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落ちる虎と猫1
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ルースレアとシアンがビアンナの主催する夜会へと出かけて少し経った頃。
屋敷にドルズが訪れていた。対応するのはまだ若い執事だ。熟年の執事は主人とともに虎族の領地へと赴いていて不在である。
「困ります、旦那様は今不在で……」
「ごほごほっ……。頼む、どの医者に見せても体調が良くならないのだ……」
「しかし……」
「ここには優秀な医者がいるだろう? 別に診てもらうくらい、いいじゃないか!」
中々思うように話が進まず、ドルズは苛々とし始めた。
「旦那様にドルズ様がお見えになっても、すぐにお帰りいただくようにと言われているのです……!」
「なにぃ!? お前は体調不良で医者に見せに来たものすら追い返すのか! シアン様がそう言ったのか!」
「い、いえ……あの……」
「ごほっ。医者に診てもらったらすぐに帰る。さっさと案内しろ!」
「で、ですが……」
はっきりとしない執事に苛つきが増していく。そもそも自分は猫族にとって領主の次に偉い立場だ。
ダリアに釘を刺されてからはシアンに第二夫人を勧めたくらいで大人しくしていたし、病気だと言っているのだから医者のところに案内くらいしてもいいだろう。そう考えながら小さくなる執事を怒鳴りつけようとしたとき、ふと聞いたことのある声が聞こえた。
「まあまあ。そんなに騒ぎ立ててどうなさったのですか?」
女の赤い唇が弧を描く。
やっと来たか、と内心思いながらドルズはふんっと鼻を鳴らした。
「フラン……」
「どうしたの? なにか困りごと?」
恋人同士かのように執事にそっと身を寄せフランが尋ねると、若い執事はでれでれと表情を崩す。
「ド、ドルズ様が体調が悪いから医者に診てもらいたいと……」
「まあ、そうなの。それならなぜ案内しないのかしら」
「旦那様に屋敷に入れるなと言われているんだ」
「……そう。でも、ご病気なんでしょう? もしここで追い返して症状が悪化なんてしたら……あなたに責任が取れるのかしら……?」
ねっとりと耳元で囁かれた言葉に執事はサァと顔色を悪くした。
そんな二人をなにも言わずに見ているドルズは内心呆れている。自分に話を持ちかけてきたときもそうだが、この女は男を手玉にとるのが上手なようだ。
「そ、そうだな。温室なら屋敷の中に招くわけじゃないし」
「ええ。安心して、私が案内するから」
「で、でもフラン……」
「ふふっ、いいのよ。私は奥様付きの侍女ですし、きっと事情を説明すれば奥様が庇ってくださるわ」
シアンとは違いルースレアは優しい。それは屋敷の者もすでに知っている。
これ以上ドルズの相手をするのも疲れていた執事はとうとう医者のもとに向うのを承諾した。
「では参りましょうか、ドルズ様」
「……ああ」
一度屋敷の外に出てその足で温室へと向かう。主人たちが出かけているせいか、屋敷全体が静かだ。
特になにか会話をすることもなく、温室に到着する。
中に入るとまとわりつくような湿気と温度にドルズは不快そうに眉間にしわを寄せた。
「ファル様、少々よろしいでしょうか?」
「ん? あなたはたしか……」
「奥様付きの侍女のフランですわ」
「今、奥様は外出中ではなかったでしょうか……」
温室の奥に置かれたテーブルでなにかしていたファルが振り返った。近くにはフードを目深にかぶった女もいる。
「今回、私は案内人ですわ。ドルズ様が体調が悪いようで、診てもらいたいのです」
「ドルズ様が……?」
なんとも疑わしそうな視線が向けられた。
この屋敷には失礼なやつしかいないのか、と憤慨しながらもなんとか表情を取り繕う。
「……分かりました。こちらへどうぞ」
「うむ」
椅子に座るとすぐにファルの診察が始まる。ドルズは大人しく指示に従いながら、慎重に様子を伺った。
「……うーん? 本当に体調が悪いのですか?」
「ああ。胸がムカムカして、腹立たしくて……本当に気分が悪いのだ」
「そうですか、そうなりますと……」
「だから、わしは邪魔な奴は消すことにしたんだ」
ファルが調薬のためにテーブルの方を向いた瞬間。
ドルズは素早く立ち上がり、彼の頭を鷲掴みにすると思い切りテーブルに叩きつけた。
大きな音がして物が散乱する。悲鳴を上げようとしたフードの女をフランが素早く気絶させた。
「お見事ですわ、ドルズ様」
「ふん。こんな回りくどいことをさせよって。これであの犬は消してくれるんだろうな?」
「もちろんですわ。この医者のせいで私たちも苦労していますの。奥様も大切な商品として私たちが手に入れますわ」
この女に持ちかけられた話はドルズにとって悪いものではなかった。
獣族返りや人族返りを闇取引で売り払っている奴隷商団。フランはその一員で目的は領主の血筋で獣族返りという希少な存在であるルースレアと、商売の邪魔になるファルだった。
今回ファルを捕らえるのを手伝えばドルズにとっても邪魔なルースレアを消してくれるといものだ。
「それではドルズ様、約束通り……移送に協力してくださいね」
「わかっている。こいつらを目的の場所に運ぶまでがわしの仕事だからな」
「感謝しますわ。ドルズ様は人脈も多く目的地まで最短でいけますわね」
「ふん……」
ドルズが頭から血を流しながら気絶しているファルを、フランがフードの女を担ぎ上げる。
そして、二人は屋敷から抜け出したのだった。
屋敷にドルズが訪れていた。対応するのはまだ若い執事だ。熟年の執事は主人とともに虎族の領地へと赴いていて不在である。
「困ります、旦那様は今不在で……」
「ごほごほっ……。頼む、どの医者に見せても体調が良くならないのだ……」
「しかし……」
「ここには優秀な医者がいるだろう? 別に診てもらうくらい、いいじゃないか!」
中々思うように話が進まず、ドルズは苛々とし始めた。
「旦那様にドルズ様がお見えになっても、すぐにお帰りいただくようにと言われているのです……!」
「なにぃ!? お前は体調不良で医者に見せに来たものすら追い返すのか! シアン様がそう言ったのか!」
「い、いえ……あの……」
「ごほっ。医者に診てもらったらすぐに帰る。さっさと案内しろ!」
「で、ですが……」
はっきりとしない執事に苛つきが増していく。そもそも自分は猫族にとって領主の次に偉い立場だ。
ダリアに釘を刺されてからはシアンに第二夫人を勧めたくらいで大人しくしていたし、病気だと言っているのだから医者のところに案内くらいしてもいいだろう。そう考えながら小さくなる執事を怒鳴りつけようとしたとき、ふと聞いたことのある声が聞こえた。
「まあまあ。そんなに騒ぎ立ててどうなさったのですか?」
女の赤い唇が弧を描く。
やっと来たか、と内心思いながらドルズはふんっと鼻を鳴らした。
「フラン……」
「どうしたの? なにか困りごと?」
恋人同士かのように執事にそっと身を寄せフランが尋ねると、若い執事はでれでれと表情を崩す。
「ド、ドルズ様が体調が悪いから医者に診てもらいたいと……」
「まあ、そうなの。それならなぜ案内しないのかしら」
「旦那様に屋敷に入れるなと言われているんだ」
「……そう。でも、ご病気なんでしょう? もしここで追い返して症状が悪化なんてしたら……あなたに責任が取れるのかしら……?」
ねっとりと耳元で囁かれた言葉に執事はサァと顔色を悪くした。
そんな二人をなにも言わずに見ているドルズは内心呆れている。自分に話を持ちかけてきたときもそうだが、この女は男を手玉にとるのが上手なようだ。
「そ、そうだな。温室なら屋敷の中に招くわけじゃないし」
「ええ。安心して、私が案内するから」
「で、でもフラン……」
「ふふっ、いいのよ。私は奥様付きの侍女ですし、きっと事情を説明すれば奥様が庇ってくださるわ」
シアンとは違いルースレアは優しい。それは屋敷の者もすでに知っている。
これ以上ドルズの相手をするのも疲れていた執事はとうとう医者のもとに向うのを承諾した。
「では参りましょうか、ドルズ様」
「……ああ」
一度屋敷の外に出てその足で温室へと向かう。主人たちが出かけているせいか、屋敷全体が静かだ。
特になにか会話をすることもなく、温室に到着する。
中に入るとまとわりつくような湿気と温度にドルズは不快そうに眉間にしわを寄せた。
「ファル様、少々よろしいでしょうか?」
「ん? あなたはたしか……」
「奥様付きの侍女のフランですわ」
「今、奥様は外出中ではなかったでしょうか……」
温室の奥に置かれたテーブルでなにかしていたファルが振り返った。近くにはフードを目深にかぶった女もいる。
「今回、私は案内人ですわ。ドルズ様が体調が悪いようで、診てもらいたいのです」
「ドルズ様が……?」
なんとも疑わしそうな視線が向けられた。
この屋敷には失礼なやつしかいないのか、と憤慨しながらもなんとか表情を取り繕う。
「……分かりました。こちらへどうぞ」
「うむ」
椅子に座るとすぐにファルの診察が始まる。ドルズは大人しく指示に従いながら、慎重に様子を伺った。
「……うーん? 本当に体調が悪いのですか?」
「ああ。胸がムカムカして、腹立たしくて……本当に気分が悪いのだ」
「そうですか、そうなりますと……」
「だから、わしは邪魔な奴は消すことにしたんだ」
ファルが調薬のためにテーブルの方を向いた瞬間。
ドルズは素早く立ち上がり、彼の頭を鷲掴みにすると思い切りテーブルに叩きつけた。
大きな音がして物が散乱する。悲鳴を上げようとしたフードの女をフランが素早く気絶させた。
「お見事ですわ、ドルズ様」
「ふん。こんな回りくどいことをさせよって。これであの犬は消してくれるんだろうな?」
「もちろんですわ。この医者のせいで私たちも苦労していますの。奥様も大切な商品として私たちが手に入れますわ」
この女に持ちかけられた話はドルズにとって悪いものではなかった。
獣族返りや人族返りを闇取引で売り払っている奴隷商団。フランはその一員で目的は領主の血筋で獣族返りという希少な存在であるルースレアと、商売の邪魔になるファルだった。
今回ファルを捕らえるのを手伝えばドルズにとっても邪魔なルースレアを消してくれるといものだ。
「それではドルズ様、約束通り……移送に協力してくださいね」
「わかっている。こいつらを目的の場所に運ぶまでがわしの仕事だからな」
「感謝しますわ。ドルズ様は人脈も多く目的地まで最短でいけますわね」
「ふん……」
ドルズが頭から血を流しながら気絶しているファルを、フランがフードの女を担ぎ上げる。
そして、二人は屋敷から抜け出したのだった。
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