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1.王命
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「マルグリット様。国王陛下より親書が参っております」
壮年の家令が手に丸められた紙を持って恭しく伝えた。
マルグリットは読書の手を止めて家令を見上げた。
せっかく、お気に入り安楽椅子に座って読み始めたというのに――だが、王の親書と言われれば読まないわけにもいかない。
マルグリットは手紙を受け取ると、わざとらしく押された蝋印を指で弾いた。
『令嬢マルグリット・エルミナ・ベルンシュタインに告ぐ
アウストヴァルド国王コインスタンティン・アルベール・アウストヴァルド3世の名において、レオニダス・アーサー・グレイフォード=ヴァルデン辺境伯との婚姻を命ずる。
持参金は金貨1000枚、絹生地1巻、綿生地5巻、麻生地20巻、銀食器50組、馬5頭、羊50頭とする』
ついに来たかと、マルグリットは頭を抱えた。
「どうされました」
家令が心配そうに見つめるので、マルグリットは無言で手紙を差し出した。
さっと目を通すと、家令はわざとらしいほど恭しく頭を下げた。
「おめでとうございます。ヴァルデン辺境伯夫人」
マルグリットは無言で家令を恨めしそうに睨んだ。
「結婚など――」
レオニダス・ヴァルデン辺境伯は王国からの使者に向かって吐き捨てるように言った。
「しかし、辺境伯はまだ独身でございます。王国の法律により、伯爵以上の爵位の叙爵には家系を継続させられる者という決まりがございます」
使者は遠慮がちに、しかしはっきりと言った。
「ならば爵位などいらんと王に伝えろ」
熊のように大きな身体に、整ってはいるが武人らしく男らしい顔つきのレオニダスは、普通に話すだけで恐ろしい。
だが、使者もこのまま帰るわけにはいかない。この結婚を承諾させろと王命を受けているのだ。
王の使者であれば命までは取られまい。使者は肚に力を込めた。
「なりません。60年続いた戦争を終わらせたのは、ヴァルデン辺境伯閣下の手柄にございます。それをなんの褒章もなくしては王家の威信に関わるというもの。叙爵は必ずお受けいただかねばなりませんし、そのためにもこの結婚は承諾していただかねばなりません」
使者の声が震えているのを、レオニダスの側近のオスカー・フォン・ライヒェンは同情の眼差しで見つめていた。
結婚くらいしたらいいのに――
そう思っていたが、口に出して殴られてはたまらない。
この主は辺境伯と爵位こそ受け継いでいるものの、紳士とは程遠いところにいる男なのだから。
とはいえ、いつまでも納得しなさそうな主と、引いても引かぬ使者とでは埒があかない。
「して、その結婚相手とはどのような方ですか」
思わぬ助け舟に、使者の顔が明るくなった。
「はい。マルグリット・エルミナ・ベルンシュタイン公爵令嬢でございます。御年22歳になられましたが、大変美しく教養と品性に溢れた方でございますので――」
「なんだと?」
レオニダスの声が一段と低くなった。
「公爵家のご令嬢がこの地の生活に満足するはずがないだろう。しかも10も年上の男になど……」
「しかし、令嬢は承諾なさっております」
「は――?」
使者の言葉に、レオニダスは怒気で紅潮させた顔を土気色に変色させた。
オスカーはレオニダスになにやら耳打ちすると、レオニダスは少し考えてから「わかった。令嬢が承諾なさったのであれば私が断るのは恥をかかせることになる」と言って項垂れた。
使者が小躍りせん勢いで帰っていくのを、レオニダスは忌々しい気持ちで見下ろしていた。
本当にこれで良かったのだろうか。
「ベルンシュタイン公女は、5年前にお父上であるベルンシュタイン公爵がお亡くなりになって以来、天涯孤独の身。後見人もおらず社交からも遠ざかっておられるそうです」
オスカーが早口で耳打ちしたのは本当だろうか。
確かに、戦争ばかりで社交に疎いとはいえ、ベルンシュタイン公爵の訃報以降その名は聞かない。
社交から一切遠ざかっているというのが本当ならば、贅沢もしないはずだ。
