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鏡の中に立っているのは、誰が見ても「慈悲なき氷の令嬢」そのものだった。
漆黒のシルクに、深い紫のレースをあしらったドレス。
あえて宝飾品は最小限に抑え、代わりに私の魔力を流し込んだ「発光する魔石」を髪飾りにしている。
「完璧ですわ、アン。この『近寄るだけで凍え死にそうな悪女』感、我ながら惚れ惚れしますわ」
「お嬢様、その髪飾りのせいで周囲の温度が二度ほど下がっています。物理的に凍え死ぬ方が出ないよう、魔力の出力を調整してください」
アンが私の背中の編み上げを締め上げながら、冷静に指摘した。
「それくらいが丁度よくてよ。国外追放された身で平民のような生活を送るはずが、どうしてこうなったのかしら……」
「お嬢様が初日に屋敷を改造し、二日目に隣国の王子と契約し、三日目に貴族令嬢たちを洗脳したからです」
「洗脳だなんて人聞きの悪い! 私はただ、彼女たちの非効率な人生に光を当てて差し上げただけですわ」
そんな会話をしていると、部屋のドアが三回、正確なリズムで叩かれた。
三秒後、現れたのは正装に身を包んだシグルド様だった。
「…………」
彼は部屋に入った瞬間、足を止め、私を無言で見つめた。
「あら、シグルド様。あまりの悪女ぶりに、言葉も出ませんかしら? 安心してください、今日の私は毒舌も三割増しですわよ」
私は扇を広げ、傲慢に顎を上げた。
しかし、シグルド様はいつものように茶化すことなく、ゆっくりと私に歩み寄った。
「……毒舌の方は期待通りだが。姿の方は、俺の想像を少し超えていたな」
彼は私の手を取り、その甲に軽く唇を寄せた。
「似合っているぞ、ミモリ。パルマ王国の連中が見たら、自分の目の腐り具合を呪うだろうな」
「……っ、……シ、シグルド様。その、心にもないお世辞は時間の無駄ですわよ」
私は視線を逸らし、乱れた鼓動を無理やり鎮めた。
正装したシグルド様は、普段の野性味あふれる雰囲気とは異なり、抗い難いほどの高貴さと色気を放っている。
これは、極めて……非効率的に心臓に悪い。
「お世辞かどうかは、会場の男たちの反応を見て判断しろ。……さあ、行こう。俺の『厄介なパートナー』」
カスティル王宮の晩餐会会場。
巨大な扉が開かれ、私たちの名前が読み上げられた瞬間、会場の空気が物理的に凍りついたのが分かった。
「……パルマ王国の、ミモリ・フォン・ラングレイ令嬢……!?」
「例の、婚約破棄されたという『氷の令嬢』か?」
「なぜシグルド殿下が、あのような悪女を連れて……」
心地よい。
この、好奇と恐怖と蔑みが入り混じった視線こそ、悪役令嬢としての晴れ舞台だ。
「……ミモリ。緊張しているか?」
隣で腕を組むシグルド様が、唇を動かさずに囁いた。
「緊張? まさか。私は今、あそこの柱の影でコソコソ言っている男の『ネクタイの結び目の甘さ』を指摘したくてうずうずしていますわ」
「ははっ、平常運転だな。……よし、まずは国王陛下への挨拶だ」
私たちは、会場の視線を切り裂くようにして中央へと進んだ。
そこには、カスティル王国の国王――シグルド様の父君が、興味深そうな瞳で私たちを待っていた。
「シグルドよ。随分と……刺激的な連れを連れてきたものだな」
「ええ、父上。彼女がいなければ、我が国の魔導研究はあと十年は停滞していたでしょう。……ミモリ、挨拶を」
私は、カスティル王国の作法に、私独自の「効率的な美しさと威圧感」をブレンドした、完璧なカーテシーを披露した。
「パルマ王国より参りました、ミモリ・フォン・ラングレイにございます。陛下、この度はこのような華やかな場にお招きいただき、感謝の極みですわ。……もっとも、この会場の魔導照明の配置には、改善の余地が多分にございますけれど」
会場に、ヒッと息を呑む音が響いた。
初対面の国王に対し、開口一番でダメ出しをする令嬢など、歴史上存在しなかっただろう。
国王は一瞬呆然としたが、やがて腹の底から笑い出した。
「くはははは! シグルドの言った通りだ! これほど不遜で、これほど真っ直ぐな女は初めて見たぞ!」
「陛下、私は大真面目ですわ。あそこの配置を五度傾ければ、陛下のお顔がさらに威厳を持って照らされます。非効率な影は、王者の顔には不要ですもの」
「気に入った! ミモリ・フォン・ラングレイ。お前のその『効率』とやら、存分に我が国で振るうがいい」
国王の公認。
これによって、会場の空気は一変した。
「不遇な追放者」だったはずの私は、一瞬にして「王のお気に入り」という、もっとも扱いにくいポジションへと躍り出たのだ。
私は満足げにシグルド様を振り返った。
「見ましたか、シグルド様。これが悪役令嬢の、効率的な処世術ですわ」
「ああ、恐れ入ったよ。……だがミモリ、油断するな。陛下を味方につけたことで、面白くない奴らが動き出すぞ」
シグルド様の視線の先には、苦々しい顔でこちらを睨む、一団の貴族たちがいた。
その中には、パルマ王国との繋がりが深いとされる公爵の姿もある。
(いいわ。退屈な晩餐会より、その方がずっと楽しめそうですわね!)
