辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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2.領地

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 結婚の披露目は行わなくていいと伝えると、ヴァルデン辺境伯からは「承知いたしました」とだけ返事が来た。
 王家から賜った持参金とともに、マルグリットはヴァルデン辺境伯領を目指していたが、夏場に馬車で2週間は死にそうだった。
 暇をつぶそうにも揺れる車内では刺繍もできない。会話をしようものなら舌を噛む。
 体勢を変えようものなら座席から転がり落ちるので、おちおち姿勢も変えられない。
 子供の頃から乗り慣れているこの馬車は、乗り心地こそいいのだが、それでも耐えられない路面というものはあるのだ。
 更には、ヴァルデン辺境伯へ行く街道が戦争の影響で破壊されている箇所があるため、大回りをしなくてはならないのも、長い旅路と悪路の理由の一つだった。
 初めこそ、生まれて初めて王都を出ることに興奮を覚えたが、王都を出て3日もすれば見えてくるのは木か草か川だ。時々山や湖が見えるが、それも結局は木か水だ。
 マルグリットは疲れていた。

「明日にはヴァルデン辺境伯領に入れそうです」
 宿屋に着くと、王都から連れてきた姉のような存在でもある女中のロニが、マルグリッドの寝台を整えながら、心底嬉しそうに言った。
 2週間の予定が16日も馬車に揺られていたのは、路面状況のいい道を選んで来たのと、ヴァルデン辺境伯領の手前の橋が落ちていたせいだ。
 ――なんてことなの……
 街道の整備はおろか、交通状況の把握もできていないとは。
 マルグリットの頭痛は、旅の疲れだけではないだろうことは明白だった。
 王都に帰りたい。
 これから待ち受ける状況を考えて、王都を――いや、住み慣れた公爵邸を出て初めて、マルグリットは後悔した。

 早朝に宿を出ると、最後の悪路を通り過ぎて領内に入れたのは昼前だった。
 王都よりはるか北にあるヴァルデン辺境伯領は、冬は雪深く夏は涼しいと聞いていたが、どこが涼しいのかと聞きたかった。
 だが、それよりもマルグリットの意識を引いたのは領地の惨状だった。
 いつか本で読んだヴァルデン辺境伯は、緑が豊かで良質の木材による家具や木工品で有名な領地だった。
 しかし、目の前に広がるのは荒れた農地に打ち捨てられた工房、そして路上で座り込む大人や子供たちの姿だった。
 戦争によってかなり経済が活発だと聞いていたが、戦争が終わったことで廃れてしまったのだろうか。
 マルグリットは胸を痛めた。

「ようこそおいでくださいました。奥様」
 オスカーは深々と頭を下げて、マルグリットが馬車から降りるのを手伝った。
 話に聞いているレオニダス・ヴァルデン辺境伯と年格好は遠くない男だが、奥様、と呼ぶからにはこの方が旦那様ではないことは明らかだ。
 周囲に視線を走らせるが、それらしい人物はいない。
 ――歓迎されるとは思っていなかったけど。
 顔に出さないように、内心で溜息をつくと、オスカーの手を取って馬車を降りた。
 たかが半日なのに、足がふらつく。
 しかし、使用人の前で弱っている姿など見せるわけにはいかない。
 マルグリットはゆっくりと深呼吸をしながら一歩ずつ踏み台を降りた。
「家令を務めさせていただいております、オスカー・フォン・ライヒェンでございます。旦那様は本日、隣国との交渉で外出なさっておいでです。お越しになる予定の日は空けておられたのですが」
 オスカーは申し訳ないと頭を下げた。
「いえ。わたくしどもが遅れたのです。仕方のないことですわ」
「それもこちらで手配した御者の不手際でございます。奥様に非はございません」
 マルグリットは、少しだけ眉を上げてオスカーを見た。
 武人上がりに見えるが、礼節は知っているようだ。

 「ひとまずこちらでお休みくださいませ」
 オスカーは屋敷に入ってすぐの客間にマルグリットを案内した。
 すぐに女中が冷たい水を持ってやってくると、マルグリットはありがたく喉を潤した。
「お嬢様――いえ、奥様ですね、もう。大丈夫でございますか?オスカーさんは奥様が疲れているのをわかってここに案内してくれたんでしょうかね」
 ロニが感心したように言ったが、マルグリットは別のことを考えていた。
 掃除はされているようだが、所々に汚れが見える。使用人が手を抜いているのか、それとも満足な数の使用人を揃えられないのか。
 ――考えることが多すぎる。
 部屋の用意ができたと女中が来ると、マルグリットは立ち上がって女中について行った。
 通された部屋は質素だが、綺麗に整えられていた。
 ここが、これから自分が過ごす部屋なのだと思うと、みぞおちの辺りが重く感じられた。
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