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第二章 君は宰相になっていた
32.聖男、大人のルシアンに出会う
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「うっ……」
「早くこっちにも回復薬をくれ!」
騎士団の訓練場に来ると、大きな男性が何人も倒れている。
床にぐったりと倒れ込む男性たちの額には汗が滲み、顔は青白く、体を丸めて呻く者もいる。
「運ぶのを手伝ってくれ!」
手足の震え、冷や汗、強い腹痛。
何人かは歩くこともままならず、仲間に支えられてやっと移動している。
思ったよりも酷い現状に僕はアシュレイから飛び降りる。
「ミナト様!」
「大丈夫です! あっ、何か布はありませんか?」
アシュレイはハンカチのようなものを取り出した。
僕はそれを受け取ると、念の為に口元が隠れるように縛ってから、倒れている人に声をかける。
「何かおかしなものを食べましたか?」
「マヨネーズ……」
マヨネーズってあのマヨネーズ?
この世界にもマヨネーズはあるのだろうか。
「ルシアン様がこちらで作ったものになります」
「相変わらず食いしん坊なんだね」
「食いしん坊……?」
きっとポテトサラダでも、食べたくなって作ったのだろう。
ただ、生卵の食中毒に関してはしっかりと教えたはずだ。
「マヨネーズで今までこんなことになることはありましたか?」
「いえ……。ただ、ルシアン様を好んでいない方もいるので」
ひょっとしたらマヨネーズの粗悪品を売って、ルシアンに罪を被せようとしていたのかもしれない。
あまりにも残酷な世界に僕は呆然とするしかなかった。
小さなルシアンを虐待していたぐらいだもんね……。
「オェ……」
倒れている騎士は体を起こして嗚咽した。
きっと嘔吐するだろうと思い、僕はその場を離れた。
「回復薬を飲んだばかりです! ちゃんと吐かないようにしなさい!」
近くにいた白い服を着た男性が騎士にそう声をかけていた。
少し出た嘔吐物を騎士はその場で飲み込もうとしている。
「何やってるんですか! 嘔吐物を飲み込んだら、再感染しますよ!」
僕の言葉に周囲の視線が集まる。
ひょっとしてこの世界は学んだ医療の知識とは違うのだろうか。
「ミナト様、せっかく飲んだ回復薬を吐き出すと効果がないですよ……」
「でも、マヨネーズで食中毒になっていたら、サルモネラ菌の可能性もあるし、二次感染のリスクが……」
僕の言葉にアシュレイは横に首を振る。
ここは白い服を着ている人たちに任せようってことだろうか。
「チッ、身分もわからないガキが何を言ってるんだ……」
「邪魔だけはしないでくれ」
周囲から聞こえる声は、明らかに僕を非難するものだった。
ここでは僕の知識は何も使えないのだろうか。
アシュレイに手を引かれながら、その場から離れようとした瞬間、訓練場に響く声が聞こえてきた。
「全員、彼の指示に従え! 異論を言うものはこの場で首を切り落とす!」
昔より低くなった声に驚きながらも、僕はその顔を見て安心した。
「ルシアン……」
ただ、明らかに見た目は僕の知っているルシアンではなかった。
大人びた顔に大きな体。
体は角張っているし、手足も大きい。
それに――。
「首を切り落とすってやりすぎだぞ!」
あまりにも乱暴な言葉使いに僕はつい文句を言ってしまった。
この場にいる人たち全員が唖然としていた。
もちろんルシアンもだ。
「あっ……」
ただ、ルシアンはすぐにニコリと笑った。
笑った顔は昔のルシアンと変わらない。
屈託のない笑顔に僕も嬉しくなる。
「ああ、終わりだ……」
「あの宰相が笑っている……」
周囲からは怯えたような声。
ルシアンの可愛い笑顔のどこに怯える要素があるのだろうか。
「うっ……オエエエエ!」
それよりも僕にはやることがある。
「嘔吐物を入れる桶を用意してください! あれば高濃度のアルコール……酒でもいいです!」
静かな訓練場に僕の声が響く。
それでも動くものは誰もいない。
「お前らの首――」
「つべこべ言わずルシアンも動く!」
その場で剣を抜こうとしていたルシアンに命令する。
きっとこの場で一番地位のあるルシアンが動けば他の人は無視できないだろう。
それに今はルシアンの手も借りたいぐらいだ。
「うん!」
ルシアンは嬉しそうにどこかへ走って行った。
その姿に再び周囲は静かになる。
「この世が終わるんじゃないか……」
「宰相様が笑っていたぞ……」
今のルシアンはかなり恐れられているようだ。
そんなルシアンを見て笑っているのは僕とアシュレイぐらいだしね。
「アシュレイさん、綺麗な水と柑橘系の果物、それと塩か砂糖を用意してください」
「わかりました!」
アシュレイもすぐに道具を取りに行った。
慌ただしかった訓練場の空気の中で、僕は少しだけ息をついた。
――その時、足音が響く。
「みにゃと、桶とアルコールを持ってきたぞ!」
両腕にいくつかの桶と酒瓶を抱え、ルシアンが駆け込んでくる。
息を切らしながら、それでもどこか嬉しそうに笑っていた。
周囲の騎士たちはその姿に息を呑み、誰もが信じられないという顔をしている。
「ありがとう、ルシアン。助かるよ」
僕がそう伝えると、ルシアンは少し照れたように笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
どれだけ遠くに行っても、やっぱり彼は僕の知っているルシアンのままだ。
それに未だに湊じゃなくて、〝みにゃと〟って呼んでいたね。
その呼び方を聞いた瞬間、胸の奥で何かがふっと解けていくような気がした。
「早くこっちにも回復薬をくれ!」
騎士団の訓練場に来ると、大きな男性が何人も倒れている。
床にぐったりと倒れ込む男性たちの額には汗が滲み、顔は青白く、体を丸めて呻く者もいる。
「運ぶのを手伝ってくれ!」
手足の震え、冷や汗、強い腹痛。
何人かは歩くこともままならず、仲間に支えられてやっと移動している。
思ったよりも酷い現状に僕はアシュレイから飛び降りる。
「ミナト様!」
「大丈夫です! あっ、何か布はありませんか?」
アシュレイはハンカチのようなものを取り出した。
僕はそれを受け取ると、念の為に口元が隠れるように縛ってから、倒れている人に声をかける。
「何かおかしなものを食べましたか?」
「マヨネーズ……」
マヨネーズってあのマヨネーズ?
