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しおりを挟むグッタリとした朔夜を抱き上げ風呂へ向かい、すべてを洗い流した後に戻れば、先ほどのことが嘘のように室内はすっかり元どおりになり、お互いの制服も、きちんとハンガーに掛けられていた。すべては多英が行ったこと。
一真は、後片付けは嫌じゃないのかとストレートに聞いたことがある。しかし、彼女は何も言わずに笑顔を向けた。それが「皆まで言わせるな」と告げているように見えて、それ以上追求するのはやめた。
「かず、ま……」
途切れ途切れに、名を呼ばれる。
「ごめ、ん。ほんと、に……」
毎回のように紡がれる謝罪。彼はいまだにこの行為を仕方なくとでも思っているのだろうか。こんなにも好きなのに、伝わらない。それが悔しい。年下だからなのか、それとも、家柄のことを気にしているのかわからないが、理性が戻ってしまった朔夜に想いを届けるのは困難なことだ。
「いいって。水、飲む?」
「うん……」
まだ、身体に力が入らない様子で、ペットボトルも手にすることができない。そのため、避妊薬を手渡し、ストローを刺してそのまま口元に宛がう。朔夜は薬を口に放り込み、コクリ、コクリとゆっくり嚥下する。その姿さえ、一真にとっては目に毒だというのに。
満足したのか、ストローを話した朔夜はとろとろと微睡む。今回もこのまま眠りについてしまうだろう。そして、明日になればまた、変わらず学校に通う。彼らの変わらない日常。
それが、一真にはどうしようもなく虚しくあった。
「一真さん、お食事はいかがなさいますか?」
「あ、もらっていい? さすがに腹減った。こんな時になんだけど」
「ふふっ。いいことですよ。坊ちゃんにも本当はいただいて欲しいんですけれどね」
愛おしそうに朔夜を見つめる多英に、申し訳ない思いでいっぱいになる。食事を取る事ができないほどに抱き潰したのは他ならぬ一真だ。ただでも朔夜は細身。一真よりも多く栄養を取るべきなのだが、どうしてもセーブがきかない。
「あら? 一真さんが申し訳なく思うことはないですよ。一食くらい抜いても、成長に影響はさほどございません。それよりも、坊ちゃんは今、ゆっくりお休みになることが一番。大丈夫。坊ちゃんも成長期の男子でございますから、お腹が空けばそれはもう、良くお召し上がりになりますから」
一真の気持ちを察した多英は素直な想いを告げ、「さ、どうぞ」と食卓に誘った。
多英の料理は、シェフが作るような豪華なものではないが、とても美味しかった。家庭料理というのはこういうものかと、初めて一真は知った。何にしろ、一真の母は俗に言うキャリアウーマン。仕事はとても優秀にこなすが、家事はほぼやらない。アルファであるからそつなくこなせるのであろう、しかし、そこまで行う時間がとても取れない。そのため、一真は物心ついた頃から、シェフの料理を口にし、ここまで成長した。
(朔夜も、料理はしないだろうなぁ……)
頭が良く勉強は誰よりも効率よくこなせるのに、朔夜は不器用だ。自分も言えた口ではないが、とにかく細かいことが苦手で時間がかかる。包丁を握らせたら、ほぼ間違いなく自分の指を切るだろう。オメガだという事を知った今、それが特性なのだろうと思うが、そんなマイナス面でさえ、可愛らしいと思ってしまう辺り、どうなのかとも思うが。
(朔夜と番になった後も、多英さんがいてくれたらいいのに)
ふと、思う。もちろん妄想。しかしハードルが高いことも理解している。親はいずれ、一真をアルファの女と結婚させようとするだろう。その下準備が始まっているのも知っている。いかに断り、朔夜のことを受け入れて貰えるか。まだ早いと思いつつも、作戦を練るのが最近の彼の日課でもあった。
「一真さん」
「ん?」
「わたくしでよかったら、お世話させていただきますよ」
「……えっ?なっ……」
「坊ちゃんを番にしていただけませんか?」
突如言われたことに唖然となる。
「な、なん……っ」
「だって、一真さんは坊ちゃんを好きだから。ここまでしてくださるんでしょ? えっと、『好きがダダ漏れしてる』って言うんでしたっけ? わたくしは、そのようにお見受け致しますが」
ニコニコと、表情を崩さないまま告げる多英に、固まったまま、一真は真っ赤になった。
以前、秀にも全く同じ事を言われたな、と思い返しながら。
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