月兎

宮成 亜枇

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 朔夜の起こした行動は、本人よりも一真の方に影響が出た。
「すぐるぅー。ちょっと、聞いてくれよぉ……」
 朝、登校した途端にこれだ。先に席に着いていた秀はうんざりと「おはよう。で、今日は何?」と確認する。
 大胆な告白をしたのは今から約一週間前。その翌日から、何故か朔夜は相当早い時間に家を出て歩いて登校し、帰りも歩いて帰る。そもそも、マンションから学校はさほど遠い距離ではないので可能ではあるが、問題なのは途中姿を見つけ、一真が「乗って」と強引に腕を引っ張ってもかたくなに拒否したとのこと。このままだとケガをするのでは、と判断した佐伯が二人の間に割って入り、とりあえずその場は朔夜の希望どおりにしたという。だが。
「もう、やだぁ……」
 机に突っ伏して不満を述べる友人は、最早限界だろうな、とすぐに判断できた。そこで担任が教室に入ってきたので話は終わる。いつもどおりのHR。秀は話を聞きながら、友人二人のことを考えていた。
 ふと、思いだし。机から引っ張り出したのは読書感想文の課題とした本。月の兎にどうしても朔夜をイメージしてしまい、感想文そのものは書き終わっているのだが、まだ持ち歩いていた。
 そこから浮かんだある考え。本人に確認してみないと何とも言えないが、間違っていないような気がする。しかし、それを確認する気はなかった。
 何にしろ、これは二人の問題。自分が関わる必要性はない。何かと一真が話してくるため気になることは気になるが、それくらい。現状、大きな問題が起こっているわけでもない、そのまま放置していていいのではないか。
 本当なら、一真に言いたい。『頼むから、一人でなんとかしてくれ』と。しかし友人である以上、完全に突っぱねることができなかった。
 当人は、いまだに机に突っ伏して唸っているため担任に目をつけられる。これはめんどくさいことになりそうだな、と感じた秀は、我関せずと視線を窓の外に送った。
 その先に、高等部生徒の姿があった。


 室内から急に外に出ると、日差しの強さに目眩を感じる。一旦強く目を瞑って、数秒数えた後に開けば、その不安は消えていた。
 ほっとして、朔夜は歩き出す。今は教室の移動、中等部の校舎の前を通る。距離がある以上わからないとは思うが、何かあってからでは遅い、気をしっかりと持たないと。
 端から見れば全く変わらない朔夜の様子だが、ある決意と共に、彼は自らを変えようとある挑戦をしていた。そのせいか、今まで朔夜を卑しい目で見、蔑む言葉を吐いた同級生達が躊躇するほどに彼は堂々と、アルファと言われても全く違和感のない振る舞いをしていた。もちろん、負担は大きいが、校内ではこうする以外身を守る事ができない。
 そして、もう一つ。発情期のフェロモンはアルファに多大な影響を及ぼしてしまう。そのため、学生はその期間、課題をしっかりと提出すれば休んでも単位として認められる。それは法律によって定められている権利。今までは一真という存在がいたため朔夜はほぼ使ったことはなかったが、この制度を大いに利用することにした。そのため、薫にメールを送り診断書を書いてもらい、すぐさま学校に提出し許可を得たのだ。周期はほぼ安定している。薬を飲むタイミングもわかっている。もしもの時のために持ち歩いてはいるが、これは使うことがないことをひたすら願う。
 それほどまでに自らに負担をかけてでも、守らなければならないものがある。だからこそ、やり遂げることができる。
 一真のラットも、もう大丈夫なのではないかと朔夜は思っている。ただ、常に共にいたせいで誘発されてしまうだけ。実際に彼が道端でオメガに襲いかかったという事態は聞いたことがない。当然、起こってはいけないことではあるが。
 
 校舎を見つめる。中等部もHRを終え、授業が始まる時間。朔夜は微苦笑をもらしたがすぐに表情を引き締め、周りのアルファに混ざって先を急いだ。
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