だが、そうだとしても――
レオニダスは頭を抱えた。
だが承諾してしまったのだ。もう遅い。
壮年の家令が手に丸められた紙を持って恭しく伝えた。
マルグリットは読書の手を止めて家令を見上げた。
せっかく、お気に入り安楽椅子に座って読み始めたというのに――だが、王の親書と言われれば読まないわけにもいかない。
マルグリットは手紙を受け取ると、わざとらしく押された蝋印を指で弾いた。
『令嬢マルグリット・エルミナ・ベルンシュタインに告ぐ
アウストヴァルド国王コインスタンティン・アルベール・アウストヴァルド3世の名において、レオニダス・アーサー・グレイフォード=ヴァルデン辺境伯との婚姻を命ずる。
持参金は金貨1000枚、絹生地1巻、綿生地5巻、麻生地20巻、銀食器50組、馬5頭、羊50頭とする』
ついに来たかと、マルグリットは頭を抱えた。
「どうされました」
家令が心配そうに見つめるので、マルグリットは無言で手紙を差し出した。
さっと目を通すと、家令はわざとらしいほど恭しく頭を下げた。
「おめでとうございます。ヴァルデン辺境伯夫人」
マルグリットは無言で家令を恨めしそうに睨んだ。
「結婚など――」
レオニダス・ヴァルデン辺境伯は王国からの使者に向かって吐き捨てるように言った。
「しかし、辺境伯はまだ独身でございます。王国の法律により、伯爵以上の爵位の叙爵には家系を継続させられる者という決まりがございます」
使者は遠慮がちに、しかしはっきりと言った。
「ならば爵位などいらんと王に伝えろ」
熊のように大きな身体に、整ってはいるが武人らしく男らしい顔つきのレオニダスは、普通に話すだけで恐ろしい。
だが、使者もこのまま帰るわけにはいかない。この結婚を承諾させろと王命を受けているのだ。
王の使者であれば命までは取られまい。使者は肚に力を込めた。
「なりません。60年続いた戦争を終わらせたのは、ヴァルデン辺境伯閣下の手柄にございます。それをなんの褒章もなくしては王家の威信に関わるというもの。叙爵は必ずお受けいただかねばなりませんし、そのためにもこの結婚は承諾していただかねばなりません」
使者の声が震えているのを、レオニダスの側近のオスカー・フォン・ライヒェンは同情の眼差しで見つめていた。
結婚くらいしたらいいのに――
そう思っていたが、口に出して殴られてはたまらない。
この主は辺境伯と爵位こそ受け継いでいるものの、紳士とは程遠いところにいる男なのだから。
とはいえ、いつまでも納得しなさそうな主と、引いても引かぬ使者とでは埒があかない。
「して、その結婚相手とはどのような方ですか」
思わぬ助け舟に、使者の顔が明るくなった。
「はい。マルグリット・エルミナ・ベルンシュタイン公爵令嬢でございます。御年22歳になられましたが、大変美しく教養と品性に溢れた方でございますので――」
「なんだと?」
レオニダスの声が一段と低くなった。
「公爵家のご令嬢がこの地の生活に満足するはずがないだろう。しかも10も年上の男になど……」
「しかし、令嬢は承諾なさっております」
「は――?」
使者の言葉に、レオニダスは怒気で紅潮させた顔を土気色に変色させた。
オスカーはレオニダスになにやら耳打ちすると、レオニダスは少し考えてから「わかった。令嬢が承諾なさったのであれば私が断るのは恥をかかせることになる」と言って項垂れた。
使者が小躍りせん勢いで帰っていくのを、レオニダスは忌々しい気持ちで見下ろしていた。
本当にこれで良かったのだろうか。
「ベルンシュタイン公女は、5年前にお父上であるベルンシュタイン公爵がお亡くなりになって以来、天涯孤独の身。後見人もおらず社交からも遠ざかっておられるそうです」
オスカーが早口で耳打ちしたのは本当だろうか。
確かに、戦争ばかりで社交に疎いとはいえ、ベルンシュタイン公爵の訃報以降その名は聞かない。
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だが承諾してしまったのだ。もう遅い。
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