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そんな状態が数ヶ月も続くと、ただでも限界寸前だったフラストレーションはいよいよ爆発する。一真は今、担当医の亨ではなく、薫の元を訪れていた。何度声をかけても、腕を掴んでも、全く相手にして貰えずとりつく島もない。少しでも突破口が見つかればそこから切り込んでいくつもりだったが、こうなってしまってはどうにもならない。そこで、朔夜の担当医である薫なら何かアドバイスをくれるのではないか。そう思ってのことだった。
「そっかぁ。頑固そうだな、とは思ったけれどまさかそこまでだとはねぇ」
話を聞き、薫は感心する。相変わらず合う薬を見つけるのに苦戦している、なので、燻る欲情にずっと耐えるのは相当な苦しみを味わう。もう少し医学が発展し新薬が出れば違ってくるのかもしれないが、それには相当なデータがまず必要だ。
「先生っ。感心してる場合じゃねぇよっ! 先生が言ってくれたからコクったのに、これなんだもん……」
一真は怒り、すぐさま落ち込み。相当悩んでいるのだろうなと薫は苦笑する。
確かに背中を押した以上、それなりのアドバイスはしないといけない。しかし、解決するのはあくまで本人達だ。そうでもしない限り、この問題が解決することはない。身をもって体験しているからこそ断言できる。
そうなると、どこまでを彼に話していいのか。
薫は、朔夜のカルテをPC画面に表示した。そこに書かれた細やかな情報。ここに来て彼が話した思いや願い、そのような物が記されている。
ざっと流し読みをし、記憶にある診察状況を思い出し、彼のプライバシーに関わらない程度で話す内容を薫は纏めた。そして、こう切り出す。
「朔夜くんのことを話す前に確認したいんだけど、一真くんの方は大丈夫なの?」
「えっ? 何が??」
「ラット」
言われて、あ、と気づく。そう言えば、しばらく朔夜にほぼ相手にして貰えない状態なのに、特に問題はない。街中を歩くこともあるから、オメガとすれ違ったこともあったはずだ。なのに、フェロモンに惑わされることは全くなく、そう言われていたことすら忘れていたくらいだ。
「ふふっ、その様子だと一真くんはもう大丈夫みたいだね」
あれ? と言った表情を確認し、薫は微笑む。同時に、彼は相手のことをよく見ているなとも思った。
薫にこの事を告げたのはもちろん朔夜だ。ラットはもう大丈夫だと思うから、関係を終わらせたい。薬はいくらでも強くして貰って構わないから、発情期の症状を抑えられるだけ抑えたいと。さすがに、未成年に強すぎる薬を使うと場合によっては精神を蝕む可能性がある。そんなものは使えないと何度も説得し、朔夜に処方している薬はそこまで強くない。
「そうなると、朔夜くんは意地でも一人で耐えるだろうねぇ」
「マジでっ!? でもそれって」
「うん、負担はものすごく大きいよ。でも、朔夜くんの気持ちも少し理解して欲しいんだ。たぶん、僕より君の方が彼に関しては詳しいでしょう? なんで、そこまでして君を拒絶し、一人で耐えようとするのか、それはわかるよね?」
「あ、えっとぉ……」
薫の言葉を受け、一真は考え込む。しばらくウンウン唸っていたが、答えが出たのか、驚いたような表情を彼は見せた。
「それって……、俺?」
「たぶんね」
話がわかる相手だと楽だ。笑顔で薫は頷く。現在、朔夜が一真のことをどう思っているのかはわからないが、告白されていきなり拒絶を始めたとなれば、その可能性しか思い浮かばない。一真自身はもしかしたら「嫌われた」と今まで思っていたのかもしれない。そうではなく、むしろ……。
「一真くん、お願い」
薫は、漆黒の瞳をじっと見つめて告げる。
「朔夜くんが限界を訴えるまで、彼の自由にさせて欲しいんだ。診察はちゃんと来てる。もし、限界を超えそうだったら、必ず僕がドクターストップをかける。これは約束する。だから、ね?」
