月兎

宮成 亜枇

文字の大きさ
1 / 76

1

しおりを挟む
 入江いりえ朔夜さくやは、紙を手にしたまま呆然としていた。
 十五歳になると行われるもう一つの性の検査。決して長身ではないが大きな目とふっくらとした唇を持つ特徴のある容姿、『綺麗系男子』とよく噂されていた。成績は常にトップ。一家代々アルファの家系、そして全員が医者。誰もが、彼をアルファであると信じて疑わなかった。なのに、紙に記されていたのは、

『オメガ』の文字。

 結果は両親に届く。先に子供が結果を見て、受け入れられずに黙秘することを避けるためだ。ベータであるならとにかく、アルファやオメガは、その性により大きな影響を受ける。特にオメガの発情期は、十五歳を過ぎればいつ始まってもおかしくない。故に、誕生日を迎えたと同時に行われるのだが、あまりに意外すぎる結果に、彼自身はもちろん両親も検査が正しく行われたのか、誰かの結果と間違っていないか、疑いをかけたものだ。
 しかし、結果を違えれば社会的に大問題になる。何重にもチェックされた上でこれが届けられているはず、検査のやり直しを要求するのは単なる時間の無駄だ。
 両親は言いようのない表情を浮かべている、それもそうだろう。彼らは子供の中で最も優秀な彼に、経営している病院を任せようとしていたのだ。だが、オメガとなれば話が変わる。彼に継がせることはできない。人の命が何よりも優先される場所。そんな時に発情などしたら、命が救えなくなるどころか、周りにいるアルファも巻き込むことになるからだ。そして、オメガの影響は、両親や、すでにアルファ認定されている兄、そして、検査にはまだ年数があるが、おそらくアルファであるだろう妹にも及ぶ。
 両親は、決断せざるを得なかった。
「朔夜。あなたは明日から、ここで生活することになったわ」
 母は、資料を渡す。
「納得がいかないことも多いと思うけれど、これがきっと最善の方法なの。わかるわよね?」
 念を押すように告げられ、呆然としていた朔夜の瞳に、戸惑いの色が見える。
「もちろん、生活には困らないようにするわ。多英さんも一緒。お金のことも考えなくていい。全部こちらでまかなう。学校もそのまま通って構わない。ただ、オメガであることは報告しないといけないから、それでもいいってあなたが思うのなら、になるけれど」
 勝手に進められていく話に、よく回るはずの朔夜の思考は、完全に動きを止めてしまっている。いや、理解はしているが感情が受け入れることができないと言うべきか。
「どうだ? 朔夜」
 それまでずっと黙っていた父が、一言。問いかけではあるが目を見ればわかる。
 拒否権は、朔夜にはない。

「わかり、ました……っ」

 しばしの沈黙の後、小さく呟き。
 ぎこちなく彼は首を縦に振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

36.8℃

月波結
BL
高校2年生、音寧は繊細なΩ。幼馴染の秀一郎は文武両道のα。 ふたりは「番候補」として婚約を控えながら、音寧のフェロモンの影響で距離を保たなければならない。 近づけば香りが溢れ、ふたりの感情が揺れる。音寧のフェロモンは、バニラビーンズの甘い香りに例えられ、『運命の番』と言われる秀一郎の身体はそれに強く反応してしまう。 制度、家族、将来——すべてがふたりを結びつけようとする一方で、薬で抑えた想いは、触れられない手の間をすり抜けていく。 転校生の肇くんとの友情、婚約者候補としての葛藤、そして「待ってる」の一言が、ふたりの未来を静かに照らす。 36.8℃の微熱が続く日々の中で、ふたりは“運命”を選び取ることができるのか。 香りと距離、運命、そして選択の物語。

不良×平凡 オメガバース

おーか
BL
自分のことをβだと思っていた…。αやΩなんてβの自分には関係ない。そう思っていたんだけどなぁ…? αとΩを集めた学園に入学することになった。そこで出会ったのは、学園を仕切るGRACEのナンバー2。 不良×平凡で書いたキャラクターを引き継いで、オメガバースを書いて行きます。読んでなくても大丈夫です。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

運命はいつもその手の中に

みこと
BL
子どもの頃運命だと思っていたオメガと離れ離れになったアルファの亮平。周りのアルファやオメガを見るうちに運命なんて迷信だと思うようになる。自分の前から居なくなったオメガを恨みながら過ごしてきたが、数年後にそのオメガと再会する。 本当に運命はあるのだろうか?あるならばそれを手に入れるには…。 オメガバースものです。オメガバースの説明はありません。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...