月兎

宮成 亜枇

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 決めたとなれば、後は動くまで。
 一真は早速協力してくれそうな大人とコンタクトを取った。まずは担当医、亨に話を持って行く。彼は相当驚いた様子だったが、一真の真剣な様子に「考えてみる」と、それなりに良い答えを貰えた。おそらくは、自然と彼の番にも話はいく、なので「お願い、朔夜にはバレないようにして」と釘を刺す事も忘れなかった。
 まだ、バレては困る。絶対に止められる。その確証があったからだ。
 亨はニヤッと笑い「そう言う事か」と、一真の背中をバン! と叩く。「痛ぇ!」と文句が出たが、痛みの意味を理解できたので黙る事にした。
 これは、エール。医師という立場上、表だった協力は難しい。それでも応援はする、と。

 次に協力を願ったのは、もっとも身近な人物、佐伯だ。彼には事細かく告げると、こちらも驚いた模様。しかし、「わたくしで良ければ」と了承を得る事ができたので良しとする。彼は鷲尾の運転手。だからこそ全面的な協力を得られない。そんな事をしたら両親から解雇される可能性が高いからだ。なので、できるだけでいい、それだけで嬉しいと、感謝の思いを込めて伝えた。

 あと一人、協力して貰えそうな大人と言えば。一真はすぐにその人物に連絡をした。こちらから伺うのは難しい、なので学生がいてもおかしくないチェーン店のカフェで落ち合う事にした。それでも制服では目立つので、一旦家に帰って私服に着替えている。はっきりした顔立ちのせいで実年齢より年上に見られるお陰で、一人でここにいてもおかしくないだろう。
 すると、
「遅くなって申し訳ございません」
 ニコニコしながら、待ち望んだ人物がやってくる。カフェの片隅の席、待ち合わせをしているからと、向かいの席は空けてもらっていた。そこに彼女は座る。
「ううん、こっちこそ忙しいところゴメン。朔夜には見つからなかった?」
「ええ。坊ちゃんは薫先生の診察を受けてらっしゃいます。お帰りも遅くなるかと」
 やって来たウェイターにカフェラテを注文したのは多英だ。一真の想いに理解のある大人は思った以上に少ない。だからこそ、彼女には全面的な協力を願いたい。
 そう思い、彼女の飲み物が届いた後に一真は説明をする。なぜ、朔夜に気づかれないようにしたかったのか、そこまでを含めて。
「左様でございますか……」
 一通りを聞き、多英はわずかに顔をしかめる。
「ダメ?」
「難しゅうございますね……」
 彼女の言い分はもっともだ、それは十分にわかった上で相談している。このままでは、一真の想いは完全に無視され、親の都合ですべてが勝手に決まってしまう。それは絶対に避けたかった。夢物語だと我ながら思う。動かすとなれば莫大な費用がかかる。こんな利益を生まない事に投資しようとするものはまずいないだろう。
 わかっている、そんな事。それでも。
「わたくしが代理人となればよろしいのですね?」
「……えっ?」
「長年、入江の家政婦を務めさせていただいたお陰で、貯蓄なら多少ございます。もちろん、それではとても間に合いません。足りない分の工面される手立てはございますか?」
「あ、うん。佐伯と、あと、たぶん亨先生達にお願いすれば」
 わけがわからない。「難しい」とはっきり告げたにも関わらず、多英は次々と確認してくる。それは、すなわち。
「覚えていらっしゃいませんか? わたくしは、一真さんに坊ちゃんの番になって欲しいと申し上げたはずです」
「それは、覚えてるけど……」
「ふふっ。だからこれはわたくしの願いでもあるのです。そのために必要なのでしょう? そして、失敗はできない。確かに難しゅうございます。それでも、諦めて欲しくないんですよ。……わたくしでよければ、もちろん協力させていただきます」
 多英らしい申し出に、一真は目頭が熱くなる。誰だって反対すると思っていたのにこうして協力を得られた事に。背中を押してくれた事に。溢れそうな涙を必死で堪えた。
「ただ、わたくしは何をすれば良いのでしょう?」
「あ、それは大丈夫。やって欲しい事はその度に教えるから」
 前向きな多英の態度に嬉しくなり、一真はいそいそと説明を始めた。

 膨大な資料を作成し、めんどくさい手続きを何度も行い、その合間に学校の事もこなす。多忙すぎる日々が続き、睡眠時間も相当削られたが、それでも疲れた様子は全くと言っていいほど見せなかった。

 そうして、中等部卒業間近。
 一真は、オメガに対する差別をなくすためのNPO法人を設立した。
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