婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの

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結婚式当日の朝。

アースガルド公爵領の教会は、神聖な空気……ではなく、一触即発の殺気に包まれていた。

「異議あり!!」

教会の扉を蹴破って現れたのは、私の父ローゼン侯爵と、家庭教師のオスカーだ。

二人は充血した目で、祭壇の前に立つ私たちを指差した。

「認めん! こんな準備期間一週間の結婚式など、不備だらけに決まっている! リスク管理がなっていない!」(父)

「そうです! 論理的に考えて、出会って数ヶ月での結婚は離婚率が高い! 統計データが出ています!」(オスカー)

参列者たちがざわめく。

最前列でハンカチを噛んでいるクレイス(元王子)とミーナ(元令嬢)が、「やれー! ぶっ壊せー!」と野次を飛ばす。

私は純白のウェディングドレス(機能性重視の軽量素材)の裾を払い、一歩前へ出た。

「……お父様、オスカー先生。ご足労いただき感謝します」

「ノエル! 目を覚ませ! 今すぐ帰って勉強の続きを……」

「これをご覧あれ」

私は懐から、分厚いファイルを二冊取り出し、二人の顔面に押し付けた。

「な、なんだこれは?」

「『アースガルド・ローゼン両家合併による経済効果試算表』および『結婚生活におけるリスクヘッジ計画書(全三百ページ)』です」

「……は?」

父がファイルをめくる。

オスカーも眼鏡をずらして覗き込む。

「……ご覧の通り、この結婚によりローゼン家の資産価値は五百パーセント上昇。領地間の貿易関税撤廃により、年間数億の利益が出ます」

私は淡々と説明した。

「さらに、離婚リスクについては第5章を参照。……『喧嘩した際の仲直りルール(お菓子で解決)』『財産分与』『慰謝料の事前協定』まで網羅済みです。論理的欠陥はゼロです」

「こ、これは……」

父の手が震える。

「完璧だ……。隙がない……。これほどの事業計画書は見たことがない……」

「統計データも……私の計算を上回っている……。愛という不確定要素を、『カロリー摂取量』という変数で数値化するとは……!」

二人は顔を見合わせ、そしてガックリと膝をついた。

「……負けた。ぐうの音も出ない」

「……祝福しましょう。この結婚は、数学的に正しい」

勝負あり。

私はニッコリと微笑み、隣のルーク様を見上げた。

「……片付きましたよ、あなた」

「……さすがだ、ノエル」

ルーク様はタキシード姿で、惚れ惚れとした溜息をついた。

「俺が出る幕もなかったな」

「ええ。ボスはただ、そこでカッコよく立っていてくだされば結構です」

「……愛してる」

ルーク様は私の手を取り、強引に引き寄せた。

「では、続けようか」

          ***

式が再開される。

神父様が恐る恐る口を開いた。

「えー、では……ルーク・ヴァン・アースガルド。汝、この女を妻とし……」

「誓う」

ルーク様は神父の言葉を遮り、大声で宣言した。

「病める時も、健やかなる時も、彼女が計算に夢中で俺を無視する時も、俺は彼女を愛し、守り、そして餌付けし続けることを誓う!」

会場から「ヒュー!」という口笛と、「なんて偏った愛だ……」という失笑が漏れる。

「ノエル・フォン・ローゼン。汝、この男を夫とし……」

「誓います」

私は凛と顔を上げた。

「富める時も、貧しき時(※あり得ませんが)も、彼が言葉足らずで誤解される時も、私が通訳し、管理し、そして共に歩むことを誓います」

「……指輪の交換を」

ルーク様が私の指に、あの巨大なブルーダイヤモンドを嵌める。

私も、ルーク様の指に銀の指輪を嵌める。

「……ノエル」

ルーク様がベールを上げる。

その瞳は、北国の空のように澄んでいて、熱い。

「……俺の人生のすべてを、お前に預ける」

「……重いですよ。でも、運用利回りは保証します」

キス。

長い、長い、誓いのキス。

カラン、カラン、カラン……。

祝福の鐘が鳴り響く。

「おめでとうー!」

「末長く爆発しろー!」

フラワーシャワーの中、私たちは歩き出した。

クレイスが「ちくしょう! 幸せになれよバーカ!」と泣きながら花びらを投げつけ、ミーナが「ブーケは私が取るんだから!」と殺気立っている。

父とオスカーは、「この数式は美しい……」とブツブツ言いながら拍手している。

カオスだ。

でも、最高に温かい。

私はルーク様の腕にしっかりとつかまり、青空を見上げた。

「……いい天気ですね、あなた」

「ああ。……最高の門出だ」

          ***

それから、数年の月日が流れた。

アースガルド公爵領は、目覚ましい発展を遂げていた。

荒れ地だった場所には工場が建ち、街道は整備され、物流の拠点として大陸中にその名を轟かせていた。

その中心にある公爵城。

執務室では、今日も怒号(というか業務連絡)が飛び交っている。

「閣下! 東地区の再開発予算、ゼロが一つ多いです! 却下!」

「うぐっ……! だ、だって子供たちの公園に、俺とお前の銅像を建てたくて……」

「不要です。銅像を建てるなら、その金で給食費を補助してください。維持費の無駄です」

「……はい」

バサバサと書類が舞う。

「悪役令嬢」と呼ばれた女は、今や「北の鉄の女」と呼ばれ、領民たちから恐れられつつも絶大な信頼を寄せられていた。

そして、「氷の公爵」と呼ばれた男は、「鉄の女の尻に敷かれる最強の愛妻家」として、これまた崇拝されていた。

「……ふう。今日のノルマ、達成ですね」

夕暮れ時。

私はペンを置き、伸びをした。

「……お疲れ、ノエル」

隣の席のルーク様が、手際よくお茶とお菓子を用意してくれる。

今日のおやつは、私が監修した『低糖質・高タンパククッキー』だ。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

ルーク様は私の隣に座り、自然に肩を抱いてくる。

数年経っても、この人のスキンシップの多さと、体温の高さは変わらない。

「……なあ、ノエル」

「はい」

「……幸せか?」

ルーク様が、少し照れくさそうに聞いてくる。

私は窓の外を見た。

豊かな領地。

平和な街並み。

そして、庭ではクレイス(今は立派な鉱山監督)とミーナ(今は人気食堂の女将)が、喧嘩しながらも仲良く歩いているのが見える。

私の「計算」通りに、すべてが回っている。

いいえ。

計算以上だ。

だって、私の隣には、計算では弾き出せないほどの「愛」をくれる人がいるのだから。

私はルーク様に向き直り、最高の笑顔(目つきは悪いままだが)を向けた。

「……ええ。計算外のトラブルばかりですが、黒字経営です」

「……そりゃよかった」

ルーク様が笑い、私の額にキスをした。

「俺もだ。……お前という『優良物件』を手に入れて、人生最高の利益確定だ」

「あら、口が上手くなりましたね」

「お前の教育のおかげだ」

私たちは見つめ合い、そして笑い合った。

机の上には、山積みの書類と、二つの空になったティーカップ。

これが、私たちの日常。

「顔が怖くて誤解されやすい有能令嬢」と、「言葉足らずな冷徹公爵」の物語は、これにてハッピーエンド。

……まあ、明日の朝にはまた、新たなトラブルと請求書が舞い込んでくるのだろうけれど。

それもまた、私たちの「愛の形」なのだ。
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