私はアンから手渡された(いつの間にか会場に紛れ込んでいる彼女も有能すぎる)グラスを掲げた。
「平穏なスローライフなんて、初めから私には似合いませんでしたわ。……さあ、効率的に『断罪』して差し上げますわよ!」
漆黒のシルクに、深い紫のレースをあしらったドレス。
あえて宝飾品は最小限に抑え、代わりに私の魔力を流し込んだ「発光する魔石」を髪飾りにしている。
「完璧ですわ、アン。この『近寄るだけで凍え死にそうな悪女』感、我ながら惚れ惚れしますわ」
「お嬢様、その髪飾りのせいで周囲の温度が二度ほど下がっています。物理的に凍え死ぬ方が出ないよう、魔力の出力を調整してください」
アンが私の背中の編み上げを締め上げながら、冷静に指摘した。
「それくらいが丁度よくてよ。国外追放された身で平民のような生活を送るはずが、どうしてこうなったのかしら……」
「お嬢様が初日に屋敷を改造し、二日目に隣国の王子と契約し、三日目に貴族令嬢たちを洗脳したからです」
「洗脳だなんて人聞きの悪い! 私はただ、彼女たちの非効率な人生に光を当てて差し上げただけですわ」
そんな会話をしていると、部屋のドアが三回、正確なリズムで叩かれた。
三秒後、現れたのは正装に身を包んだシグルド様だった。
「…………」
彼は部屋に入った瞬間、足を止め、私を無言で見つめた。
「あら、シグルド様。あまりの悪女ぶりに、言葉も出ませんかしら? 安心してください、今日の私は毒舌も三割増しですわよ」
私は扇を広げ、傲慢に顎を上げた。
しかし、シグルド様はいつものように茶化すことなく、ゆっくりと私に歩み寄った。
「……毒舌の方は期待通りだが。姿の方は、俺の想像を少し超えていたな」
彼は私の手を取り、その甲に軽く唇を寄せた。
「似合っているぞ、ミモリ。パルマ王国の連中が見たら、自分の目の腐り具合を呪うだろうな」
「……っ、……シ、シグルド様。その、心にもないお世辞は時間の無駄ですわよ」
私は視線を逸らし、乱れた鼓動を無理やり鎮めた。
正装したシグルド様は、普段の野性味あふれる雰囲気とは異なり、抗い難いほどの高貴さと色気を放っている。
これは、極めて……非効率的に心臓に悪い。
「お世辞かどうかは、会場の男たちの反応を見て判断しろ。……さあ、行こう。俺の『厄介なパートナー』」
カスティル王宮の晩餐会会場。
巨大な扉が開かれ、私たちの名前が読み上げられた瞬間、会場の空気が物理的に凍りついたのが分かった。
「……パルマ王国の、ミモリ・フォン・ラングレイ令嬢……!?」
「例の、婚約破棄されたという『氷の令嬢』か?」
「なぜシグルド殿下が、あのような悪女を連れて……」
心地よい。
この、好奇と恐怖と蔑みが入り混じった視線こそ、悪役令嬢としての晴れ舞台だ。
「……ミモリ。緊張しているか?」
隣で腕を組むシグルド様が、唇を動かさずに囁いた。
「緊張? まさか。私は今、あそこの柱の影でコソコソ言っている男の『ネクタイの結び目の甘さ』を指摘したくてうずうずしていますわ」
「ははっ、平常運転だな。……よし、まずは国王陛下への挨拶だ」
私たちは、会場の視線を切り裂くようにして中央へと進んだ。
そこには、カスティル王国の国王――シグルド様の父君が、興味深そうな瞳で私たちを待っていた。
「シグルドよ。随分と……刺激的な連れを連れてきたものだな」
「ええ、父上。彼女がいなければ、我が国の魔導研究はあと十年は停滞していたでしょう。……ミモリ、挨拶を」
私は、カスティル王国の作法に、私独自の「効率的な美しさと威圧感」をブレンドした、完璧なカーテシーを披露した。
「パルマ王国より参りました、ミモリ・フォン・ラングレイにございます。陛下、この度はこのような華やかな場にお招きいただき、感謝の極みですわ。……もっとも、この会場の魔導照明の配置には、改善の余地が多分にございますけれど」
会場に、ヒッと息を呑む音が響いた。
初対面の国王に対し、開口一番でダメ出しをする令嬢など、歴史上存在しなかっただろう。
国王は一瞬呆然としたが、やがて腹の底から笑い出した。
「くはははは! シグルドの言った通りだ! これほど不遜で、これほど真っ直ぐな女は初めて見たぞ!」
「陛下、私は大真面目ですわ。あそこの配置を五度傾ければ、陛下のお顔がさらに威厳を持って照らされます。非効率な影は、王者の顔には不要ですもの」
「気に入った! ミモリ・フォン・ラングレイ。お前のその『効率』とやら、存分に我が国で振るうがいい」
国王の公認。
これによって、会場の空気は一変した。
「不遇な追放者」だったはずの私は、一瞬にして「王のお気に入り」という、もっとも扱いにくいポジションへと躍り出たのだ。
私は満足げにシグルド様を振り返った。
「見ましたか、シグルド様。これが悪役令嬢の、効率的な処世術ですわ」
「ああ、恐れ入ったよ。……だがミモリ、油断するな。陛下を味方につけたことで、面白くない奴らが動き出すぞ」
シグルド様の視線の先には、苦々しい顔でこちらを睨む、一団の貴族たちがいた。
その中には、パルマ王国との繋がりが深いとされる公爵の姿もある。
(いいわ。退屈な晩餐会より、その方がずっと楽しめそうですわね!)
私はアンから手渡された(いつの間にか会場に紛れ込んでいる彼女も有能すぎる)グラスを掲げた。
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