月兎

宮成 亜枇

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 ローテーブルにお茶と菓子が並べられたころ、リビングの扉が開き佐伯がやってきた。車を置くのに時間がかかったのだろうと、一真は推測した。これだけの人数となると、いつもの車では無理だ、きっと、家にあるSUV。それに乗り換えてきたのだろう。……と、なると。更に疑問がわく。ホテルに泊まると言っていた佐伯は、あの後すぐに鷲尾の家に戻った、そう考える方が妥当。しかし何故?
 多英と佐伯は脇に控えたまま、一真の両親とは向き合う状態。いろいろ話さなければならない。それはわかっているのだがどこからどう説明すればいいのやら。
 その時。
「やっぱり、番になったのね」
 一真の母が朔夜の首筋にあるものを見つけ、告げる。
「えっ、あ、あの……っ。はい。すみませんっ!」
「あら? なんで謝るの??」
「だって、一真にはもっとふさわしい人がいるはずなのに、こんな事になって……」
「朔夜っ!!」
 彼女の問いに、自虐するような返答をした朔夜を即座に一真が怒鳴る。その様子を見て、両親は目を合わせ、クスクスと笑い出した。
「本当に、あなた達仲がいいのね」
「そうだな。これなら、安心して鷲尾を任せられる」
「……えっ?」
 両親の言葉に声を上げたのは一真。朔夜に至っては完全に固まっている。
「朔夜くん。あなた、今すぐご両親に連絡取れる?」
「えっ? あ、えっと、今は……。携帯、持っていなくて」
「鷲尾様、それならわたくしが。旦那様でよろしいでしょうか?」
「そうね。どちらかというと奥さんの方が良いかしら? だって、今回の首謀者でしょ?」
『首謀者』。
 その、強すぎる単語に言葉を失っている二人を尻目に、多英はそそくさと通話を開始する。
「奥様でいらっしゃいますか? 多英でございます」
『多英さんっ? ちょっとあなた朔夜知らないっ!? あの子に大切な用事があるのよ。もし、知ってるようだったら今すぐ家に連れてきて! 今すぐよっ!!』
 多英の持つ携帯から、母の金切り声が届く。『大切な用事』と言うものが何か分かりきってしまっている朔夜は、苦い顔を浮かべる。気づいた一真は「大丈夫」と、小さく震える身体を抱き寄せた。
 聞いている多英も苦笑を浮かべる。医師としては優秀な彼女だが、元々ヒステリックなところはあった。それが今、ここに露骨に現れている。
「多英さん、ちょっと良いかしら?」
「はい」
 一真の母の意図を素早くくみ取った多英は、すぐに携帯を手渡す。と、同時に、彼女はスピーカーとマイクをオンにした。
「入江さん、ご機嫌はいかがかしら? 鷲尾です」
『えっ! まあ、鷲尾さん、お久しぶりです。えっ? 奥様、何故多英さんと一緒に?』
「わたくし、今、朔夜さんと一緒におりますの」
 鈴が鳴るような軽やかな声で、彼女は電話先の相手に告げる。
『えっ? それなら早く朔夜をここに。とても大切な用事があるんです』
「それって、朔夜くんをあなたの都合のいいアルファの番にすること?」
『……えっ?』
「話は、秀くんから聞きましたよ。息子さんなのに、ずいぶんと酷い仕打ちをなさるのですねぇ。それなら、朔夜くんを一真にくださいません? うちのバカ息子、朔夜くん以外全く目もくれないんですよ」
『でも、それは……っ。鷲尾さんがお困りではありませんか? 一真くんにはふさわしいアルファのお嬢さんがいらっしゃるかと』
 頭のいい母が言葉に迷っている。自分の計画が狂うのが気にくわないのか、それとも、他に意図があるのか。判断はつかなかったが、そこに息子に対する心配が全く含まれていなかったことが、今更ながら辛かった。
「困る? 何故でしょう? 朔夜くんは家柄も良く頭もいい。それに、そこら辺のお嬢さんより遙かに綺麗な方。容姿だけではなくて心もね。でも、それらがなくても、ただ単純に一真には朔夜くんが必要なんです。それに私達が気づくのがあまりにも遅すぎた。……どうです? 入江さん。あなたも息子さんの事が片づいてスッキリするでしょう?」
 楽しそうに話し続ける母に対し、電話の先の声は聞こえない。次第に涙を溜め始めた朔夜を更に強く抱き寄せ、一真自身も不安に駆られる。なんにしろ、両親も朔夜のことはずっと否定し続けてきたのに、この変わりよう。わけがわからない。
「あ、そうそう。あなたがよくわからないアルファに朔夜くんを差し出そうとしても、もう無理よ。一真と番になったから」
『な……っ!!』
「ふふっ。残念だったわね。思いどおりにならなくて。そう言うわけだから、あなたの所にお返しするつもりは毛頭ございません。あ、今朔夜くんが住んでるマンションも引き払ってどうぞ。今日からうちに住んで貰いますので」
 ころころと、それはもう嬉しそうに母は告げ、
『で、でも……っ。多英さんは……っ? 多英さんは戻ってきてくれるでしょ!? あなたがいないと使用人がだらけるから困るのよっ!!』
 その声に対しては。
「奥様。わたくしはすでに朔夜様専属の家政婦です。鷲尾様もそのことは了承してくださいました。ですから、いつでも解雇してくださって構いません。今まで、長きにわたってお世話になりました」
 多英本人が、相手に伝えた。

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