この世界にもマヨネーズはあるのだろうか。
「ルシアン様がこちらで作ったものになります」
「相変わらず食いしん坊なんだね」
「食いしん坊……?」
きっとポテトサラダでも、食べたくなって作ったのだろう。
ただ、生卵の食中毒に関してはしっかりと教えたはずだ。
「マヨネーズで今までこんなことになることはありましたか?」
「いえ……。ただ、ルシアン様を好んでいない方もいるので」
ひょっとしたらマヨネーズの粗悪品を売って、ルシアンに罪を被せようとしていたのかもしれない。
あまりにも残酷な世界に僕は呆然とするしかなかった。
小さなルシアンを虐待していたぐらいだもんね……。
「オェ……」
倒れている騎士は体を起こして嗚咽した。
きっと嘔吐するだろうと思い、僕はその場を離れた。
「回復薬を飲んだばかりです! ちゃんと吐かないようにしなさい!」
近くにいた白い服を着た男性が騎士にそう声をかけていた。
少し出た嘔吐物を騎士はその場で飲み込もうとしている。
「何やってるんですか! 嘔吐物を飲み込んだら、再感染しますよ!」
僕の言葉に周囲の視線が集まる。
ひょっとしてこの世界は学んだ医療の知識とは違うのだろうか。
「ミナト様、せっかく飲んだ回復薬を吐き出すと効果がないですよ……」
「でも、マヨネーズで食中毒になっていたら、サルモネラ菌の可能性もあるし、二次感染のリスクが……」
僕の言葉にアシュレイは横に首を振る。
ここは白い服を着ている人たちに任せようってことだろうか。
「チッ、身分もわからないガキが何を言ってるんだ……」
「邪魔だけはしないでくれ」
周囲から聞こえる声は、明らかに僕を非難するものだった。
ここでは僕の知識は何も使えないのだろうか。
アシュレイに手を引かれながら、その場から離れようとした瞬間、訓練場に響く声が聞こえてきた。
「全員、彼の指示に従え! 異論を言うものはこの場で首を切り落とす!」
昔より低くなった声に驚きながらも、僕はその顔を見て安心した。
「ルシアン……」
ただ、明らかに見た目は僕の知っているルシアンではなかった。
大人びた顔に大きな体。
体は角張っているし、手足も大きい。
それに――。
「首を切り落とすってやりすぎだぞ!」
あまりにも乱暴な言葉使いに僕はつい文句を言ってしまった。
この場にいる人たち全員が唖然としていた。
もちろんルシアンもだ。
「あっ……」
ただ、ルシアンはすぐにニコリと笑った。
笑った顔は昔のルシアンと変わらない。
屈託のない笑顔に僕も嬉しくなる。
「ああ、終わりだ……」
「あの宰相が笑っている……」
周囲からは怯えたような声。
ルシアンの可愛い笑顔のどこに怯える要素があるのだろうか。
「うっ……オエエエエ!」
それよりも僕にはやることがある。
「嘔吐物を入れる桶を用意してください! あれば高濃度のアルコール……酒でもいいです!」
静かな訓練場に僕の声が響く。
それでも動くものは誰もいない。
「お前らの首――」
「つべこべ言わずルシアンも動く!」
その場で剣を抜こうとしていたルシアンに命令する。
きっとこの場で一番地位のあるルシアンが動けば他の人は無視できないだろう。
それに今はルシアンの手も借りたいぐらいだ。
「うん!」
ルシアンは嬉しそうにどこかへ走って行った。
その姿に再び周囲は静かになる。
「この世が終わるんじゃないか……」
「宰相様が笑っていたぞ……」
今のルシアンはかなり恐れられているようだ。
そんなルシアンを見て笑っているのは僕とアシュレイぐらいだしね。
「アシュレイさん、綺麗な水と柑橘系の果物、それと塩か砂糖を用意してください」
「わかりました!」
アシュレイもすぐに道具を取りに行った。
慌ただしかった訓練場の空気の中で、僕は少しだけ息をついた。
――その時、足音が響く。
「みにゃと、桶とアルコールを持ってきたぞ!」
両腕にいくつかの桶と酒瓶を抱え、ルシアンが駆け込んでくる。
息を切らしながら、それでもどこか嬉しそうに笑っていた。
周囲の騎士たちはその姿に息を呑み、誰もが信じられないという顔をしている。
「ありがとう、ルシアン。助かるよ」
僕がそう伝えると、ルシアンは少し照れたように笑みを浮かべた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。
どれだけ遠くに行っても、やっぱり彼は僕の知っているルシアンのままだ。
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