月兎

宮成 亜枇

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 学校が早く終わった日の午後。一旦家に戻り私服に着替えてすぐ、朔夜は外出した。オメガを診ることのできる医師はそれほど多くない。ネットで検索し、彼が一人で訪れても問題がなさそうな病院をようやく見つけたのはいいが、そこに行くまでには電車を使わないといけない。多英がついていくと申し出たがそれは丁重に断った。なるべく迷惑をかけたくない、それが常に朔夜の中にある。
 病院に行く間も、常に気を張っていた。学校での事例がある。オメガだと判定されてからと言うもの、最低限の外出しかしていない朔夜にとって、一人で公共の機関を使うこと自体、緊張の連続。
 問題なく病院にたどり着くことはできたが、受付を済ませた途端にどっと疲れが押し寄せ、椅子に座ると同時に眠気が襲う。
「入江さん。中にお入りください」
 トン、と看護師に肩を叩かれ、ウトウトとしていた朔夜は、
「あっ。 す、すみませんッ!」
 慌てて謝罪する。看護師は、
「大丈夫ですよ。一人でここに来られたんですよね。それなら当然です。薬があえば何の問題も無く過ごせますけれど、そうでない場合、外の世界は、ある意味恐怖でしかないですから」
 苦笑を見せながら応じた。
「えっ? あ、あのっ、失礼ですが……」
「はい。私もオメガです。さ、先生がお待ちですよ。お入りください」
 朔夜の不躾な質問に素直に答えた看護師に促され、中に入る。いたのは年若い男性医師。受付時に書かされた問診票を見つめながら、「どうぞ、座って」と、椅子を勧める。素直に朔夜は従った。

「なるほどねぇ。大抵がアルファの学校かぁ……。うん、早めに来てくれて正解だよ。もし、何の対策もなくこのまま過ごしてたら、って思うと、僕がゾッとするもん」
 おどけたように言い、ブルッと身を震わせた医師は、こんな調子で会話を続ける。始めは緊張していた朔夜も、次第に砕けた口調になり、気づけばかなりプライベートなことまで話していた。
「んー、っと」
 持っていたペンを顎に当て、彼は少し考える。
「本来だったら、一番弱い薬から試した方が良いんだけど、たぶん君の場合、発情期が訪れるまでに余裕はないと思う。だから、少し強めのを処方させて貰いたいんだけど、いい?」
 それに、朔夜はコクリと頷く。
「ただ、たぶん副作用は出る。申し訳ないけれど、現状それをどうにかすることは僕にはできない。もし副作用が出たら、迷わず誰かに頼ること。……いい?」
 言われ、もう一度頷いたが、「うん、君はたぶん頼らないだろうね」と即座に否定される。
「どうして? 俺だって人に頼る時はちゃんと」
「だったら、ここには誰かと共に来てるはず。怖かっただろ? 電車はある意味逃げ場がない。そんなところで発情して、もしアルファに出くわしたら、いったい君はどうしたんだい? 残念だけど、オメガに対して社会は冷たい。誰一人、君を助けてくれる人はいないよ」
 医師に言われ、朔夜は唇を噛みしめる。図星だった。何も言い返せない自分が、何よりも歯がゆい。
「君は、自分のことをずっとアルファだと思っていたんだよね?」
 これには、悔しさを滲ませて頷く。
「……僕と同じだ」
「えっ? ……うそっ!?」
「ホント」
 目の前の医師は、苦笑い。
「僕もね、自分で言うのもなんだけど、昔から勉強ができたんだ。だから、アルファだと思ってた。でも、実際にオメガという診断を下されて、すごいショックを受けた。でも、その時に思ったんだ。オメガのための医者になりたいって。そうして今、ここにいる」
 彼は、朔夜からモニターに視線を向けて、続ける。
「君は、入江医師の息子さんでしょ?」
「えっ? あ、あの……っ」
「うん、カルテを見ててね。今気づいた。『入江』と言う名は、医療の末端にいる僕だってよく知ってる名前だもん。だから、誰にも頼ることができずに一人で来た、そんなところでしょ。それなら、僕を頼って。君が誰かを頼れるまででいいから。……ね?」
 笑顔で告げられて、朔夜は瞳を閉じ、肩を震わせる。まさか、こんな言葉を投げて貰えるとは、微塵にも思っていなかったからだ。
「一人で頑張らなくていいんだよ」
 肩に手を置き彼は告げ、「ホームページにあるアドレスでいいから、何かあったら送って。メールは全部目を通してるから、返事するよ」と加えた。
 朔夜は何度も頷く。一真や多英は、朔夜を幼き頃から知っている。だからこそ優しいのだと思っていた、それが、初対面であるにも関わらず与えられた温かさが、何よりも嬉しい。
「じゃあ、診察は終わり。帰りは誰かに迎えに来てもらってね」
 その言葉を最後に、診察は終わる。
 薬を待つ間に朔夜は多英に電話をし、迎えに来てもらうように頼んだ。

 朔夜を診察した医師は、多賀谷たがやかおると言う。
 彼との出会いは、後の朔夜の人生に大きな影響を与えることになった。
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