朔夜のことだ、相当のことがない限り音を上げないだろう。しかし、このままでは確実にいつかは限界が来る。オメガという性は、気力と根性で切り抜けられるほど単純ではない。
手段はいろいろあるが。彼に対してはこれしか方法がないように思えた。
「そっかぁ。頑固そうだな、とは思ったけれどまさかそこまでだとはねぇ」
話を聞き、薫は感心する。相変わらず合う薬を見つけるのに苦戦している、なので、燻る欲情にずっと耐えるのは相当な苦しみを味わう。もう少し医学が発展し新薬が出れば違ってくるのかもしれないが、それには相当なデータがまず必要だ。
「先生っ。感心してる場合じゃねぇよっ! 先生が言ってくれたからコクったのに、これなんだもん……」
一真は怒り、すぐさま落ち込み。相当悩んでいるのだろうなと薫は苦笑する。
確かに背中を押した以上、それなりのアドバイスはしないといけない。しかし、解決するのはあくまで本人達だ。そうでもしない限り、この問題が解決することはない。身をもって体験しているからこそ断言できる。
そうなると、どこまでを彼に話していいのか。
薫は、朔夜のカルテをPC画面に表示した。そこに書かれた細やかな情報。ここに来て彼が話した思いや願い、そのような物が記されている。
ざっと流し読みをし、記憶にある診察状況を思い出し、彼のプライバシーに関わらない程度で話す内容を薫は纏めた。そして、こう切り出す。
「朔夜くんのことを話す前に確認したいんだけど、一真くんの方は大丈夫なの?」
「えっ? 何が??」
「ラット」
言われて、あ、と気づく。そう言えば、しばらく朔夜にほぼ相手にして貰えない状態なのに、特に問題はない。街中を歩くこともあるから、オメガとすれ違ったこともあったはずだ。なのに、フェロモンに惑わされることは全くなく、そう言われていたことすら忘れていたくらいだ。
「ふふっ、その様子だと一真くんはもう大丈夫みたいだね」
あれ? と言った表情を確認し、薫は微笑む。同時に、彼は相手のことをよく見ているなとも思った。
薫にこの事を告げたのはもちろん朔夜だ。ラットはもう大丈夫だと思うから、関係を終わらせたい。薬はいくらでも強くして貰って構わないから、発情期の症状を抑えられるだけ抑えたいと。さすがに、未成年に強すぎる薬を使うと場合によっては精神を蝕む可能性がある。そんなものは使えないと何度も説得し、朔夜に処方している薬はそこまで強くない。
「そうなると、朔夜くんは意地でも一人で耐えるだろうねぇ」
「マジでっ!? でもそれって」
「うん、負担はものすごく大きいよ。でも、朔夜くんの気持ちも少し理解して欲しいんだ。たぶん、僕より君の方が彼に関しては詳しいでしょう? なんで、そこまでして君を拒絶し、一人で耐えようとするのか、それはわかるよね?」
「あ、えっとぉ……」
薫の言葉を受け、一真は考え込む。しばらくウンウン唸っていたが、答えが出たのか、驚いたような表情を彼は見せた。
「それって……、俺?」
「たぶんね」
話がわかる相手だと楽だ。笑顔で薫は頷く。現在、朔夜が一真のことをどう思っているのかはわからないが、告白されていきなり拒絶を始めたとなれば、その可能性しか思い浮かばない。一真自身はもしかしたら「嫌われた」と今まで思っていたのかもしれない。そうではなく、むしろ……。
「一真くん、お願い」
薫は、漆黒の瞳をじっと見つめて告げる。
「朔夜くんが限界を訴えるまで、彼の自由にさせて欲しいんだ。診察はちゃんと来てる。もし、限界を超えそうだったら、必ず僕がドクターストップをかける。これは約束する。だから、ね?」
朔夜のことだ、相当のことがない限り音を上げないだろう。しかし、このままでは確実にいつかは限界が来る。オメガという性は、気力と根性で切り抜けられるほど単純ではない。
手段はいろいろあるが。彼に対してはこれしか方法がないように思えた。
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