにおすすめの小説
不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。
猫宮乾
恋愛
再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。
【完結】契約結婚のはずが、冷酷な公爵の独占欲が強すぎる!?
22時完結
恋愛
失われた信頼を取り戻し、心の壁を崩していく二人の関係。彼の過去に迫る秘密と、激しく交錯する感情の中で、愛を信じられなくなった彼は、徐々にエリーナに心を開いていく。
獣人族の彼にマタタビを渡したところ、キャラが崩壊しました。
piyo
恋愛
人間族のルル・クーガーは文化祭の景品でマタタビを手に入れる。使い所が無いそれを、同じクラスの獣人族グエン・イエルが偶然にも摂取してしまい、その後のイエルの態度が急変する。
ええと、あなたは本当にあのイエル君ですか?
獣人族の彼が、好きな子にニャンニャンする話です。
※他サイトにも投稿
男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~
百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。
放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!?
大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる