公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜

しましまにゃんこ

文字の大きさ
1 / 3

第一話 君、猫は好き?

しおりを挟む
 ◇◇◇

「君、猫は好き?」
 突然背後から声をかけられ、アリサは足を止めた。この学園で、アリサに親しげに話しかける友人はいない。まして、この声の主は論外だ。

 小さく息を吐き振り返ると、思ったより近い距離に、思わず息を詰める。
(やっぱりこの人か。……面倒ね)

 王太子リュシアン・ルミエール。
 学園中の視線を一身に集める、完璧な王子様。長い脚に精悍な顔立ち。制服の上からでもはっきりわかる鍛え上げられた体。剣の稽古帰りなのだろうか。微かに革と金属の匂いがした。

 けれど、アリサにとって彼は、お近付きになりたいどころか、できればなるべく関わりたくない存在だ。彼と関わるとろくなことにならないのが分かりきっているからだ。

 ——無礼にならない程度に、早く立ち去ろう。
 そう決めて、視線を上げないまま短く答える。
「……あんまり」
 会話を断ち切るためのそっけないその言葉は、紛れもなく本心だ。愛玩動物としての猫は確かに愛らしい。けれど……
「……俺もだ」
 意外な言葉にアリサは思わず顔を上げてしまう。リュシアンの澄んだ金色の瞳が、まっすぐこちらを見ていた。まるで、何かを確かめるように。

 だが、次の瞬間——リュシアンは、ふっと笑った。初めて見る王太子の笑顔につられて、アリサの口元も少し緩む。
「だって、……猫って、可愛いだけじゃないでしょう?」
 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。
「……そうだな」
 リュシアンも少しだけ間を置いて答える。
「気まぐれで、勝手で。それでも、なぜか目が離せない。厄介なやつだ」
「特にうちの猫は……」
 アリサとリュシアンの声が重なった次の瞬間。

「ここで何をしているのかしら?」
 鋭い声が、空気を切り裂いた。
 振り向かなくてもわかる。華やかな金髪に勝ち気な瞳のその少女の名は、マリア・リヴィエール。リヴィエール公爵家の令嬢であり、リュシアンの婚約者。そして、アリサがこの学園でもっとも近付きたくない人。

「アリサ。王太子殿下に、ずいぶん親しげね」
 マリアは取り巻きを従え、ゆっくりと二人に歩み寄ってくる。だがその視線は、露骨な敵意を帯びてアリサに突き刺さっていた。
「あなた、王太子殿下に対して馴れ馴れしいわ。たまたま話しかけられたからといって、いい気になっているのではなくて?」
「マリア、言い方を——」
 リュシアンが低く制止する。だが、その声を遮るようにマリアは言葉を続けた。
「身の程をわきまえなさい。あなたは、ただの養女。リヴィエールを名乗っていても、公爵家の一員だなんて思わないで頂戴。あなたが無礼を働くと、わたくしの評判に関わるの」

 そのひと言で、空気が凍った。周囲の生徒たちがそっと視線を逸らす。

 ——こんなことぐらい、慣れているわ。
 アリサは静かに一礼し、その場を離れた。
 背後で、何か言い争う気配がしたが、アリサは一度も振り返らなかった。

 ◇◇◇

 その夜。自室の窓辺で、アリサは黒い猫を抱いていた。いつの間にか現れて、いつの間にか消える、不思議な猫。細い指で喉元を撫でると、猫は小さく喉を鳴らした。

 ——猫は可愛いだけじゃない。だって、彼らはいつも、私たちを試してるから。

 窓の外、遠く王城の方角で、白い影が一瞬だけ月明かりを横切った気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

今まで尽してきた私に、妾になれと言うんですか…?

水垣するめ
恋愛
主人公伯爵家のメアリー・キングスレーは公爵家長男のロビン・ウィンターと婚約していた。 メアリーは幼い頃から公爵のロビンと釣り合うように厳しい教育を受けていた。 そして学園に通い始めてからもロビンのために、生徒会の仕事を請け負い、尽していた。 しかしある日突然、ロビンは平民の女性を連れてきて「彼女を正妻にする!」と宣言した。 そしえメアリーには「お前は妾にする」と言ってきて…。 メアリーはロビンに失望し、婚約破棄をする。 婚約破棄は面子に関わるとロビンは引き留めようとしたが、メアリーは婚約破棄を押し通す。 そしてその後、ロビンのメアリーに対する仕打ちを知った王子や、周囲の貴族はロビンを責め始める…。 ※小説家になろうでも掲載しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様

恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。 不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、 伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。 感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、 ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。 「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」 足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。 「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」 一度凍りついた心は、二度と溶けない。 後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、 終わりのない贖罪の記録。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

隣国のモフモフ騎士団長様、番ではない私でよろしいのですか?

こころ ゆい
恋愛
ジャスミン・リーフェント。二十歳。 歴史あるリーフェント公爵家の一人娘だが、 分厚い眼鏡に地味な装い、常に本を読んでいる変わり者。皆が自分のことをそう言っているのは知っていた。 モーリャント王国の王太子殿下、コーネル・モーリャントとの婚約が王命で決まってから十三年。王妃教育を終えても婚姻は進まず、宙ぶらりん状態。 そんな中、出席した舞踏会でいつも通り他の女性をエスコートする王太子殿下。 それだけならまだ良かったが、あろうことか王太子の連れた女性が事件を巻き起こす。その最中で言い渡された婚約破棄。 「....婚約破棄、お受けいたします」 そのあと、ジャスミンは一人旅に出てある人物と出会った。 これは、婚約破棄された女性が獣人国で知らぬうちに番と出会い、運命に翻弄されていく物語。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

【本編完結】真実の愛を見つけた? では、婚約を破棄させていただきます

ハリネズミ
恋愛
「王妃は国の母です。私情に流されず、民を導かねばなりません」 「決して感情を表に出してはいけません。常に冷静で、威厳を保つのです」  シャーロット公爵家の令嬢カトリーヌは、 王太子アイクの婚約者として、幼少期から厳しい王妃教育を受けてきた。 全ては幸せな未来と、民の為―――そう自分に言い聞かせて、縛られた生活にも耐えてきた。  しかし、ある夜、アイクの突然の要求で全てが崩壊する。彼は、平民出身のメイドマーサであるを正妃にしたいと言い放った。王太子の身勝手な要求にカトリーヌは絶句する。  アイクも、マーサも、カトリーヌですらまだ知らない。この婚約の破談が、後に国を揺るがすことも、王太子がこれからどんな悲惨な運命なを辿るのかも―――

【短編】男爵令嬢のマネをして「で〜んかっ♡」と侯爵令嬢が婚約者の王子に呼びかけた結果

あまぞらりゅう
恋愛
「で〜んかっ♡」 シャルロッテ侯爵令嬢は婚約者であるエドゥアルト王子をローゼ男爵令嬢に奪われてしまった。 下位貴族に無様に敗北した惨めな彼女が起死回生を賭けて起こした行動は……? ※覚えやすさや分かりやすさを重視しているので、登場人物の名前は「キャラクター名+身分表記」にしています ★他サイト様にも投稿しています! ★2022.8.9小説家になろう様にて日間総合1位を頂きました! ありがとうございます!!

処理中です...