月兎

宮成 亜枇

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 多賀谷医師の子供、しおりが新しいワンピースが欲しいと騒ぎだし、仕事を終えた彼らはショッピングモールへ。その帰りのことだった。遠巻きに何かを見つめる群衆に興味を示した亨が視線を送った先に倒れ込み、地面を拳で叩く人物。始めは誰だかわらかなかったが、届いた声に聞き覚えがあった。
 どうしようかと考えているうちに薫がすでに行動を起こしていた。迷わず彼はその場へ行き、手を包み込む。問題事に巻き込まれたら、と亨は思ってしまうのだが、薫にその考えはない、知り合いに何かあったとわかれば、即座に対応する。それは、アルファであってもなかなかできないこと、尊敬に値する。
 彼は一真を立たせ、こちらに連れてくる。長身といえども中身は中学生。まだ、グズグズと涙を流す。余程悔しいことがあったのか。
「亨、家に連れて行っていい?」
「いいも何も始めからそのつもりだろ? わかった、乗れよ」
 呆れたように亨は告げ、車まで共に歩く。しおりを助手席に乗せて薫は一真と共に後部座席へ。
「一真くんの連絡先、わかる?」
「ああ、携帯のアドレス帳に入ってる。連絡するんだろ」
 薫に携帯を渡し、自らは運転を始める。
「とおるぅ」
「ん?」
「あの、おにいちゃん……」
 父の顔と後部座席を交互に見つめて、しおりは心配そうに呟いた。
「ああ、大丈夫だ。話聞かねぇと詳しくは言えねぇけれど、ケガは大したことない」
「そっかぁ。よかった」
『大丈夫』という言葉に安心したしおりは、今度こそ前を向き、今日保育園で何があったのか、一生懸命父親に報告する。その間に、薫は鷲尾家に連絡を入れた。何があったのかはわからないが、保護したことだけは伝えないといけない。以前亨が連絡を入れた時、両親がどれだけ息子を大切にしているのか、電話越しでも伝わったと言っていた。それならば余計に。
 隣の一真は何も話そうとしない。少し落ち着いたのか、さすがにもう泣くことはなかったが、今度は仏頂面を崩さなくなった。
 その様子に薫は苦笑を見せ、今は何も聞かないことを決めた。

「どうぞ、入って。とりあえずケガの治療しちゃおう」
 自宅に到着し、一真を促す。彼は少し抵抗を見せたが、「ほら、そこいられると邪魔なんだよ」と、半ば亨に蹴っ飛ばされ、仕方なく中に入る。
「わ! 足の方は大したことないけれど、手の方は治るのにちょっと時間かかりそうだね。結構な痣になってる。湿布貼るけれど、たぶん数日は痛いよ。こっち、利き手?」
 その問いには、フルフルと首が振られる。
「そっか、良かった。あ……、良かった、じゃないよね。ケガしたのには変わらないんだから。ゴメンね。もっと酷かったらどうしようって思ってさ」
「いい……」
 変わらぬ口調の薫に、ようやく一真が漏らした一言がこれだ。まだ悔しさが滲むのか、唇は噛みしめたまま。
「……そんなに、悔しいことがあったの?」 
 治療を終えて尋ねても、一真は反応しない。どうしようか迷う。このまま単刀直入に聞いてしまっても構わないが、もう少し、時間をおいた方が良いのかもしれない。
 すると。
「お兄ちゃん、どうぞぉ」
 しおりが、マグカップをよたよたと持って来た。中身を見るとそこにはココアが入っている。しおりが持って来た、と言うことはぬるめだと思うが、温かいものを飲んで一旦落ち着いた方が良いと言う事か。キッチンにいる亨を見れば、小さな笑みと頷きが返ってくる。
 一真は、と言うと。表情は変わらずだったが、小さな子の厚意は無碍にできないらしい。素直に受け取り、カップに口をつける。
「あま……っ」
「あははっ。ココアだからね。でも、落ち着くでしょ?」
 小さく頷いた一真は、残りを一気に飲み干して、「ん」と両手を出したしおりに「ありがとう、美味かった」とカップを返した。そこに笑顔もあったため、これなら聞いても大丈夫だろうと薫は判断したが、彼の言葉を待つことにする。中学生という年齢は、何かと難しい。促すこともできるが、今回は一真の意志に任せた方が良いのかもしれない。
「先生、ごめんなさい。……いろいろ迷惑かけて」
「あ、これくらいならいいよ。さすがに警察のお世話になってたらご両親に任せないといけなかったけどね。先に僕達が見つけて本当に良かった」
「えっ!? その可能性ってあったの??」
「もちろん、あんなところで倒れ込んだまま地面バシバシ叩いてたら、まず不審がられるでしょ。遠巻きに君のことみてる人達もいたから、通報されるのも時間の問題だったかもね」
 そう言うと、「げっ! マジかぁ……」と一真はぼやいていたがそれは事実。そして、そう告げる彼はもう、いつもの様子とさほど変わらない。これなら、きっと。
「先生、本当にごめんなさい。あの、その……。俺、もう、どうしていいのかわからなくて。良かったら話、聞いて貰えますか?」
 思ったとおり。
 きちんと敬語を使い確認を取る一真に、二人の医師は好感を持ち、優しい面持ちで頷いた。 
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