月兎

宮成 亜枇

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 四月。
 朔夜の姿は大学にあった。更に義両親、一真の姿も。
「来なくていい、って言ったのに……」
「バカッ! 記念の日に俺が来ないほうがおかしいだろっ」
「それがおかしいんだって……」
 朔夜は呆れる。本来なら、今日も一真には朝からアポイントがあったのだ。それを大学の入学式だという事を知り、全部ドタキャンした。しわ寄せが後から押し寄せなければいいが。

 オメガというハンデを持ちながらも、朔夜は医学部に合格した。正確な個人成績はわからないが、自己採点はほぼ満点に近い点数だったので、上位であることには間違いない。
 今日から、この大学で学ぶことになる。『入江』という名は珍しくはないが、かなりのインパクトを与える。特に医学部の学生にとっては。義父から『鷲尾』を名乗ることも提案されたが、朔夜はあえて断った。恥ずかしかった、という一面もある。学部はさすがに違うが、高校の同級生も何人かここに通うのだ。だが、それ以上に。オメガとわかった時から拒絶され、駒のように扱われても。思い出すたびに辛く、悲しくもなるが、朔夜はまだ、両親への思いを断ち切れずにいた。
 電話をしても取り次いで貰えないだろうと思った朔夜は、高校を卒業した時点で両親へ手紙を書いた。手書きで綴るからこそ、素直な想いを乗せられる。どう受け止められるかは知らない、それでも伝えたかったのだ。感謝の気持ちを。終わりの文に朔夜はこう綴った。両親は大学に行くこと自体は認めてくれた。だから報告する。

 この春から、T大の医学部に通います。
 あなた達の後輩になります。
 僕は、オメガのための医師になります。

 朔夜の希望は、オメガ専門。一真がオメガへの差別をなくすために戦うのなら、違う方面から支えたい。
 オメガのために医師になる。そのきっかけを与えてくれたのは薫だった。彼は今でも尊敬する医師であることには変わらない。しかし、朔夜の希望はセンターの医師になること。相当高い壁であるが、義両親は全面的なバックアップを約束してくれた。その期待にも応えたい。
 両親はきっと、苦い顔をするだろう。わかっている。それでも綴りたかった。そして、決意としたかった。

 オメガだからといって、泣き寝入りはしたくない。
 オメガだからこそ、負けたくない。


「じゃあ、行ってくるね」
 一真たちに告げて、朔夜は会場に向かう。新入生挨拶を任されていたため、軽い打ち合わせを先にしておく必要があった。別れた彼らは、違う場所から会場へ。
 その時、一真は見つけた。
「あっ……」
 その声に、両親も同じ方を見つめる。
「あら、まぁ……っ」
 母が声をもらす。視線の先の二人も気づき、ぎこちなく頭を下げ、そのまま敷地の外へ向かう。
「おや? 晴れ姿を見ていくつもりはないのか」
「無理でしょ? だって大学もあの人達の勝手な都合で決めようとしてたらしいから。それに、中に入ったら一真が食ってかかるでしょう」
「はぁ? 俺、いくら何でもそんなことしねぇよっ!」
「どうだか」
 母に軽くあしらわれ、また文句を言おうとしたが、完全に否定できない自分もいたためそこで留めた。
 朔夜はきっと、気づいていない。それでいいと思う。一真からもこのことを話すつもりはない。聞かれたら答えるかもしれないが。
 望むのは、この大学で朔夜が存分に学び夢を叶えることだけ。番になった朔夜のフェロモンが他のアルファに影響を与えることはほぼないが、発情期の苦しみはこれからもある。きっと、彼のことだ。自分を犠牲にしてでも、オメガのために尽力を尽くすのだろう。
(ほんっと、『月兎』だよな)
 入学式が始まり、新入生代表として挨拶をする彼を見て心から思う。だが、それこそが好きになった人、生涯たった一人と決めた、番。自ら火に飛び込んでしまう前に抱きかかえ、守る。それが一真の役割。

(がんばれよ、朔夜)

 晴れ晴れしい姿を目に焼き付けながら。
 一真は、自慢の番にエールを送った。




──『月兎』 終 ──
 
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