月兎

宮成 亜枇

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 朔夜に合う薬がなかなか見つからないのは一真も知っている、だからこそ、拒絶された後どうやって耐えていたのか、考えるだけで泣きそうになった。力が抜けても身体の疼きは止められないようで、身をよじり、「かずま……っ」と、潤んだ目で懇願をしてくる。その度に愛撫を繰り返すが服の上からだ。満足できないとわかっていても、もう少し、頑張って欲しい。
 そう言う一真本人も、限界が近かった。以前から比べるとかなり我慢強くなったとは言え、ヒートを起こしたオメガ、それも、誰よりも好きな人だとなっては、現状ははっきり言って苦行。もし、本格的に『ラット』を起こしてしまえば、車の中だろうが構わず、彼の身体を貪ってしまう。それだけは避けたかった。
 
 車は高速道路を降り、そこから更に十五分。
「一真様、到着致しました」
 佐伯が車から降り、後部座席を開ける。やや焦った様子なのはこの二人の現状を知っているから。少しでも早く楽になって欲しいという思いが、佐伯を急かせる。
「佐伯……っ。これっ」
「かしこまりました」
 受け取った鍵を、目の前の建物に差し込む。あっさりと扉は開いた。確認した一真は朔夜を抱き上げ、大股で中に入る。
「施錠はしっかりされてください。わたくしは、近くのホテルに泊まります。何かありましたらまた、ご連絡ください」
 佐伯から鍵を受け取り、一真はコクリと頷く。お礼を声にしている余裕がなかったのだ。失礼に値するが付き合いの長い運転手がそれに気づかぬわけがない。笑顔を見せ、車に乗り込み去って行く。
 言われたとおりに施錠をし、彼は先を急いだ。勝手知ったる場所。どこに何があるか、完全に把握している。両親も定期的に利用しているため、電気などの心配もない。
 ここは、鷲尾家の別荘だ。

 真っ直ぐに寝室に行き、ゆっくりと朔夜を降ろす。履いていた靴を脱がせ、キツそうな服も同じように。
「やぁ……っ」
 衣類が擦れる刺激にも、艶のある声が上がる。今すぐにでも食らいつきたい、が。その前に一つ、まだ、理性が残っているうちに朔夜に承諾して欲しいことがあった。
「朔夜、聞いて」
 できるだけ優しく、一真は囁く。
「朔夜が好きだ。誰よりも好きだ。……朔夜は?」
「おれ、も。すき……っ」
 衣類を剥ぎ取られたため、今度は気恥ずかしそうに身をすくめた朔夜だが、それだけははっきりと告げた。
「ありがとう」
 一真はニッコリ笑い。
「朔夜、番になろう」
 ポケットから小さな鍵を取り出し、彼に見せる。
「それ……っ」
「そう、帯の鍵。アイツらに渡る前に、俺が多英さんから受け取った。それ、どういう意味かわかるよな?」
 朔夜は数秒固まり、瞳を閉じて頷く。その際に零れた涙を一真が掬う。
 一真に鍵を渡したこと。それが、多英の願い。そして、朔夜の願いでもある。
「でも一真っ。そんなこと、したら」
「構わねぇよ。親がなんかしてきたら文句言ってやる。俺はずっと言ってたんだ、朔夜以外と番になんてならないって。それに、もう嫌だ。これ以上、朔夜がへんなアルファに振り回されるのは、もう、いや……、だ……っ」
 終いには涙声になって一真は覆い被さる。その行動は、甘い熱に浮かされた朔夜を現実に引き戻す効果があった。
 身長はとっくに抜かされ、法人の代表となり、大の大人とも平然とやり合う彼は今、こんなにも幼くて。そして、愛おしい。

「ね。一真も、脱いで。俺を、……番にして」

 しばらくして聞こえた言葉に、一真は驚き、朔夜を見つめた。そこにあったのは柔らかい笑顔。今までに見たことがないほどに穏やか。なのに、欲望を駆り立てられる。
 一真は鍵を唇で挟み、勢いよくすべての衣を脱ぎ捨てた。その様子が、幼子が風呂に入るような勢いだったため、朔夜にクスクス笑われたが大目に見て欲しい。余裕など、全くない。
 鍵を手に持ち直し、苦しくならないように配慮しながら身体を重ねる。それすら、すでに快感で。
「あっ。はぁん……っ」
 朔夜は、小さく啼いた。
「これ、つけてくれてたんだ……」
「ううん、今日、つけた。もう、二度と会えないって思ってたから」
「じゃあ、なんで今日つけたの?」
「……覚悟をする勇気が欲しかった」
 朔夜の答えに、「バカ」と一真はにこやかに言い、帯に手をかける。見つけた鍵穴に鍵を差し込み。

 パチン。
 軽い音と共に、帯は外れた。
 
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